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裂霧の鼓動

この日輪廻の日常は、いつも通りの日常に包まれていた。


朝の歩路を行き交う人々は、政治よりも芸能、気候、今日の霧の濃さ――

「天宮と胡太郎様の会談があるらしいね」

なんて話も、どこか遠い国の話のようだった。


それでも、皆が信じていた。

輪廻には、“何も起こらない”と。


その慢心が揺らぐ刻

突如、警戒音が輪廻全体に鳴り響いた。


赤い光が天蓋通信網を走り、警報が空を染める。

「アブレーションです!――急いで、シェルターへ!」


青年の叫びにも、人々は動きが鈍い。

「まさか輪廻に?」「訓練だろ?」


誰もが、輪廻の厚い防壁と長年の平穏を信じていた。

避難は、遅れる――そして、その瞬間。


“液体”の災厄が、形を持つ

青く揺れる液体が、住宅地の水路から立ち昇る。


そして、形を持ち始める。匠を模した――奇怪な模写体。

「パパ……パパ……ぱぱとれたよ……」


繰り返される単語、ずれた音、それは**“記憶の再演”のような模倣**。

異常であるのに、どこか懐かしいリズムが恐怖を加速する。


その場にいた一人が、端末で記録を試みるも――

青い波が彼を包み、端末が残るだけとなった。


「こ……ここ……胡太郎……」


その名が、意味を持った瞬間。

レイヴィオグはただの液体ではなく、“目的を持つ者”となる。


災厄の波は輪廻を包みながら、霧幻宮へと一直線に進む。

防衛網が展開を始めるも、その進行は止まらない。


優が目覚めると、そこはもはや“常識の外”だった。

ぐるぐるの簀巻き状態で、まるで空中に吊るされたエサ。


目の前では釣り竿らしき装置で優の簀巻き体が揺れ、

口には布がしっかり巻かれていた。

「んがっ!なな……フガフガ!(ふざけんなー!!)」


糸を引きちぎろうと暴れるが、腕も脚も満足に動かず。

その時、どこか陽気な声が響く。


「すごいわぁ~、やっぱこの子面白い♪」

釣り竿を揺らしながら、

事切が優を“レイヴィオグの核反応地点”へ向けて前進させる。


そして――奇跡的なことに、

レイヴィオグの液体たちは優を一目見て、明らかに後ずさるのだった。



青い液体がゼリー状に揺れながら、市街地を埋め尽くす光景――

サイダーゼリーのような模写体が街路樹、歩道、住宅の屋根にまで蔓延していた。


「ひょええええぇぇぇ~~~~~たしゅけてぇぇぇ!」

優の“逃げ欲”がMAXになり、途端に動きを止めて大人しく簀巻き状態を維持。


事切の部隊員たちは端末を見ながら微笑む。

「これなら……核反応部位、直進できますね。

久遠優《白界》の“拒絶反応”確認済み。」


事切はウインクを一つして、釣り竿を軽く動かす。

「優ちゃん、今日のお仕事――“スライムよけ”よ☆がんばれ♡」


優は叫びたかった。

が、口が塞がれているので「ふがーー!」しか出なかった。


霧幻宮――静かな和室が湯気のように漂う空間で、マリアは目を覚ます。

その先にいたのは、どかりと座る胡太郎。


銀盆の上には味噌と漣薬味が乗った椀。湯気が立ち上り、

ほのかに出汁の香りが室内に満ちている。

「天宮公、美味しいぜ」


と言いながら、胡太郎は味噌汁をすすり、

無邪気なようで計算された笑みを浮かべる。


彼はその椀を静かにマリアへ差し出した――だが、

「ふざけるな! 皆を、なぜこのようなことに!」


マリアは椀を払いのけ、声を荒げる。

その怒りは、事切によって気絶させられた自分、連れ去られた仲間。


胡太郎は表情を動かさず、ただ一言。

「すまんな。――灰色の独断だ。

あれに対抗するには、君のヴァッサルが必要らしい」


その言葉に、マリアの目が燃える。

