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追う者、逃げる者

薄暗く湿った空間を器用に駆け抜けるその影――袁小。

人の顔にネズミの耳、ふさふさの体毛にネズミの鼻。


そして、ぴょんと揺れる尻尾と俊敏な身のこなし――

彼は、ネズミの獣人にして龍珀使者。そして今、簀巻きの優を抱えて脱出中。


優は袁小の背中で不快そうに身をよじりながら、心中で叫ぶ。

(あの怖そうな蛇野郎が居なくなった!今だ!)


全力で暴れようとした瞬間――

「む、童よ。暴れるな。今暴れて落としたら……」


袁小が優に見えるように体を傾ける。

その先には――腐臭と汚水が溢れる、混沌の地下領域。


海条地下汚水所――再開発によって異常に複雑に入り組んだ地下迷宮。

蛇のアジトから繋がる隠し通路は、今ここへ続いていた。

優の目が見開かれる。

(ぎゃーーー!臭い!!なんちゅうとこ走っとんじゃこのネズミ男ッ!!)


泥水、排水管、腐敗した廃棄物――

袁小はそれらを器用に跳び避け、バランスを保ちながら疾走。


優は一瞬で暴れる気をなくし、むしろ――

「ぬあぁぁ!落ちたくねぇぇぇ!!」


袁小の毛深い首にギュッとしがみつく



ネオンの残り香が漂う海条の街――

暗がりを切り裂くように疾走する四つの影があった。

イリスは焦りの色を隠せない。


「私が、あの時、優を簀巻きにしなければ……」

後悔が彼女の足取りを乱し、苛立ちが顔に滲む。


その隣で、グルグル眼鏡にメイド服の桜が静かに諭す。

「イリス、何を焦っているの。貴女が鈴より先に行ったところで、意味はないわ」


言葉は静かで柔らかいが、その芯には鉄のような確信がある。

イリスは桜をもどかしく見つめながら歩調を合わせる。


桜の視線は、もう一人の少女――鈴へ。

小柄で、眠たげな目。

彼女はヴァッサルに抱えられ、まるで夢の中を漂っているよう。

そのヴァッサルの腕にゆられて、鈴はぽそりと声を漏らす。

「あそこ…」


指差す先には蛇のアジト。

その建物からは何やら騒めきの気配。

まるで中で何かが弾けたかのような、不穏な振動が空気を震わせている。


桜とイリスは顔を見合わせ――

「急ぎましょう」


袁小の姿が闇に消えるのを見届けると、蛇印はひとりつぶやいた。

「あのネズミは馬鹿ね……誘拐じみた真似で、

あの龍伯星の怒りを買うのは間違いないわ」


彼の目が細く、鋭くなる。

「さて……閑条の連中が来る前に退散しましょう。組織も肥えすぎたわね。

そろそろ潰す頃合いかしら。蛇は――私が生きていれば蛇なのよ。

そうね、それがいい。アル=ミラヴァスにでも行こうかしら」

その瞬間、瞳孔が縦に裂け、冷たい蛇の目が闇を捉えた。


「お頭! あの大女、止まりません!」

部下が慌てて駆け寄ってくる。


「慌てないこと。私はあそこの配管に潜むから……

あんた達は、あの女を誘き寄せてなさい」

蛇印は舌をチロリと長く伸ばすと、不気味に笑った。


「わっかりましたへへへ……はめてやりましょう」


部下たちは薄暗い通路へと駆け出していく。蛇印は目を細め、

心の内で吐き捨てる。

(馬鹿な連中……さて、逃げるとしましょうか)


彼は滑るように配管へと近づき、体をうねらせた。

その肌が潤い、柔らかく変質していく。


――レギス能力《潤滑折蛇》

骨格が折れ、筋肉が練り物のようになっていく。気配を消した蛇印は、

配管の奥へと音もなく滑り込んだ。


逃げ道は、闇と管の中。

蛇はまた、生き延びた。


蛇のアジトは、既に戦場だった。

床を埋める死屍累々の蛇構成員。瓦礫、血痕、拳風――

すべてが梢の軌跡を示していた。


拳闘の梢が、踏み込む。

「おら、出てこいやぁ!蛇印ッ!!」


壁を穿つ拳。配管が唸り、音が逃げる。

彼女の怒りは理不尽への制裁。悪鬼組の拳闘が今、

蛇の牙を砕かんと唸りを上げていた。


その時――

闇の隙間から、鋭い拳撃が飛び出す!

蛇構成員最速の一人、“鱗拳のアジ”が、斜め下から刺すような打撃を繰り出す!

だが梢は、一瞬の回転で拳をいなし、肘で逆にアジの首筋へ――


「へぇ、ちょっとはやるじゃねぇの……」


その声が地を揺らす直後――

風を裂いて飛び込む影


「優を、返しなさいッ!!」


イリスの拳は鋭く、速い。


梢の鉄拳とは真逆、まるで雷光が細剣になったような刺突拳。


拳と拳が三度交差し――爆風のようにアジトの天井が揺れる!

一撃、二撃、三撃――梢が受け止める度に床が凹む。

イリスは息荒く、だが本気で拳で畳み込む。


(私が……あの時、優を簀巻きにしたんだ……私が、責任を――!)


最後の打撃が、梢の肩をかすめて火花を散らす。

拳闘の梢が、イリスの目を真っ直ぐ見た。


「その拳……怒りだけじゃねぇな。……後悔と、決意か

だったら――拳で全部、伝えてみろよ」


そして、戦場が再び爆ぜる


阿鼻叫喚の蛇アジトで、

拳闘の梢、イリス――

互いの拳が重なる刹那、異質な静寂が空間を支配する。


魔力の波動が満ちる。拳に宿る意志が音を奪い、空気すら震える。

そして――その一撃が交差した瞬間。


《衝撃の無》

梢とイリスの最高の拳が炸裂……


だがそれは、まるで紙のように“受け止められた”。

間に入ったのは一人の女――桜


メイド服のスカートが舞い、静かに語る。

「少し、落ち着きなさい」


その声の前に、梢とイリスは拳を固め直す間もなく――

二人の身体は宙へ跳ね飛ばされた。肘と膝を同時に制し、無理なく一閃。

床が揺れるほどの投げ技に、地すらため息をつく。

「ぐっ……!」


イリスが呻き、地面に拳をつく。

「先輩、なんで邪魔するのよッ!」


その言葉は怒りではなく、混乱。


拳を止めた者を、梢が顔を見て凍る。

「げっ……師匠……」


床に転がる二人。周囲の蛇構成員ですら息を呑む。



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