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二つの覇気、逃げた記憶

閑条邸 政務室


アイリスが、魔力探知モニターの前で息を呑む。

「閑条武とアリーヌの魔力反応が、九京行きの交易貨物列車に急接近……!

 な、なんという速さ……」


「おほほほ! 当然ですわ!」

舞が誇らしげに胸を張る。


「それだけではありません……」

アイリスの声が震える。


「九京からの巨大な魔力反応が、閑条武に向かってきています……!

 こ、これは……龍伯星のものです!」


一同が息を呑む中、舞はどこか涼しげな顔で言う。

「あら。五年前にも、龍伯如きを返り討ちにしましたわ。今回も、心配いりませんのよ」



「もはやウーロンエリアに入った以上、龍珀の道理に従ってもらおう」


その言葉に、閑条武の瞳が鋭く光る。

「ほう……五年前、貴様は秩泉の道理を無視した。

ならば――無視するのが道理だろう」

拳が魔力を纏い、武が星に殴りかかる。


だが――星は微笑みながら受け止める。

「五年前……くっくっく、そうか。あの頃は我も若かった。」


その余裕の表情に、武の怒気がさらに高まる。

「小僧、粋がるな」


――五年前。

海条とウーロンの国境沿い。

秩泉とウーロンの間で、恒例の小競り合いが起きていた。

それは“風物詩”と呼ばれる仮初の火遊び。


だが――この日は違った。


海条国境警備隊、通信室。


「大変です! 龍珀の兵が我が第一兵団を蹴散らし、こちらに侵入中!」

切迫した通信員の声が、指令室の空気を凍らせる。


「数は?」


「……第一兵団を蹴散らしたのは一人です。推定、ミスティック級以上」


指令室に衝撃が走る「ウーロンのミスティック級だと劉俊一家か羅刃一家の当主か・・・・」


戦況モニターには、巨大な魔力反応を示す人物が、海条領へ急接近していた。


「魔力パターン照合――どちらも違います。こ、これは……!」

司令官は報告書を読みながら、眉をひそめる。


「確か今、我らの主――武様は境域討滅庁から海条に帰省なさっておられる……」

報告書には、龍珀家の若き当主――龍伯星が、秩泉領へ単身で侵入したとある。

「直ぐに連絡を……まさかな……」


通信員の声が震える。

「照合パターン、最近当主に就任した――

天断の星、龍珀星で間違いありません!」

その報せは、閑条家の屋敷にも届いた。


白磁の茶器を手にしていたアリーヌは、優雅に微笑む。

「あなた、龍珀の小僧が貴方に会いたいそうね。ふふっふ……」


その言葉に、閑条武は静かに立ち上がる。

「憶測で語るな……」

「……だが」


その一言に、屋敷の空気が変わる。

武は外套を羽織り、魔力が周囲に微かに揺れる。


アリーヌは微笑みながら、静かに言う。

「行ってらっしゃいな。英雄様」


海条国境――雷鳴が空を裂き、地が震える。

第一兵団を蹴散らした龍珀星の前に、

ついに現れた秩泉の英雄――閑条武。


雷の魔法が空から降り注ぎ、爆音が辺境を揺らす。

兵たちは歓喜に沸く。

「主様だ……!」


だが――

龍珀星は、雷の直撃を受けながらも、

まるで風に撫でられたかのように立ち尽くす。


「この程度で、我を止めることなぞ出来ぬは」

その声は静かで、しかし空間を支配するほどの魔力を帯びていた。


龍珀星が初めて構えを取る。

その姿はまだ少年――だが、龍の獣人として龍伯家の特徴が浮かび上がる。


鱗のような魔力紋が腕に走り、瞳は金色に輝く。

「お主が、閑条武か。面白い。貴様に会うため我は来たのだ。楽しませろ」


閑条武は、空中で腕を組みながら星を見下ろす。

「ふむ……あれを無傷とは。メンドクサイ奴だ」


(この若さでこれ程の力か……いずれ秩泉の脅威になる。

今のうちに刈り取っておくか)


そして――戦端が開かれる。

幾度かの交戦。


すべてにおいて、武が有利に進む。

龍珀星は拳を受けるたびに、身体が裂けていく。


「痛み……? これは……我が、我が肉が……裂けている……?」

「動かぬ……体が、我が魔力が……崩れていく……!?

