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霧の出席者

ネオフィム――

大陸全体が七角形を描くこの地には、七つの統治圏と、

それぞれに冠される七人の“統べる者”がいた。


そのなかでも、《天宮あまみや》と《霧島きりしま

このふたつの国は古来より隣接しながらも、

戦を交えた記録すらない稀有な友好関係にある。


互いを“対等”と認め、“不可侵”を盟約とした――

……それは、緊張を孕む静穏だった。


蒼穹殿・政務室。

透き通るような天光が壁面に反射し、銀糸のカーテンを揺らす。

マリアの姿が端末越しに映し出されていた。


「……そう。報告ありがとう。外交線は順調ね」

その声音は静かで落ち着いていた。


表情にはわずかな安堵が浮かぶが、その背筋はわずかも崩れない。

静かな炎が宿るその瞳の奥は、常に次の一手を見据えていた。


だが、その報告の最後に――《六道院》側から追加の一言。

「……ただ、霧島家より“ディヴァイン級ヴァッサル”との面会を強く求める意向が示されています」


沈黙。


マリアの目がふと伏せられる。

「……優を?」

声がわずかに揺れ、視線が書類の端をかすめる。


そのまま、机上に広がる紙の端に、そっと指先を滑らせた。

「――胡太郎が、何かを……」

誰にも届かぬような囁き。


それでも、室内の空気は一瞬で濃密に変わった。


《ディヴァイン級》――

時代ごとにその名を冠する者は、常に七体。

彼らは“概念干渉級”の力を持ち、神の従者ヴァッサルの極域に立つ。

その存在は、世界の理を揺るがすほどに希少で、絶対だ。


優がそのひとりであることに、霧島が動いた。

いや、正確には――“胡太郎”が動いた、のだ。

「……あの人は、“会いたい”などと軽く言う人ではないわ」


マリアの声は冷ややかな響きをまといながらも、

どこか思慕に近いものを含んでいた。


そして、記憶の底へ。

あれから八年前。

マリアが初めて彼に会ったのは、ちょうど十歳の誕生日。

《信濃殿》――天宮と霧島、両国の境界に立つ天御門の宮殿。


祝賀式典の喧騒のなかで、彼は“ただの男”の姿で現れた。

暗い灰の礼服。

勲章もなければ、帯刀もなし。


沈黙に包まれたその男に、誰も最初は気づかなかった。

けれど、マリアだけは――その無言の気配の奥に、

“強制力”のような何かを感じ取った。


宴が終わる直前、胡太郎は一人すっと歩み寄り、彼女の前に立ち――

ただ、こう言ったのだ。


「――天宮卿。貴女が無事に成人したならば、

霧島はより強固な関係に至るでしょう。楽しみにしていますよ、マリア」


それは祝辞ではなく、予告でもない。

ただ一言、静かに“既成事実”として語られた未来形。

その響きが、今でも心に残っている。


「マリア様」

不意に思考を裂く声。


双子の姉妹であり、忠誠の従者――アイリス。

彼女は冷静に端末を操作しながら報告した。


「現・胡太郎様、健在にして在位中……にもかかわらず、後継候補はすでに3名。

“胡太郎”とは血統ではなく、選ばれし《意思》で継承される。極めて特殊です」


マリアは微かに頷き、端末を開く。


《胡太郎候補:予備情報(公開枠)》

- 霧賀きりが 琴音ことね

─ 清冽なる理想主義者。外務律官。

─ 秩泉との“対等な友好”を信条とする。


- 玖珂くが いつき

─ 情報部門の策士。個人運用の情報網を持つ。

─ 胡太郎として“最もそれらしい”と囁かれる。


- 霜刃しもは 虚士うろじ

─ 軍律導者。北部防衛再編の中心人物。

─ 安定のための“軍的抑止”を強調。



しばしの沈黙。

その資料を目にしたマリアは、淡く答えた。

「……まず、琴音氏。彼女には“こちらの誠意”を先に示しておく必要がある」


「了解しました。調整は大使館経由で。

……ただし、玖珂斎氏から“非公式会談”の打診も入っています。」


「ええ。“あの人”は、いつだって先手を打ってくる。

私たちが動く前にすでに“観測”されていると考えて動いて」

マリアの目が鋭さを帯びる。


「承知しました。マリア様」

アイリスが頷くと、端末へ情報を送り、素早く封じた。

その手の動きは、まるで儀式のように静かで正確だった。


彼女の表情には、感情の揺れはない。

