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始動?

柔らかなベッドの上、優は微かな寝ぼけ声を漏らした。

「……うんぁあああ……」

まどろみから覚醒すると、目に映るのはいつものビールの空き缶が散らばった汚い部屋ではなかった。

整理整頓された豪華な家具、整った室内、そして漂う微かな花の香り——。

「はぁ……夢じゃないんだ……」

優は愚痴を漏らしながら、ぼんやりと周囲を見渡す。

「おめざめですか?」

ふいに隣から柔らかい声がした。

「……なんだ?」

彼が振り返ると、そこには母性溢れる女性が立っていた。

長い髪をゆるく結い、優雅な仕草で微笑んでいる。透き通るような肌、包み込むような優しさ——優のタイプにドンピシャな完璧な女性だった。

「優様、お召し物を変えましょうね。」

優は「……はーい?」と反射的に返事をする。何故か従ってしまう自分に困惑しながらも、気がつくと着替えが始まっていた。

「なんだこの姿……?」

改めて自分の姿を確認すると——髪は白金色で膝に届くぐらいの髪、顔は将来美人に成長することが約束されたかのような整った造りだった。しかし、体は3歳児程度の幼さ。

「あの、すいません。なんでこんなになってしまったんでしょうか?」

優は戸惑いながら、謎の女性に問いかける。しかし、女性は困った顔をしながらも優の着替えを進める。

気づけば、いつの間にか着ていた熊さんパジャマはあっという間に脱がされ——。

「ちょ!? 俺、スッポンポンなんですが!?」

次の瞬間、触り心地の良いワンピースが着せられた。

優は鏡を見ながら呟く。

「素材なんか知らんけど、この服すごい高そう……」

そして、改めて鏡に映る自分を眺める。

「……やべー俺可愛すぎw」

広々とした天宮家の廊下を、優は抱っこされながら運ばれていた。

「やべぇ……」

目に映るのは、まるでアニメやゲームの世界のような荘厳な屋敷。手入れの行き届いた庭園、美しく働くメイドたち——そして、優を抱く女性もまた、メイド服を完璧に着こなしていた。

ここは桃源郷か。

その幸せを噛み締める間もなく、目の前に大きな扉が現れる。

優はゴクリと息を呑む。

コンコン——

扉が軽く叩かれる音が響く。

「優様が目覚めました。」

謎の女性の柔らかな声が告げると、扉の奥から凛とした美しい声が返る。

「入って来なさい。」

優はそっと床に降ろされる。抱かれていた温もりが消え、ふわふわとした感覚が抜けていく。謎の女性は優雅にメイドのカーテシーを行い、そのまま部屋の隅へと控えた。

目の前には——昨日の美人がいた。

「えっと……マリア?」

マリアは静かに微笑む。知的で整った顔立ち、それでいて冷徹な空気を纏う女性——優は一瞬でこのタイプの女性が頭が切れる人だと見抜いた。

そして、同時に理解する。

——俺、このタイプ苦手なんだよな……。

優は深く考えない性格だ。理詰めでこられると、どうしても上手く立ち回れない。

マリアは微かに微笑み、静かに名乗った。

「改めまして。天宮マリアよ。」

優も反射的に名乗る。

「久遠優です。」

その瞬間——マリアの雰囲気が僅かに和らぐ。

優は直感的に感じる。

あれ? 思ったより冷徹じゃない……?

ただの知的美人じゃん……好感度、爆上がりなんだが。

優は少し安心しながら、次々と質問を投げかけた。

「昨日、あれから何かありましたか? あの、なんで俺こんな体になったんですか?」

矢継ぎ早に問いかける優に、マリアは少し考えるように視線を落とす。そして——。

「昨日?」

ふっと眉を寄せ、静かに続けた。

「あなた、あれから二か月は眠ったままだったのよ。」

「え……?」

優は言葉を失った。

——二か月?

そんなバカな……俺、昨日のことだと思ってたのに。

「そうね。」

マリアは優雅に微笑みながら答える。

「エクソジェン……知っているかしら?」

優は困惑しながら眉をひそめる。

「なんですか、それ?」

マリアはゆっくりと指を組み、静かに語り始めた。

「あなたたち、異世界から来た人間はエクソジェンと呼ばれるのよ。」

優は言葉を失った。

「エクソジェン……?」

マリアは淡々と続ける。

「エクソジェンは必ずレギス(契約者)とヴァッサル(従者)になる宿命を背負っているわ。そして——」

彼女の瞳が優をじっと見つめた。

「あなたはヴァッサルになったのよ。」

「はぁぁぁぁ!?」

優は頭を抱える。

「なにそれ!? ゲームかアニメの異世界転移ってこと!?」

妙な“なろう脳”を発揮してしまう優。しかし、マリアの冷静な声が彼の幻想を打ち砕く。

「現実よ。」

その一言に、優は言葉を失う。

「あなたがそんな姿になった理由はまだ分からないわ。でも、過去の契約で姿が変わったという記録や文献は存在するわ。」

優は額に手を当てながら、ぐるぐると回る思考を整理しようとする。

「じゃあ……俺、元に戻れないのか!?」

マリアは静かに答える。

「そうね。」

「うそだろーーーーーーーー!!!」

絶望の中、優はふと別の考えがよぎる。

「……いや、待てよ。この姿のほうが楽できるのでは?」

前の自分——メタボ体型で、顔は**中の上(本人談)**のおっさんだった。

今の自分——白金の髪を持つ可愛い幼女。

なにもしなくても可愛さで生きていけるのでは……?

マリアはそんな優の葛藤など気にもせず、淡々と告げる。

「そして——私はレギス(契約者)。あなたと契約したことで、あなたは死なずに済んだのよ。」

その言葉とともに、優の頭の中に昨夜の記憶が一瞬フラッシュバックする。

——あのモンスター。

鋭い爪、裂かれる身体、地面に広がる血。

「う……うう……」

優は軽く震える。しかし、マリアはそんな彼の様子を気にすることもなく、静かに言葉を紡いだ。

「これがあなたのヴァッサル能力よ。

「無垢なる・ゼロ・コーデックス——」

マリアが静かに唱えた瞬間、優の体が眩しい光に包まれた。

「うぃっ!? おれが本????」

目の前で起こる異常な現象——優の体は完全な白色へと変化し、装飾ひとつない**「無垢なる書」ゼロ・コーデックス**へと姿を変えていく。

「なんじゃこりゃぁぁぁ!! 人間やめてるーーー!!」

動揺する優。しかし、さらに衝撃的な光景が視界に入る。

——マリアの服装が変わっていた。

それはどこかで見たことのあるような……そう、某スポ根魔法少女の知的キャラのようなスタイル。

「……いま訓練所、空いてるかしら?」

マリアが冷静に問いかける。

隅に控えていた女性がすぐに答えた。

「大丈夫です、マリア様。」

マリアは静かに頷くと、次の指示を出す。

「訓練所に双子を呼んで、霧音。」

霧音——隅にいた女性はすぐに動き、カーテシーを取ると扉へ向かい、軽やかに開け放った。

その瞬間、優は自分の状況を思い出し——。

「いやああああああ!!! 俺、このままなのか!?!?」

絶叫が部屋に響く。


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