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滑り込む影

雑踏と活気を外れた、錆びついた配管がうねる一角。

濃い潮風と排気が入り混じるその路地に、

龍珀使者――袁小は静かに佇んでいた。


「……ここか。蛇印、居るんだろ?」


袁小の鼻が小さく震え、レギス能力が発動する。

レギス能力《嗅魂探査スピリット・トレーサー

相手の“魂の臭い”を嗅覚で記録・識別

一度記録すれば、都市内どの場所にいても所在を特定できる

対象が隠していても匂いまでは消せない

まさに“嗅ぐ情報収集”


すると――建物の天排水パイプがゆらりと膨れ上がり、

滑るように、蛇のような男が姿を現す。


蛇印じゃいん

土色の肌に滑らかな鱗が浮かぶ、蛇の獣人

くねる体つきと、口の端が常に笑っている不気味な男

そして「蛇」の頭領


「おやおや……こりゃまた懐かしいお顔で。袁小様、ようお越しで」

その口調はどこか艶っぽく、不快に慇懃。


袁小は顔をしかめながら答える。

「……相変わらず、気持ち悪ぃな」


パイプから身体をくねらせて現れた蛇獣人・**蛇印じゃいん**の滑らかな笑みに、

袁小の言葉が少し尖る。


「蛇印、お前にやってもらいたいことがある」


蛇印は、肩をくいとすくめながら即答する

「お断りしますよ。今、悪鬼組といざこざがあって……

いくら袁小様でも巻き込まれたくはないでしょう?」


その言葉と同時に、体がぬらりと伸び、骨ごと細く“針金”のように変形していく。

まるで水銀のような体液が、パイプの中へ染み込もうとした。


だが――袁小の声が、それをピタリと止めた。

「待て。これは――龍珀公(星様)直々の命令だぞ」


蛇印の動きが止まる。

変化しかけた体が粘性を取り戻し、ゆっくりと元の姿に戻っていく。

その目には、軽薄な光とは違う“恐れ”が宿り始めていた。


「……龍珀公の、命令……」


その言葉が意味するものを、蛇印は知っている

拒めば“蛇”である自分の存在すら危うい。


袁小が懐から一枚の画像を差し出す。

その画像に映る人物―― 白金の髪、緋色の瞳

明らかに幼児の風貌


そして、袁小は静かに囁く。

「この人物を攫え」


蛇印が画像を受け取ると、その唇がねっとりと吊り上がった。

「久遠優……!」


袁小の目は怯えにも似た焦燥で揺れながら、告げる。

「……やらなければ、我らが龍珀公に消される。……わかるな?」


蛇印は、画像をもう一度凝視した。

久遠優―裏社会では。


(久遠優……天宮マリアの“ディヴァイン級”ヴァッサルか)