勝てぬ……我は、こ奴に……勝てぬのか……!?」

「恐怖……これが……“恐怖”か……!? 我に、こんな感情は……存在しないはず……!」

次第に、星の本能が叫ぶ。

逃げろ。

理性を捨て、本能だけで逃げ出せ。


だが――その背を、容赦なく追い詰める武の拳が襲う。

その一撃が振り下ろされる直前。


一人の少女が、静かにその前に立ちふさがった。

龍珀琳。

「……それ以上はなりません、閑条武」

琳は星を見ず、まっすぐに武の瞳を射抜いた。


武は拳を止める。

琳の気配は、星とは違う“理”を持っていた。


星は、逃げた。

それが五年前に起きた顛末。


そして今――その記憶が、再び星の心を焼いた。

「そうか……いいだろう。思い出すたび、我が髭が、全身が震えてくる」

その声には、屈辱でも羞恥でもない。

ただ、怒りという名の熱が宿っていた。


星は、掴んでいた優と袁小を――

空へ、無造作に投げ捨てた。


ふたりの身体は、弧を描いて上空へ飛翔する。

優はスヤスヤと眠ったまま。


だが袁小は目を覚まし、状況を理解した瞬間――

「ひぃいいいいい」

自分の状況を見て泡を吹いて気絶する。


優が空へと放り投げられた――

アリーヌは、反射的に飛び出した。

「優っ!」

風を裂いて、彼女の身体は空へと舞う。

その瞳は、ただ優の姿だけを捉えていた。


だが――

突如、空間が震えた。


「――っ!?」

衝撃が、アリーヌの身体を吹き飛ばす。


空中で回転しながら、彼女は地へと叩きつけられた。


その瞬間、空に現れたのは――

龍珀琳。

漆黒の衣を翻し、優と袁小を両手で掴んだまま、

彼女は静かに地上を見下ろす。


「あなた、閑条武のレギス?」


その声は冷たく、しかし確信に満ちていた。

「なら、武を助けないと――負けるわよ」


彼女の指が、地上を指す。

そこでは――星と武が、地を響かせながら激突していた。


アリーヌは、痛む身体を起こしながらその光景を見た。

武の左腕が――

あり得ぬ方向に、折れていた。

骨が軋む音が、風に乗って聞こえる。


彼女は、龍珀琳を一瞥する。

その瞳には、怒りと焦り、そして――愛が宿っていた。

「くっ……ダーリン……!」


優を助けるより武に向かうアリーヌ


ドレスが裂ける……否、まるで意志を持ったようにほどけ、

真っ赤な布が風に舞い、

その下から現れたのは、漆黒と銀を基調とした戦闘スーツ《ヴァル・ノワール》。

特殊繊維で編まれたその装甲は、

しなやかでありながら、魔力を通す導管でもある。


「ふふ……ダーリンを傷つけるなんて、許しませんわ」

その手に現れたのは、一本のレイピア。

細身でありながら、空気を裂くほどの魔力を纏う。


聖遺物《エテルネル・スティグマ(永遠の刻印)》

通称:永遠のストーカー

人の“死角”に必ず現れる。空間を歪め、背後・側面・影に出現可能。

想愛強化 思えば思うほど、切れ味が増す。愛情が深まるほど、刃は鋭くなる 。


アリーヌの瞳が閃く。

その刃は、閑条武への想いを変えたもの。


「閑条武を傷つける者は――この刃が許しません」


彼女が踏み出すたびに、空間が揺れる。

星の背後に、突如としてアリーヌの刃が現れる。

「ふふ……見えませんでした?それが“愛”の死角ですわ」


星が振り返る間もなく、アリーヌのレイピア

《エテルネル・スティグマ》が空間を裂いて現れる。

死角からの一閃――星は反応しきれず、肩に深い傷を負う。


その瞬間、武が動いた。


「今だ――!」


間合いを詰める一歩。

星の動揺を見逃さず、武の拳が星の腹部に炸裂する。


魔力を纏った一撃は、星の防御を貫き、

そして、二人は一瞬で間合いを取る


「優は……」

武が振り返る。


アリーヌが武に寄り添い

「ダーリン、アレを倒してから行きましょう。

なに、時間はかかりませんわ」


戦場が震える。


閑条武とアリーヌの連携が、星を追い詰めたかに見えたその瞬間――

龍伯星の口元に、笑みが浮かぶ。

「くくく……やはり面白い。だが武よ、

貴様――五年前より弱くなってないか?」


その言葉と同時に、星の魔力の“質”が変わる。

空気が重く、律が濁る。

傷ついた星の身体が、一瞬で再生する――まるで時間を巻き戻したかのように。


「貴様に、“龍の力”を見せてやろう」


その瞬間、空間が歪み、場が変わる


閑条邸 政務室

魔力観測盤が、突如として沈黙する。

閑条武とアリーヌ――二人の魔力反応が、完全に途絶えた。


アイリスが端末を操作しながら、震える声で報告する。

「……閑条武、アリーヌ両名――魔力反応、消失しました」


その言葉に、室内が凍りつく。

舞は、椅子から崩れ落ちる。

「嘘よ……お父様と……お母さまが……」


マリアは、静かに名を呟く。

「……龍伯星」


その名に、政務室の空気が震える。

そして、マリアは冷静に立ち上がる。

「ウーロンに向かいましょう。」

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