アル=ミラヴァス
キャット猫耳としなやかな尻尾を持つ獣人エクソジェン――
が名乗った瞬間、優の好奇心センサーが一気にフル稼働。
尻尾がふわりと揺れたのを見た瞬間、優の身体がぴょん!と跳ね上がる。
「うおおおお触らせてええぇぇ!!!」
まるで猫じゃらしにじゃれる猫のように、尻尾めがけて手を伸ばす優。
白金の髪を揺らしながらぴょんぴょん跳ねる姿は、“威厳”などどこ吹く風である。
「優、恥ずかしいからやめなさい!」
すかさずイリスが背後から首根っこを掴むように止め、無理やりホールド。
大きく息を吐き、キャットに深く一礼する。
「……すみません。本当に。うちの優がご迷惑を……」
キャットは静かに首を横に振った。
その瞳には、懐かしさと少しのやわらかさ。
「いえ……気にしてませんよ。
こうして、久しぶりに誰かに“興味”を持ってもらえたのって――
なんだか、うれしいんです」
優がイリスの腕を振りほどき、キャットの目の前にもう一歩にじり寄る。
その時
金碧の天井との光が交錯する空間に、再び“祝詞のような声”が響き渡った。
「――さて、神子……いえ、“優様”」
声の主、サティエム教枢機卿ナディール・アル・シムスは、3人を促すように
静かに壇上へと歩み出ると、深く祈りの姿勢を取る。
祭壇前には、整然と座る信徒たち。
優、イリス、キャットもその列に並ぶ。優は腕を組みながらやや不機嫌そう。
「だから説法とかいいって……」
ぼやく優にシムスは柔らかな笑みで返す。
「そう言わずに……これは、ほんの短い“語り”です。
――かつて、“始まりの歌”より名を与えられた存在の物語を」
堂が静まり返る。シムスが語り出す。
「サティエムとは、永遠の“満ち足りたる者”。
世界の始まり、声がまだ形を持たなかった時代において、
ただひとつ、在りしもの。
その在り方は欲にあらず、空でもなく。
“必要を知り、満たされることを知る”者こそ、サティエムなり。
王の間より教えは広まり、
言葉を持たぬ者たちは、歌の言葉を学んだ。
争いの歌を和らげたのは、力ではなく――感謝であった。
サティエムはこう記された。
『飢えぬことに感謝を。求めぬことに、誇りを。
足ることを知り、それを誰かと分かつ者こそ』
すなわち、“ティアム”の兆とは――
力を持つ者が神であることではない。
満ちた魂で、空の者に手を伸ばすその意志こそが、神と人を分けるのです」
「――以上が、我らサティエム教の“序章”でございます」
深々と一礼するシムスの声が、しんとした空間に収束する。
数秒の沈黙ののち――
「……うわ、きかせるじゃん」
(うさんくせー)
思わず聞き入ってしまった自分に、内心ツッコミを入れる。
優はぽつりと、素直に言った。
「伊達に枢機卿してねーんだな。」
その言葉に、信徒のひとりが涙を拭きながら静かに頷いた。
イリスは何も言わず、隣で微かに目を細める。
そして、そのままの流れで――
「……で、ディヴァイン級って、それと関係あんの?」
その瞬間――待ってましたとばかりに、枢機卿・シムスが顔を輝かせた。
まるで“聖典を聞かせるチャンスが舞い降りた”ような勢いで前に出る。
「ええ、神子様! まさにそこが肝要なのです!」
彼は壇上の祈祷台に片膝をつき、朗々と語り始めた。
「――創世記において、世界は“七つの型”として顕現したと言われております。
ネオフィムの七大エリア――それぞれが、“神なる特性”を宿し、
その業を象った存在こそが、ディヴァイン級なのです」
「すなわち、力により声を歪める者ではなく、
“声そのものと調和する特異点”として……それは、神の使途」
シムスは瞳を閉じ、胸の前で両手を組み合わせる。
「……そしてそのうちのひとつ、今ここに――“天より来たりし神子”として、
まさに貴方が、ご降臨あそばされたのです!」
その言葉とともに、堂内の律香炉が淡く蒸気を立ちのぼらせ――
突如、聖歌隊のような合唱が響き出した。
「ティアム……ティアム……照らせし歌よ……」
礼拝堂の天蓋に反響するその旋律。
いつのまにか、周囲の信徒たちが自然と歌に加わっていた。
その中で――キャットも、ほんの少しだけ微笑んで、
同じ旋律に口を動かしていた。
「お、おい、」
優が困惑気味に目を向ける。
「なんか……この旋律、懐かしい気がして……」
キャットは小さく囁いた。
そして優は――ポカンとしながら、
壇上で天を仰ぐシムスを見て、ぼそりと漏らした。
「……なんか、あいつ……胡散臭い」
その台詞に、イリスが笑いを堪え、肩が一度だけ揺れた。
そして教会の空気は、静かに流れ続けていった。
応接間の静けさの中、三人の茶の入ったカップから湯気がゆらりと揺れる。
