仁義の一撃
海条の喧騒を斬るように――悪鬼組の姐御、拳闘の梢が突風のごとく動く!
彼女の肩には、雑に持ち上げられた一人の構成員。必死に叫んだ。
「姐さん!……中川の店、通り過ぎてますッ!」
梢、片眉を跳ね上げた。
「ちゃんと案内しなァ、バカタレッ!」
構成員は焦って指を差す。
「すいやせんッ!この先右折です、急いで中川の店に――!」
その瞬間、梢はそのまま構成員を肩から下ろすことなく、豪快に速度を上げた。
音の壁を殴るかのごとき移動、路地が一瞬で後方に流れ去る。
――店内の空気は濁り、床の酒瓶が割れて転がる。
中川の店主は、恐怖した表情で土下座をしながら訴える。
その前に立つのは、スネーク不動産の男たち。
「あんたね……土地の債権、もうスネーク不動産が買い取った。
だから……いい加減出てってくれねえか」
その言葉に、スゴみをきかせた大柄な男がゆっくりと近づく。
堅気じゃない――その目つきと立ち姿が、圧を放つ。
「そこを、なんとかしてくれませんかねぇ」
店主が震えながらすがるも、男は容赦なく足蹴に――!
場の空気に不穏な波動が立ち込める。
その瞬間――!!
店外から、雷鳴のような声が店内を貫いた!
「海条は拳の町!
喧嘩も賭けも、礼を知ってこそ粋というもんだ。
ここは――悪鬼組・拳闘の梢が見張る街!!
正しき怒りには我が拳を、
乱れた欲には我が仁義を――叩き込む!!
外しちゃあ、花も咲かぬし風も吹かねぇ!!
スネーク不動産だか蛇の野郎だか知らねぇが――
海条の仁義を侮る奴には、“姐さんの鉄拳”が挨拶代わりだぜッ
店の戸が軋み、光のように踏み込む巨大な影――
派手なジャージに巨体が走る――悪鬼組の姐御、拳闘の梢、見参!!
店主が顔を上げ、涙と安心で声を震わせる。
荒れ果てた店内で、足蹴にされたまま土下座していた中川の店主が――
その声を聞き、顔をゆっくりと上げた。
涙が滲み、安心が胸を締め付けるように響く。
「……姐さん……!」
店主の声は震えていた。安堵と悔しさ、そして一縷の希望が混ざったような叫び。
「やっと、来てくれた…!」
拳闘の梢は、その言葉に一度だけ目を細め、
足をゆっくりと一歩――スネーク側の男の前に踏み出す。
債権証書を高々と掲げ、法の理屈を押し付けるスネーク不動産の男。
だが――その紙を見ても、悪鬼組の姐御は微動だにしない。
「待ちな、これが見えねえのか」
だが梢は即座に応じる。
「うるせえ。この海条じゃ、“紙の権利”より“仁の信義”が重いんだよォ」
――瞬間、スネーク不動産の男たちに殺気が走る。
「悪鬼組なんぼのもんじゃァ!こっちは“蛇”がついてんだぞォ!」
懐から銀光を走らせ――4人が一斉にドスを抜く!
「なめんなッ!」
その刹那――拳闘の梢は、笑う。
「へぇ……この界隈で、あたいに喧嘩たァ……いい度胸だよ。――来な」
そして――騒ぎが一瞬で静まる。
大柄な男が飛び出す。
梢は片腕を横に伸ばし、彼の手首を受け止める。
一歩踏み込んだ動きで、肘が顎へ。
男は力が抜け、後ろに倒れる。
次に迫る男へは、回し蹴り。
ジャージの裾が風を切り、腹に深く入る。
三人目の刃に対して、梢は一歩だけ踏み込み――
その拳が刃の下から直線で顎を打つ。
男は目を見開き、地へ。
最後の男。
梢はその刃を素手で掴み、ふと握力を込める。
鉄の音が鳴り――柄で彼の頭に、軽く一撃。
店の前、倒れた四人の男たち。
怒鳴りも悲鳴もなく――ただ、沈黙の制裁。
梢がドスを地面に捨て、肩を回しながら静かに告げる。
「ここは、中川の店。悪鬼組が、賭けも喧嘩も――血で通してきた店だ」
「舐めた真似したんなら、帳簿の上から吹っ飛ばしてやるよ。拳でなァ!」
その宣言に、構成員が後ろから笑う。
「姐さん、もう“のしちまってる”よ!!」
中川店主、泣き笑いで頭を下げながら。
「……ありがてぇ……姐さん、これからも店を……」
悪鬼組の姐御・拳闘の梢は背中を伸ばし、振り返った。
「おい、アンタ」
指を向けられたのは、さっきまで一緒に戦闘を見ていた若い構成員。
「茂って言います、姐さん!」
拳闘の眉がピクリと動く。
それは“よし、気に入った”の合図でもある。
「そうかい、茂。――蛇が屯してる場所、教えな。蛇狩りじゃ」
茂は少し戸惑いながらも、任侠に刻まれた悪鬼の忠誠を思い出す。
「……いくつか噂程度ですけど、知ってます!」
その言葉を聞いた瞬間――梢は茂をまた肩に担ぎ、
迷いなく跳ねるように走り出す!
街の路地を踏み抜きながら、怒気と正義を拳に込めて。
「蛇……この悪鬼組の仁義、汚しやがって……
この落とし前――つけさせてもらうよッ!」
目覚めと同時に、久遠優の五感が悲鳴を上げる――
湿気に濡れた床、鉄と獣の混じる臭気、壁の割れ目から漏れる薄暗い光。
簀巻きにされた小さな身体。身動きひとつ、自由にならない。
(くせー……つうか、何処だここ。……
この状況、前にもあった。くそー、不味い、誘拐されたか……!)
優はもがく。荒ぶる心を律しながら、少しずつ繊維を緩めていく。
「あともうちょいで……解けそう……がんばれ俺……!」
その時、ぬめるような声が、部屋の空気を這った。
「あらん、ダメじゃない優」
目の前に現れたのは――
異様に細長い体躯、土色の肌に滑るような鱗。
排水管から這い出してきたかのような存在、蛇の獣人――蛇印




