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静原外交

静原記念会館――

霧が差し込む広大なホールには、まさに“外交”の鼓動が満ちていた。

漣の上級貴族、霧賀琴音による公式歓迎会談。


秩泉との連携が注目される中、ホール内には多国籍メディアがずらりと並び、

各国の記者、カメラマン、端末リレー班が、天宮当主の到着を待ち構えていた。

そしてその中心――琴音が先手を打った。


「――漣にようこそ、天宮公」

笑顔は完璧、所作は優雅。

洗練されきった握手は、未来の霧島を思わせる風格すら帯びている。


マリアはにこりと穏やかな微笑を返し、ゆるやかに握手する。

「いえ、霧賀卿には日頃よりお世話になっております」


その瞬間、報道陣のフラッシュが光を放ち、

壁に反射した光の粒が祝祭のようにきらめいた。


交わされる言葉は、政略ではなく“希望”の響きを帯びていた。


「秩泉と漣の未来は、対話から始まります」

「それは、次代を担う者の責務でもあります」


報道端末には【秩泉・漣、未来結束への第一歩】

という見出しが瞬時に並び始める。


その背後で――優は、窮屈な礼服の襟を引っぱりながらぼそり。

「ねえ、ただ立ってるだけでも結構気力いるからな……オレ、よく頑張った」


礼服をゆるめた瞬間、彼の口から漏れた一言。

「かぁー、なんじゃあの姉ちゃん……」


驚き、気圧され、そして僅かに嫉妬すら混ざった声。

華麗すぎてこわい系女子、優的評価。


アイリスが肩をすくめて言う。

「あなたが“ただ立ってるだけ”してる間に、あの方は一局面を制しましたね」

イリスも冷静な眼差し。


「優には無理でしょう。“キャリアウーマンポーズ”してる人間が、外交なんて」

「ぐっ……!」


霧音は微笑んで頭を撫でる。

「ふふ、少なくとも“礼服ポイント”は今日プラスですよ。

会食も同じ服ですか?」


「え~、もっと“王子”みたいなのがいい~!」

次の瞬間、マリアが振り返っただけで、優の発言は物理的に止まる。


「次は玖珂斎卿とのパーティーです。準備の時間、確保できてますね?」


「は、はいぃ……ちゃんと大人しくしてます……!」

だが、その心の奥ではこっそり――

(あの強キャラ姉ちゃん、いい乳してたな)


車・移動車内。

空気は再び“緊張”へと向かっていた。

マリアは端末を静かに閉じ、沈黙の中で思考を整えていた。


「――玖珂家は、天御門との関係が濃い家です。ご用心を」

アイリスが資料をめくりながら、淡々と警告する。


「ええ、分かっているわ」


優は両手で拳を作り、背筋をピンと伸ばす。

「なに、天なんちゃらの仲間なら敵じゃないか!」

謎のボクシングポーズ炸裂。


「見よ、これが世界を制したフック左ストレート!!」

車内が一瞬、静止する。


イリスが肩をひくつかせながら、小声でつぶやく。

「……何が“左”よ」


「なんだと!? 完璧左ストレートの本気を見せてやるッ!」

拳を振り上げ――なぜかコツン、とイリスの胸元へ。


「なっ……!」

イリスが一歩下がり、空気が一瞬だけザワめいた。


優は拳を引いたまま、にやりと笑う。

その顔は、どこか得意げで、どこか悪ノリの極み。


目元はニヤニヤと細まり、口元には、

まるでスケベ親父のような笑みが浮かんでいた。


「へへへ、いいもん持ってんじゃん」


ぬるり、と霧音登場。

「――優様、“禁則律コード第32条”ですね。

公的場における暴走防止、発動します」


「ぎゃー!! 匣はもう嫌ァァァ!!」

霧音に担がれ、天霊匣へ吸い込まれる優。いつも通りである。


玖珂家邸宅――静原に佇む漣式の屋敷。


そのパーティーは、派手さは皆無。静謐で、質素で、整えられた構造。

赤絨毯ではなく、織目の白布。控えめな照明、霞のかかる障子。


そして――そこに現れたマリアの姿が、場の空気を一変させた。

真紅のドレス。

一点を見つめる穏やかな瞳。


彼女が踏み入れた瞬間、しん……と空間が張りつめ、やがてふわりと熱が走る。


そして、中央に現れた男。

玖珂斎こか・いつき。漣貴族、 長身で骨張った体に、常に直立の姿勢

フォーマルスーツは深緑で完璧な皺ゼロ

ストレートの中央分け、髪の生え際まで几帳面

動作は極端に少なく、指先で距離を測ってから物に触れる

視線は常に焦点が合わないような乾いた印象――監視AIそのもの


「ようこそ、いらっしゃいました。――天宮公」


礼儀作法は完璧。

だがその仕草のすべてに、“余白のなさ”が滲む。


握手の瞬間、手に触れる直前で、わずかに空間を測る。

誤差を許さない人間の、無意識の癖。


「――天御門が、あれほどの売国奴とは知らず……申し訳ございません」

機械的な謝罪。

語法、角度、抑揚、すべてがまるで「一時的謝罪モジュール」読み込み動作。


マリアは表情を崩さず、即座に切り返す。

「――あの資料、お役に立てまして何よりです、玖珂卿」


霧の奥から送付された“天御門派外交記録”。

それにより静原操作の証拠が明るみに出た。


「……ありがとうございました。静原の治安も、よくなるでしょう」

感情はない。


ただの「報告書を読んだ後の確認」のような口調。

マリアはその様子を冷静に見つめ、ふと内心に響いた。

(……この人は、“言っていること”と“考えていること”が完全に別……)


外交とは、言葉の裏を読む作業。

玖珂斎の空気は、止まっているようで、どこか底が抜けている。

それは、何かを隠している者の沈黙。


そしてこの夜のパーティーは――確かに“形式”だった。


ただの通過儀礼。

けれど、油断ならぬ余白が、確かにその場には存在していた。


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