大理石の床に響くのは、ふとした笑い声と、遠くの風鈴のような鈴音だけだった。
「転移した当初は本当に苦労しました。
なにぶん、私の元の世界って結構遅れてまして……。
この世界の価値観に馴染めるのに、三年くらいかかりました」
キャットが遠くを見つめながら語った。
その声には、柔らかい響きと、ひとすじの寂しさ。
「私は、ここでサティエム教に出会って――
ようやく居場所を得たんです。救われたって思いました」
「ふーん……」
優は足を組み替え、団子の皿をつつきながら言った。
「オレは半年ぐらいだぜ。
まあ……このナリに転生しちゃったからなぁ……
前はめっちゃイケメンだったのに」
堂々たる大嘘が炸裂する。
「むちゃ順応してるし、それどころか前世、汚い親父だったじゃないの」
イリスが冷静に一刀両断。背筋を伸ばして茶を啜りながら、さらりと言い放つ。
優はぎょっとして身を乗り出した。
「ちょ何言ってんのイリスちゃん」
キャットはクスリと笑って、首をかしげる。
「ふふ、ごめんね。でも……そういう軽口を返し合えるのも、久しぶりで」
「今は冒険者してるんだ、“アル=ミラヴァス”の方で。
観光がてらこっちに来て、せっかくだからって祈りに。天華って綺麗だから」
キャットが肩をすくめるように言った。
「じゃあなんで、フードなんか被ってたんだ?」
優が問いながら、遠慮なくキャットの猫耳に指を指す。
「……目立ちたくなかったの。猫耳があると、目立つから。
それに秩泉では、獣人って……あんまりよく思われてないの」
その声は、ごく小さく。尻尾を腕に巻きつけながら、キャットは下を向いた。
「え、なんで? かわいいのに」
優がきょとんとしたまま言葉をこぼす。
「……龍珀家は、秩泉の国境に近いんです。
“七大貴族”のひとつで、獣人たちが多い国――
だけど、天宮とは……昔から、仲が悪い」
イリスの声が淡々と響いた。
「歴史的な摩擦が根深いんです。信仰、文化、貴族階級……
すべての“型”が違うです。」
そんなイリスを無視して思いついた優が
優の瞳がまるで星座になったかのようにキラッキラに輝いた。
「えっ、キャットさんって……ダンチュバー!?」
椅子から半分浮き上がる勢いで身を乗り出す。
キャットは、いたずらがバレた子猫のように少し照れながら、微笑んで頷いた。
「まだ始めたばかりなんだけど……。
もし良かったら、チャンネル登録してくれると――うれしいニャ♡」
キメ顔営業スマイル全開。
そっと差し出された端末画面には、煌びやかなロゴと。
冒険ねこキャット@アル=ミラヴァス」の文字。
チャンネル登録者数はまだ三桁だが、
コンテンツには光る編集センスがにじんでいた。
「うひょ! 毎日いいね押すぜ! ベルも鳴らすぞ!
てかコメ欄に書き込みに行くからな!」
優は秒でガチファンムーブに突入。手をバシバシ叩いてテンション急上昇。
【アル=ミラヴァス】
地形構造
ネオフィム中央。
七大統治圏の大陸がぐるりと囲む巨大な内海、そのほぼ中心に浮かぶ孤島――それがアル=ミラヴァスである。
海図上では「中核海域第零座標」とされ、気象・地磁気ともに極めて不安定。
視認不能な濃霧、奇数周期で発生する時空断層現象などの影響により、“存在そのものが変質している”とすら評される。
■ 特徴:構造の沈殿
アル=ミラヴァスは、構造そのものが降着する“異常収束点”であり、
物理・因果・魔力・意識のあらゆる構成が地層のように“沈殿”していく場所とされる。
この現象により、島全体が「天然の迷宮体」として形成されている。
■ 核心構造:動的ダンジョン群
島内には無数の階層型地下構造――通称“ダンジョン”が存在。
これらは日々形を変え、
内部では異界由来の装置・文遺跡・アブレーション・未同定概念体などが自然発生的に生成され続けている。
一説にはこの地こそが「世界そのものの母胎」ともされ、未解読の“原初詩盤”が眠るとも囁かれる。
■ 政治構造:七大貴族による中立採掘協定
アル=ミラヴァスの資源は、七大統治圏による中立開発協定により管理されている。
しかしその実態は、
各国が独自の《探査団体》を派遣し、勢力拡張とアーティファクト争奪を繰り広げる**“静かな大戦”**である。
そしてアル=ミラヴァス目指すものには冒険者と呼び、今では配信者ダンチュバーとして人気のコンテンツ
「この前、炎属性の第3層で死にかけたから……アップ前の編集、めっちゃ大変だったニャ」
キャットが苦笑しつつ話すと、優はすっかり“推し活”モード。
「燃えた? いい! それ最高にバズるやつだわ!
サムネに“焦げる5秒前”って入れよ!
うわ~それで登録増えるやつやぁああ!」
イリスはティーカップ片手にため息を漏らしつつ
「早く帰りたい」