蛇印はその名前を舌の裏で転がしながら、唇を吊り上げた。



「……ふふ。これはこれは、龍珀公らしい――

 命懸けの“遊戯”ってわけですな」



格式ある、屋敷を流れる風が、ほんの一瞬その空気をざわめかせた。


「おうよ!俺様が“ディヴァイン級”の優様だッ!!」

堂々と言い放つ優だったが、その瞳の奥では、

(うぉ舞の父ちゃん怖ぇ)と静かに震える感情が跳ねていた。


しかし、それをおくびにも出さず、ぷくりと膨れる虚勢を張るあたり、

さすが“自称・最強”。


閑条 武――寡黙にして豪快、海条を束ねる“秩泉の英雄”。

その男は優の宣言に眉一つ動かさず、むしろ腹から笑い声を放つ。


「ははは、面白いねぇ~!それは頼もしいじゃねぇか!」

その豪腕が、優の小さな手をガシリと握る。


優は途端にちいちゃくなって、

「あはぃ……」


そして、そこに割って入るように一人の女性が進み出る。

ドリル縦ロールに華麗な紅薔薇ドレス。派手で艶やかで、

色香すら漂わせる美女――閑条 アリーヌ


舞の母であり、閑条家の“薔薇”とも呼ばれる存在


「当主よ、今宵はごゆるりと。明日は歓迎の宴を、

盛大に催させていただきますわ」


閑条 武はすっと臣下の礼を取る姿勢を見せ。


その隣でアリーヌが柔らかく優に微笑む。

「当家には素晴らしい温泉がございますの。

長旅のお疲れを、ぜひ癒していただきたいですわ」


優はまじまじとアリーヌを見て――ポツリ。

「舞と同じドリルじゃん……」


「あら、優様。初めまして、閑条アリーヌと申しますわよ」


「なぜに純和風な屋敷にドリルなの?」


すかさずアリーヌが優雅な微笑みで応える。

「これは“ローゼン巻”と申しまして、ヴァン=ローゼン貴族の伝統ですわ」


優は一瞬、遠い文化を思い浮かべながら――

「え、ローゼン?……あっ、はい」


何だか知った気になって満足したら、すぐ次の話題に気持ちを切り替える。

そして突然、気合MAXで声を張り上げた!

「温泉はいりたーーーーい!!」


温泉という響きにテンション限界突破!


周りを見渡し「げへへ、みんなで一緒に入ろ♡」


湯けむりに包まれた、木造の情緒ある温泉。

レトロモダンな建築と、

ほんのり香る檜の匂いが旅の疲れを癒してくれる――はずだった。


「あら、また大きくなったんじゃない? イリス」

舞がにやりと笑いながら、両手でイリスの胸元に手を伸ばす。


「や、やめてください先輩……っ」

頬を赤くしながら身をよじるイリス。

しなやかなタオルの下に隠されていた身体は、

大人の女それで、気品とエロスさが同居していた。


霧音は濡れた髪をかき上げながら、

湯船の縁に腕をかけ、潤んだ瞳でマリアを見つめている。

その姿はまるで、妖しい夢から抜け出してきた女スパイ。


一方のマリアはといえば――


「くっそ……っ」

優はその様子を妄想して、歯噛みしていた。


簀巻き状態で部屋に転がされた優は、

温泉にも入れてもらえず、イリスにキッパリこう言われたばかりだ。

「オジサンは一人で入ってね」


「オジサンって言うなぁぁぁっ!」


バタバタバタッ!

芋虫のように器用に身体をくねらせ、優はじわじわと廊下を這い進んでいく。

頭の中ではもちろん、マリアたちの美しい裸体が踊っていた。


(絶対……絶対、覗いてやる……ッ!)


だがそのとき、湿った空気を震わせるような、ぬるりとした声が響いた。


「あらあら。危険を承知で様子見に来たけど……私、ツイているわね」

ぬるり、とした何かが庭の岩から這い出す。


蛇のような異形の影――土色の肌にぬめるような鱗、異様に細長い体躯。

蛇の獣人、《蛇印じゃいん》だった。


その口元は常に笑っているようで、目だけが笑っていない。


「ずいぶんと無防備な子じゃない。優……だったかしら?

お連れするの、手間取らなくて助かるわ」


にゅるり、と蛇印の体がさらに伸びる。

細く――さらに細く。

まるで人間の皮を脱ぎ、紐のように変質していくかのように。


レギス能力――《潤滑折蛇じゅんかつせつじゃ

その力が発動する。


パイプでも、排水管でも、鍵穴すら通れるほどに体を自在に変形できる能力。

その圧倒的な逃走・潜入性能で、海条の誰もが蛇印を捉えられない。


「ひ、ひいいい!? ちょ、待って!?

 オレ悪いことしてないし今からいい湯旅立ちなんだよおお!?」


「ふふ……大丈夫。お湯ならウーロンにたっぷりあるわ」


その声が耳元でささやかれた時、優の意識は急激に引きずられていった。


月の光が、誰もいない縁側に差し込んでいる。

簀巻きのままの優の姿は、そこにもうなかった。

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