けれど、マリアの言葉の端々に込められた“重さ”は、確かに胸の奥に届いていた。


霧は、静かに流れている。


次の“胡太郎”が誰であるか――

それは、天宮家の未来だけではなく、世界の均衡すら左右する。


面会の順序ひとつが、外交手筋であり、

「言葉」より前に交わされる「位置取り」が、すでに第一の牽制。


マリアは目を閉じた。

あの時の声。あの言葉。楽しみにしていますよ、マリア


未来形の口調なのに、なぜか“もう知っている”響きがあった。

あれは予知だったのか、それとも試練の号令だったのか。


そして今。

マリアは静かに端末を閉じ、ぽつりと呟いた。

「……でも、まずは“彼”に会わないと」



アイリスの瞳がかすかに揺れる。

感情を乗せて語るマリアは、珍しい。


「現当主との会談、調整いたします。秩泉当主として」

マリアは言葉にした。


(……あの人は、私の名を“選んで”いた。

今度は、私が“あの人の名に、応える”番よ)


政務室の扉は閉じられ、

外交官たちの静かな動きが始まる。


誰も知ることのない、完全非公開面会の調整――

霧の奥へと続く、影との通話線が、静かに繋がろうとしていた。


天華・サティエム大神殿――第一礼拝堂


黄金と翡翠に彩られた巨大な献祭壇。

天井には幾何星文と神獣の彩光画が描かれ、

そこには、神の通路たる“天の円蓋”がまさに静かに煌めいていた。


……本来なら、荘厳な光景のはずだった。

「おおお……神子よ……ティアム……ッ!!」


――が、祭壇前。

サティエム教の枢機卿シムスが両膝をガクガクと震わせ、

鼻水をたらしながら崇拝中。彼は美形である。


容姿端麗、所作優雅、礼服の金糸もよく似合う。

だが今は、ただの「信仰に飲まれたイケメン(鼻水)」でしかなかった。


そこへ、白いワンピースの裾をひらりと翻しながら、

涼しい顔で現れたのが――

白金ツイン団子、幼女型小型オッサン兵器こと、久遠 優である。


彼女(?)は堂々とした足取りでシムスの前に立つと、

その情緒大爆発中の姿を一瞥し――


「お前イケメンなんだから、鼻水たらしながら来るんじゃねーよ」

語調、冷淡。目線、ド直球。


堂内にいた修道士たちが一斉にビクッと震える。


「神子様ッ……ご無礼の数々、大変、失礼を――ッ!」

慌てて床に額を打ちつける、枢機卿レムス。


その背後では、

じわじわと発光しているエクソジェン観測装置が淡く点滅中。


神子の一挙手一投足が、システムログに深く記録されていく。


レムスが必死に続ける。

「エクソジェンは、本来サティエム教の保護対象であり……

神子様の“ご同郷”の方も、必ずやこのサティエムの庇護の下に――」


レムスの丁寧な言葉に、優は“やれやれ”と眉をひそめた。

そして、開口一番――

「四の五の言わずに日本人連れてこいっての!!!」

裂帛の絶叫。


優は中央の祭壇に座りこみ、片腕を背もたれに引っかけた。

その仕草に、意味はない。ただ、なんとなく“偉そう”に見せたかっただけだ

白金髪の光、真っ赤なリボン。


可愛らしい顔。ぼってりしたお腹。

しかし顔だけは“自信に満ちた番長”である。


その姿に、なおも感涙を禁じ得ないシムスが――

ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしながら、空に手を伸ばす。


「……されど……あなた様こそ……

七つの星が告げし“ティアムの兆”ッ……!」


感動、再び。


その崇敬と称賛と鼻水とを一斉にぶつけられた優は、やや俯き加減で――

(やべぇ……レムスってやつと関わったの、完全にミスだった……)


目の奥に悟りの光が宿っていた。

すべての始まりはエクソジェンって本当にいるのだった。


が、ここまで感情過多のガチ信仰者とは予想外だった。

帰りたい。


今すぐポテチと炭酸があふれる自室に帰って、あきらとよしこ動画見たい。


そのとき、背後の修道士たちのひとりがそっと差し出したのは、

極めて丁寧に整えられた献茶――金のトレイに載せた白玉団子。


「神子様……こちら、お召し上がりになりますか……」

(滅茶美味そう)


――よし、少しだけ延命してやろう。

優の眼が輝いた。

「はよ持ってこい、それは話が別だ!!!」

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