瞳は緋色に染まり、瞳の奥の魔法陣が交差――**神眼**が発動した。


空間が震える。視界が、情報の膜のように剥がれ始める。

「……おぉ、怖いねぇ」


胡太郎は知っているかのような態度で、驚くどころか楽しげに反応する。

そして平然と、味噌汁をもうひとすすり。

「どうかな。見られているのは、慣れてなくてね」


マリアは震える声で呟く。

「あなたは……そう。もう、終わりなのね」


マリアの瞳は震えた。


──胡太郎は限界だった。

神眼で覗いた胡太郎のレギス能力

《霧楔》使えれば使うほど脳の負荷が能力者にダメージを与え廃人に近づく。

盤上に見せる冷静、都市に君臨する威厳。


そのすべては、《霧楔》という力によって築かれたもの。

だが、その代償に――彼の脳は、今まさに“崩壊中”。



胡太郎は、神眼を受け止めながら、ふと味噌汁をすする音を立てる。

「さて、君には何が見えた?」


その表情には、驚きも動揺もなかった。

それすら――楔で理性を繕った姿なのかもしれない。


マリアは拳を握りしめ、声を絞り出す。

「……漣の当主が頻繁に変わるのはこれが原因・・・だがなぜ」


胡太郎の指先が、盤上に浮かぶ最古のコマ――灰色の石へと伸びる。

だがその手は、かすかに震えていた。


そして、マリアの神眼は、その震えの“理由”を知ってしまった。

胡太郎は顔を揺らしながら、どこか遠くを見つめるように言葉を吐いた。


その表情には、怒りも恐れもない。あるのは――喪失とわずかな悔い。

「……あのまま君が水鏡に呑まれていれば、すべては予定通りだった。

いや――どちらにせよ《レイヴィオグ計画》の骨子は変わらなかった。

だが……本当に驚いたよ。正に、奇跡だ」


わずかに笑みを浮かべながら、だがその瞳は深い影を宿している。


「君が《ディヴァイン級》と契約し――

あの久遠優が、アブレーションの存在そのものを“抑制”する力を持っているとは。

おかげで、私の計画は軋んだ。指定候補者のいくつかは……

レイヴィオグに喰われ、真っ直ぐ輪廻に向かっているあれは私を狙っている――」


ひと呼吸置いて、胡太郎は静かに首を振る。

その声は、どこか壊れかけた録音のように、感情と喪失が混ざり合っていた。

「私はもうすぐ……壊れるだろう。霧楔を使いすぎた。楔が、脳の中で軋む……

今の君には、恐れを感じる。……いや――“嫉妬”かもしれない」



その声にマリアの拳が走る。

まっすぐに、ためらいなく――その顔面に。


「くだらない理由ね。秩泉や漣を危険に晒してまでアブレーションを飼うなんて。

アブレーションは、そこにいるだけで脅威なのよ。」


これは――七大貴族の重大な違反行為。

「……貴方には、失望したわ。優はもちろん、あの子も――返してもらうわ」


胡太郎は拳の跡を指でなぞりながら、ぽつりと漏らす。

「……楔が入っている者を、仲間と呼ぶか……」


その目に、一瞬だけ“何か”が戻った。

恐れでもなく嫉妬でもない――“誇り”だったのかもしれない。


そして、崩れかけた胡太郎は、それでも懇願するように言う。

「好きにしろ……いや……漣を、助けてほしい」


マリアは瞳を揺らすことなく、背を向けて答える。

「云われなくても――動くしかないわ。仲間のためだもの」


その瞬間、扉が音もなく開き。

「――マリア様!」


倒された護衛の向こうから現れたのは、アイリス、イリス、雪永、山北、出川――

それぞれが、覚悟を帯びていた。


マリアは振り向かず、ただ前を見つめる。


そして、霧幻宮の空気が変わった。

盤が、崩れるのではなく――進み出す音を立て始めた。


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