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サティエム大神殿とエクソジェン

朝の霧がまだ差し込むなか、小さな椅子に腰かけて足をぶらつかせる

――久遠 優。


「……やる気起きねェ……」

その姿勢は丸く、目は虚ろ。


完璧に“だるいモード”発動中だった。


「優様、姿勢がなってませんよ」

霧音が静かに膝を折り、彼女の背中をそっと真っ直ぐに正す。

その表情はいつものにこやかさではなく、“スパルタ”のキリッとしたそれ。


「最低限の礼儀作法すらできなければ、これは天宮の恥になります。

優様、ご理解いただけますよね?」

プレッシャーMAXな柔声に、優は苦虫を噛み潰したような顔で言い返す。


「フッへ……おれは超だるいんだぜ……

能力の副作用がなァ、最近とみに重くてな……」


最近の優は、何につけても“怠惰”のせいにして、

興味のある事以外まるでやる気を出さない。


「駄目です」

ばっさり。

座り込んだ優の脇を抱え、霧音が軽々と持ち上げる。


立たせたその瞬間、顔を近づけ、小さくささやいた。

「……はぁ、しょうがないですね。式典が終わったら、

“特別に”お酒をご用意しましょう」


その一言に、優の耳がピクリ。

「なぁに……嘘じゃないよな……?」


瞬間、顔が明るさレベルMAXに切り替わる。

肩をひと振りし、すうっと顎を上げる。


「……どーーよ?」

昔テレビで見たモデルウォーキングを再現しながら、

自室の絨毯の上を堂々と歩き始めた。ポージングつき。

それはもはや、礼法ではなく“ドヤ顔の舞”。


霧音は静かに微笑むと、手帳にメモした。

「記録:モチベーション維持には“酒”が有効。なお、違反寸前」


部屋の、薄く開いた扉の向こうから、覗くのは


容姿端麗、所作優雅、礼服の金糸もよく似合う

――ナディール・アル・シムス枢機卿が、両手を胸に組んで佇んでいた。


(おお……なんと……神々しい……)


その眼差しの先では、エネルギーを取り戻した優が、

なぜかモデル気取りのウォーキングで部屋中を練り歩いていた。

無駄にキメ顔、テンションは最高潮。


「なあ霧音ちゃん、エクソジェンってホントに俺以外いるのか?

見たことねーんだけど」


唐突な疑問に、霧音はぴたりと手を止め、小さく微笑む。

「そうですね……サティエム教会に行けば会えると思いますよ。

あちらではエクソジェンを保護してますし、信徒になる方も多いです」


「ほぉ〜……サティエム教会か。行ってみたいなあ。

日本人にも会えるか?」


霧音が返事をしようとした、そのとき――


バアアアアアアンッ!


