旅路の霧
天車エントランスラウンジ――
聖遺物《天霊匣》の中で、毛布にくるまり丸くなる久遠 優。
顔半分だけを外に出し、目を細めて呻く。
「……面倒は嫌じゃ……」
完全なる“寝たふりモード”
だが、それも束の間。
「優様、いい加減《天霊匣》から出ましょうね」
霧音の声は、いつもの穏やかさに“絶対効力”を混ぜたトーン。
容赦なく脇を抱えられ、
「えーッ!?」と叫びながら優はふわりと梯子を昇って引きずり出される。
目の前に広がるのは、
漆黒と金光が交差する豪華な車内。
水晶照明、高級ソファ、浮彫の支柱。
まるで、走る宮殿。
「すげェ……なにコレ!? VIP!? むっちゃいいじゃん!」
左右をじろじろ眺めながら、どかん、とソファに沈む優。
スリッパの片方が宙を舞う。
後ろからイリスが腕を組んで微笑む。
「天宮家専用列車《天車》なんだから、当然よ」
口調にはほんの少し、“我が家誇り”の成分が含まれていた。
その奥では、マリアとアイリスが端末を操作している。
「優。あなたは、ただ“立っているだけ”でいい。
だから大人しくしてなさい」
画面越しの外交準備を行いながら、穏やかながら一切の妥協がない語調。
優、低く「ハイハイ」と返しながら、ソファに溶けるように寝そべった。
数分後――
「……うはっ、霧、すっご……」
突然の声。
優が顔をガラス窓にべたっと貼り付け、外の風景を覗き込んでいた。
車体は秩泉エリアから漣エリアへ滑るように入り、景色は一変。
濃密な霧が、地平を染める。
「まじで何も見えねーじゃん……ラーメンの湯気かよ……」
ぼやく優に、後方から霧音が静かに応えた。
「漣は盆地が多く、周囲を山に囲まれているため、湿気が滞留しやすいんです。
曇天が続く日も多く、朝夕には霧が立ち込めるのが常。
そして昔、アブレーションにより壊滅的な打撃を受けた影響で、気候が乱れ……
この霧は、まるで“呪い”のように定着してしまったのかもしれませんね」
その声は少しだけ、遠い。
優が振り返って呟く。
「ほえ……霧音ちゃんて、漣出身なの?」
霧音は、ふっと微笑んだ。
「ええ。生まれは輪廻の端です。
この霧をずっと見て育ちました」
目は、窓の向こうへ。
霧の色も、その奥の記憶も、すべて静かに漂っていた。
静原駅ホーム――天車が音をたてて滑り込む直前、
優は鏡に向かってポーズを決めていた。
肩にかかる秩泉式の礼服は、マリアと“お揃い”の幼児特製仕立て。
胸元には刺繍、袖には細かな装飾。
その立ち姿は――見事に、“小型のキャリアウーマン風”。
「おお……キャリアウーマン……!
絶対賢く見える……しかもオシャレじゃん……」
満足げに顔をくしゃっとさせて、ソファに座る姿まで
“賢そう”を意識する優。
ドゥ――ンと音が響き、天車が静原駅ホームに到着。
重厚な扉が左右に滑るように開くと――
そこに広がっていたのは、光とシャッターの嵐だった。
秩泉と漣、それぞれのメディア陣がすでに集結。
マイク、端末、カメラが一斉にマリアの姿を捉えようとする。
「――マリア様!」
「歓迎いたします!」
「マリア様、こちら振り返っていただけますか!」
眩しいほどのフラッシュの中、外交官たちが動く。
外交官三名――雪永衛生、出川春子、山北恭介――が手早く動線を形成し、
礼節をもって道をつくる。
「マリア様、どうぞこちらに」
護衛官たちが、メディアをやんわりと制御。
その中から、記者のひとりが声を上げる。
「マリア様、本日のご予定は?」
その問いに、マリアはゆるやかに微笑む。
明るく、そして一切の無駄がない所作で――カメラのほうを向き、静かに一礼。
「ありがとうございます」
それだけ告げると、あとはすべて外交官たちに任せる。
一言もスケジュールには触れず、
三名の案内に従って、階段をゆっくりと進んでいった。
その背後では、賢そうな衣装を着た優が、隙間からこっそり顔をのぞかせ――
「……なにこのフラッシュの嵐。俺も撮られてよくね?」
イリスにそっと引き戻されながら、ふてくされていた。
静原高級ホテル、そのスィートルームにて。
窓から差し込む霧の光を浴びながら、ひとりの若い女性が微笑んでいた。
その名は――霧賀琴音。
漣大学を主席で卒業し、霧賀家当主代理として急成長中の若き野心家。
その外見は
年齢感:24歳前後
髪型ポニーテールに編み込みの三つ編みが絡み霧賀家謹製の濃紺スーツ。
清潔感に加え、意志の強さを感じさせる仕立て。
スーツ越しでも分かる大きな胸。
メガネ細縁で柔らかな印象を足すが、レンズ越しの瞳は計算高く鋭い
「ふふふ……初めにマリアに会うのは、この私。
これで“胡太郎後継者レース”は一歩リード、ってわけね」
鏡災の混乱を乗り切り、
国際的な評価すら高まった秩泉の当主――天宮マリア。
その名に漣の若手貴族たちは、羨望と焦燥を抱く。
琴音は髪を整えながら、独り言のように笑う。
「……しかも、“天宮との懇意な関係”を持つ者という印象もつく。
画面越しではなく、接触の実績。外交は見せ方よ」
笑みに混ざるは、計算。そして、野心。
「――私が、“次の胡太郎”よ」
そう告げる声に、霧が静かに揺れた。
そして琴音は、その“霧島の冠”を、当然自分が戴くべきだと信じている。




