表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/102

レイヴィオグ

矢代──秩泉と漣の国境近くに佇む、のどかな田舎町。

そこにあるのが、前田農園。


代々続く農家であり、今は当主・**前田芳樹よしき**が一家を支えている。

齢38にして7人家族。両親と妻、三人の子どもに囲まれた

“笑い多き暮らし”が日常だ。


この日、畑の端で手を腰にあてて空を見上げる芳樹の顔は、どこか誇らしげ。

「いやー、今年はなかなかだなァ……」


晴れ渡る空、控えめな風、程よい湿度。

静原方面では近年ここ矢代には奇跡のような安定が舞い降りていた。


芳樹は葉の裏をめくって虫喰いのない表情を確認し、ひとつうなずいた。

「……なんか、今までになく“いい年”かもしれん」


畑の脇で遊ぶ長男・匠が、土を握って遊ぶ声が聞こえる。

「パパー! みてみて、ミミズいたー!」


小さな手に握られた土の塊を誇らしげに掲げながら、

匠は畝の間をぴょんぴょん跳ねていた。

その声は、風よりも軽く、空よりも澄んでいた。


芳樹はちらりと目を向け、口元に笑みを浮かべる。

「おー、そりゃ土が元気な証拠だな」


――それは世界の裂け目から滲み出した、“始まりなきもの”だった。

黒く沈む無音の領域。


ゆらゆらと浮かぶ液体は、ただそこに“在る”だけで、意味も意志もない。

けれど――誰かが、囁いた。

「王よ……来たれ……」


理解などない。けれど、呼応はあった。

その一言が心の揺らぎを引き起こし、暗黒の奥から、ほのかな光が差し込む。


液体はその光を見た。

“ことば”のような、ただの響きのような声が漏れる。

「……れ……い……?」


その瞬間、遠く矢代の畑――

前田芳樹の農園では、のんびりとした会話が交わされていた。


「パパー! スライムだーっ!」

畑の隅で匠の声が上がる。


手にした木の棒で何かを突こうとする姿に、芳樹が目を細めて声をかける。

「おいおい、匠。遊んでないで手伝えってーの」

(まぁ……その年頃だと、興味優先になるか)



だが、次の瞬間――

ふわり、ぐにゃり、と“それ”が膨らんだ。


匠がふざけて触れたその青い水滴のような“もの”は、

みるみるうちに膨れ上がり、ついには匠を――取り込んだ。


「……匠?」

さっきまでのはしゃぎ声が、ふっと消える。


辺りを見回しても、その小さな姿が見えない。

「おい、どうした。疲れたのか? 匠――」


振り返った刹那、

目の前に現れたのは、巨大な青いスライムだった。


無音に鼓動するような粘膜。

中には、小さな影……匠が、浮いていた。


そして。

「……アブレーション……」


青いスライムが、声でもなく、“概念”で響かせた。

その言葉の意味が芳樹の脳に直接届く――侵食/分解/再構成



「な、ん……だよ……こ、れ……境域討滅庁急いで・・」

芳樹の体が、掴まれるように凍りつく。


そのまま、スライムの青の中に――吸い込まれた。


境域討滅庁・漣局――

深夜の報告端末に、その警報は浮かび上がった。


【アブレーション反応 検知エリア:秩泉・漣国境矢代】

その文字を目にした瞬間、局長の背筋が静かに凍りついた。


矢代――静原の周縁、秩泉との国境にある、最も監視がしずらい田舎町。

ここが“アブレーション”の接点になるとは。


漣国・境域討滅庁、第1戦略司令室。

警告灯が魔力と共鳴しながら、室内に赤い輪郭を描く。


局長・カレブ=ソルヴァートは、苦い顔で端末を見つめていた。

額には静かな汗。だがその声は、型通りに冷徹だった。


「――アブレーションには初動こそ肝要。

全処理部隊中、“最大戦力”を持って対処すべし。

“漣第1部隊”、即時、矢代へ向かわせろ」


室内に緊迫が走る。

「第1ですか!? 今は静原にて秩泉との式典準備が――」


「……勘弁してくれよ……式典まじかに外災とか、冗談じゃねえぞ」


作戦幕僚のひとりがぼそりと漏らすが、

カレブの眼光が鋭く光る。


「マニュアル通りに動く。これは“標準動作”だ。

手遅れになった時点で、誰の責任かなど無意味になる」


その背後、戦況スクリーンには“青いスライムの痕”が浮かび上がっていた。


コードネーム:レイヴィオグ

「対象、周辺構造と融合――自己進化の兆候あり」

「対象内に人間生命体(未確定)を包摂。脱出可能性低下」

「同時応答領域、拡大傾向」「危険度A」


[あれがわが国に進行したら、式典どころか国そのものが燃えるぞ」

部屋全体が凍りつく。

「第1は……もう出ました。転移陣に乗って、矢代へ」


「よろしい」

カレブは端末を閉じ、深く椅子にもたれる。


その指は、祈るように組まれていた。

(頼む。)


《漣・境域討滅庁中央管制室》

オペレーター席に並ぶ端末が、明滅する警報を映し出す。


その中でも、特等席に設けられたホログラムマップ上に、

赤く染まる拡張区域が現れていた。


「……コードネーム・レイヴィオグ、経路逸脱。

一時、南域・秩泉方へ移動兆候がありましたが――

現在北上中。方向は……輪廻方面です!」


オペレーターの声が震えるのは、錯覚ではなかった。

システムにはっきりと刻まれている。


【第一小隊 ――反応途絶】

【対象:《特殊アブレーション構造体》】

【補足:意思判断性あり 方向選択に“本能”らしき傾向】






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