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旅立ちの調律

鏡の前に仁王立ちし、片手を腰に、もう片方で光の剣(※幻)を振りかぶる優――

その姿はまさに、“深夜テンション勇者モード”

「俺の名前は久遠優、冒険者さ☆」


ポーズをバチィと決めながら、

モコモコの白パジャマ(フード付き、うっすら猫耳)

キャットから貰った“冒険者バンダナ”を無理やり首に巻き

足元は星柄ルームスリッパ(すべり止め付き)


どう見ても、自宅警備型自称冒険者。

ベッドの上に飛び乗り、ドーンと天井に跳ね返る勢いで大暴れ。


スリッパが宙を舞い、パジャマのフードがずれ、猫耳が斜めに傾く。

それでも優は止まらない。

「アル=ミラヴァス、一つなぎの財宝ゲットだぜッ!」

叫びながら、鏡の前でポーズを決め、謎の剣を振りかぶる。


扉の隙間から入ってきたのは、疲れた政務の合間を縫って部屋の騒音に気づいた

当主・天宮マリア。


手にはまだ未処理の書類、目元にはわずかな疲れ。

それでも声は冷静で、容赦がない。

「優、何してるの……もう深夜よ」


「マリア聞いてくれよ!

獣人に会ったんだぜ、しかもダンチュバー!

サインももらったんだぜコレ見ろよ見ろよォォ!」

興奮冷めやらず、優がキラキラと輝くように鏡の前でポーズ。


「フッ、これは……残像だ」フィヨンッ

鏡の前で謎のステップを踏みながら、謎の剣を空振り。

何の意味もないが、本人は満足げだった。


マリアの口角がピクリと引きつる。

「……いい加減寝なさい」

即断、即決、そして即怒。


「ばきゃろ! これから動画の予習だよ!

今日は徹夜だろがァ!? サタデーナイトフィーバーーー!! ふぉぉぉ!」


スリッパを振り回しながら踊る優を睨み、マリアが冷徹に告げる。

「明日から“漣”に行きます。わかってますか?」


一瞬、動きが止まる。

「……え?やっぱ俺も行くの?」


小さく潤んだ目。声はぷるぷる震え、いつもの嫌々プリチーモード。

スリッパを抱きしめるように胸元に引き寄せ、ぺたりと座り込む。

その背中には、世界の終わりを悟ったような哀愁が漂っていた。


「決定事項です。わかりましたね」

その声は、優の夢も希望も一撃で粉砕する冷徹な刃だった。


まったく動じない鉄壁の当主のひとことに、優はぺたりと座り込んだ。

「……あ~……わかりました、寝るよぉ……

夢の中でダンジョン攻めてやるからな」


ぶつぶつ言いながら毛布にもぐる。


夜はようやく、静けさを取り戻し始めた。

ただし、毛布の中から「ふぉぉぉ……」という微かな声が漏れていた。


天華中央駅、その日だけはいつもとは違う空気が満ちていた。

時計塔が刻む時に重なるように、静謐と、高鳴る期待が交錯する。


駅の正面口――そこに現れたのは、まさに一枚の絵画のような一行だった。

先頭を歩くのは、漆黒と銀の礼装に身を包んだ天宮マリア。

背には“天宮の紋章”が、そして歩みは凜として揺るぎない。


そのすぐ後ろ、霧音が歩む。彼女の背にあるのは、“天霊匣”。


左右には、長く整えられた髪をゆらす双子――アイリスとイリス。

整った制服と振る舞いに、沿道の人々からは感嘆の声すら漏れた。


「マリア様~! どうかお気をつけて!」

「ご武運を!!」

すでに聞きつけて集まっていた市民たちが、いっせいに声をあげる。


テレビ局のカメラが列車ホームを捉える中、マリアは微笑を湛えながら、

静かに、しかし確かな所作で片手を上げ、群衆に応える。

そして、その声が急激に高まる。


「……来たぞ、天車だ」


遠方から滑り込むように現れた列車――

**天宮専用列車《天車てんしゃ》**が、線路を走り抜けてくる。


その車体はまさに威厳の集合体だった。

漆黒に近い濃紺に、金の魔紋が流星のように流れ、

車両の側面には“冠を掲げる七柱の紋章”が神殿画のように描かれている。


動きは静かにして高速、そして滑らかに――ホームへと停車した。


「何年ぶりだろうな……天車が動くのは」

ひとりの市民がつぶやく。

「マリア様が外遊を行うこと自体が……めったにないからな」


停車とともに、白金で飾られた扉が静かに開く。

中から覗くのは、まるで高級ホテルのロビーのような空間。

深紅の絨毯、クリスタルの灯、落ち着た室内。


それは、ただの“移動手段”ではなかった。

天宮そのものが、線路に乗って動き出したような格式がそこにあった。


そして、乗り込む前にマリアがもう一度、振り返る。


「――行って参ります」


その一言に、人々の声がまたひとつ、高く。

マリアと一行が天車へと歩を進め、扉が静かに閉じられた。


列車は静かに線路を進んでいた。外の景色がゆっくりと流れるなか、

車内には静謐と緊張が同居していた。


天車の中央サロン、天宮家当主専用の応接スペース。


重厚な木彫と金縁に囲まれた豪華なソファに、マリアは姿勢よく座っている。

その前には端末が映え、淡い蒼光を放ってスケジュールを映し出していた。


画面の中、雪永の声が緊張を帯びて響く。


「マリア様、本日のスケジュールでございます。

本日は静原にて一旦下車後――

まず、霧賀琴音氏との会談。

続いて、玖珂斎卿との会食と夜のパーティーが予定されております。

それぞれの場には、我々三名――雪永、出川、山北がご随行いたします。

なお、外交方針ならびに発言草案はすでに共有済みです。

端末へ全文をお送りいたします」


端末には、会談資料、対応案、霧賀家 玖珂斎卿

 近況概略などが次々と流れ込んでくる。


雪永の語調には僅かな硬さが滲み、その背後に控える出川春子と山北恭介も、

姿勢を正したまま沈黙していた。


マリアは穏やかに頷き、画面の中の三人を見つめる。

「――頼りにしてます。皆さん」

声は柔らかく、それでいて芯の強さが滲んでいる。


その瞬間、三人の外交官がいっせいに右手を胸に当て、一糸乱れぬ礼をとった。

「はっ」

端末が静かに閉じると、車内に再び静けさが戻った。


マリアは目を閉じ、そっと呼吸を整える。

「……必ず、成功させましょう」

その呟きは、誓いにも似た祈りだった。


天車は、霧に包まれた静原へ向けて、なおも静かに進み続ける。

その車輪音は、ここから動き出すのだ、と。

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