重厚な扉がド派手に開け放たれる。

「神子よォォッ! ぜひとも、わが神殿にお越しくださいませェェ!」


そこに立っていたのは――

銀の髪を風になびかせ、片膝をついて天を仰ぐようなポーズ。


どう見ても“登場タイミングを計っていた”枢機卿・シムスその人だった。


「枢機卿!?」

霧音が目を見開く。明らかに、想定していなかった出現だ。


優は眉をひそめた。

「……あ。あの時の、変な坊主じゃん。ってか、圧が強ぇ……」


そのままズンズン距離を詰めてきたシムスに、優がじりじり後ずさる。

「神子よ……どうか私を、“シムス”とお呼びください……」


深く、深く頭を下げ――そのまま祈りのポーズを取る。

「ティアムよ、光を……この世に在し、“唯一なる神子”のご加護を……!」


「お、おうよ……」

優が気のない声で応える。


その瞬間。


「よし、それではさっそく当主マリア様に、

神子様のご来臨をお伝えしましょう!」

シムスの暴走は止まらない。優の返事など、もはや誰も求めていなかった。


シムスがにこやかに、しかし強引に優の小さな手を握り――

「お連れいたします、神子様♪」


「あ、ちょっ、待っ……また勝手に決まってんじゃんコレ! 霧音ちゃん!?」


霧音は困ったように笑いながら、そっと深々と一礼していた。


そのまま、珍妙な行列は、政務室へと向かってゆく。


政務室――光が斜めに差し込み、文書が整えられてゆくなか、

マリアと双子アイリスとイリスは黙々と書類を片づけていた。


そんな静かな時間を破ったのは、扉をド派手に押し開けて飛び込んできた、

ひときわ“高濃度の光”を纏った人物だった。


「失礼ッ!!」


まるで神殿の朗詠がそのまま実体化したかのような登場と共に、

ナディール・アル・シムス枢機卿が叫ぶ。

「ぜひとも! 神子を、サティエム教会にご案内差し上げたくッ!」


彼の両腕には、いつのまにか――

いや、ほぼ強引に連れてこられたらしい久遠 優の姿。


優は困ったような顔をしながら、手をひらひらさせていた。

「いやー……エクソジェンに会えるって言うからさ、

ちょっと行ってみたいんだけど……この人、テンションが毎秒賛美歌」


マリアは一瞬目を細め、そして一拍の静寂を置いたのちに口を開いた。


「シムス卿、安全の確保は可能ですか?」

鏡災きょうさいの最中、サティエム教は多大な貢献をした。)


「命に代えても、神子はお守りいたします」


その一言に、マリアは小さく頷いた。

「――いいでしょう。優のこと、お願いします」

そして振り返り、少しだけ口調をやわらげて言う。


「イリス、護衛をお願いできますか?」


書類整理の手を止めたイリスは、あからさまに気の重そうな顔をするが、

しぶしぶながらも律儀に頷いた。

「……ええ、わかりました」


「ティアムありがたき……!!」

シムスの満面の喜びに、ついに優が腰からずり落ちかけるも、

再び抱えられたまま、そのまま神子様一行は、政務室を後にする。


「マリア様……枢機卿って、もっと冷静な人かと……?」

アイリスが呆れ気味にぼそりと漏らす。


マリアはふ、と笑みを浮かべると一言だけ。

「お願いね」


その言葉が終わるより早く、すでに彼らは廊下の角を消えかけていた。

「ちょ、待ちなさい!」

イリスが急いで、その後を追う。


蒼穹殿の廊下には、鼻をすする音と、

優の「まーた勝手に話が進んでんじゃん……」

という嘆きだけが、虚しく響いていた。


天華・サティエム大神殿――第一礼拝堂。

白玉団子を口の中でもっちり嚙みしめ、優は満足げに椅子へ深々と沈み込んだ。


清らかな空間に響くはずの祈りの声も、今はどこか浮足立っていた。

神子――いや、“神子として勝手に奉られている優に視線が集中していたからだ。


「で、エクソジェンって……この中にいるのか?」

口を拭きながら、優が偉そうに問いかける。


その言葉に呼応するように、礼拝堂の片隅からざわ……と空気が揺れた。

集まっていた信者たちの一部が、祈りの体勢のまま涙を浮かべている。

「神子様」


優は思わず眉をひそめながら、指先をふいっと横に払った。

「だからその“神子”っての、やめろっつってんだろうが……」


その仕草に反応するように、ひとりの信者が手を挙げた。


「……わたしは、エクソジェン。異世界からこの地に転移した者です」

深いフードに包まれ、全身をフードで覆い隠している。


ただ、その声はどこか落ち着いていて――芯を持っていた。


優が軽くあごをしゃくる。

「おーし、ちょっと来い。顔見せてみ?」


信者が優の前まで進み、ゆっくりと両手でフードを取る。


その瞬間――

「……獣人キターーーーーーーっ!」

優の声が礼拝堂に轟いた。


目の前にいたのは、ネコ科を思わせる柔らかな耳を持った女性。

瞳は琥珀色、髪は淡い金色、腰元からはすらりと尾が揺れている。


「……マジか。ほんとにこの世界、獣人いるんか」


興奮を隠せない声で呟く優に、シムスが慎重に説明を挟む。


「はい、神子……いえ、優様。

サティエム教会では様々な世界からの転移者を保護しております。

獣人の方も、少なくありません」


「へー……いいな、なんか“異世界!”って感じしてきたわ」

優が笑いながら振り返ったとき、礼拝堂全体が暖かく揺れた気がした。


だが次の瞬間、周囲の“神子さま”という囁きが耳に届き――

「つーか、マジで! “神子”って呼ぶのやめろや!

俺、“優”って名前があるんだから!!」


わずかに怒気を帯びた声に、信者たちが慌ててひれ伏す。


「し、失礼しました神子さ――優様!!」


「……ったく。なんでこうなるんだよ……」

ぼやきながらも、白玉団子の追加を手にしている優は、

どこか満足げな顔


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