蒼穹に響く
蒼穹殿。
隅の一室。
「ヒャハーッ!こいつら活かしてるぜぇッ!!」
ドカドカと大音量でBGMが鳴り響く中、
ソファに寝ころびりながらタブレットをいじっているのは――
白金色のふわふわ髪、リボンを絡めたツイン団子。
ミルキーベージュのフリルドレスにピンクのスパンコールを散りばめた、
まるで魔法菓子から生まれたかのような幼女だった。
腰に装備されたポテチから、禁断の「8枚重ねポテチ」を手で華麗にすくい、
2.5倍炭酸の爆裂コーラで流し込む様子は――
まさに蒼穹殿の自由枠。
「うっひょぉおおお!“あきらとよしこ”、マジ勇者すぎん!」
タブレットには再生中の冒険チャンネル。
“ダンチュバーの冒険者”たちが崖から落ちて大爆笑中。
その名は、久遠優
「おぎゃああああああっ!!」
けたたましい赤ん坊の泣き声が、廊下を突き抜けるように響いた。
その瞬間、隣室でバッキバキの音楽を聞きながらダンチュバー動画を見ていた優が、
タブレットを放り上げ、ぽりぽり咀嚼していたポテチを止めた。
「ちしゃあねいなぁ……」
白金色の団子ツインを揺らし、口を尖らせた優の顔は完全に“やれやれ顔”。
しかし、ふっと何かを思い出すように表情が和らぐ。
「――待っててね、紗那ちゃんっ」
次の瞬間、優の姿は小さな流星のようにピューンと飛び上がり、
ふわりと空中を舞って隣の部屋へ突撃。
「おおおいっ! かわいいお姉さまのご登場だぞぉっ!!」
元気いっぱいに飛び込んだ先では、
几帳面そうな乳母が優しく赤ん坊をあやしていた。
その小さき者こそ――“紗那”だった。
が、穏やかになっていた紗那は優の声を聞いた瞬間、目をぱちくりさせ
次の拍で――
「おぎゃあああああああ!!」
再び全力で泣き出した。
「……な、なぜじゃ」
優が言葉を詰まらせる中、横からぬっと現れる影。
「優、あなたが来たから紗那様が泣いているのですよ」
肩を怒らせ、腕を組んで立つのは――アイリス。
「隣で大音量で動画を流すなんて!」
赤子を抱きなおす乳母の背後で、アイリスがぷんすかと怒っている。
「……動画育児は今のスタイルっしょぉ……」
開き直る優に拳骨が飛ぶ「いっつたああああ」
「チクショウめ……覚えてやがれ……」
優が飛び出し、自然と天の庭園に向かう
白金の髪を揺らし、両手をポケットに突っ込んだまま、
足は自然とある場所へと向かっていた。
途中、風が吹いた。
草が揺れ、記憶が戻る。
――なぜ、あの時。
もっと何か、出来なかったのか。
あのバカが、あんな顔で笑うなんて。
優は小さく舌打ちをして、唇を噛む。
「……あああもうっ!」
感情を押し込むように、ドン、と胸を叩いた。
しばらく歩いた先に、それはあった。
木の板を適当に立てかけた、不恰好な墓標。
「9号」とだけ、なぐり書きのように書かれた文字。
誰の手によるものかは――多分、本人だって分かってる。
「……はぁ。世の中、メンドクサイ」
ぽつりと呟いて、腰を下ろす。
そして手元からコーラ缶を一本取り出すと、勢いよく開けた。
ついでにポケットからごそごそ取り出したのは――
封を開けたままのスルメ。
ちょっと湿気ってたけど、逆に噛みごたえがあって悪くない。
「でもな、俺さ……転移したこと、後悔してねぇんだよ」
カラン、と缶が傾けられ、泡立つコークが墓標に流し込まれていく。
その隣でスルメも少しちぎって、ぺたりと置いておく。
まるで、くだけた供物のように。
「お前はどうだい。後悔してるか?」
風が答える代わりに、雲間が光を揺らす。
「輪廻転生ってのはな、絶対ある。だからさ――
もう一回ちゃんと生きろよ。今度は、笑えるくらい幸せにな」
缶の中身が尽き、墓標の前に小さな泡の輪が残る。
そばには乾きかけたスルメ一片。香ばしい匂いが風に混じる。
「……ったく、だせぇ終わりかたしやがって」
でも、優は笑った。
胸の奥がちょっとだけ軽くなった気がしたから。
天の庭園にはコーラの香りと、微かにスルメの匂いが残り、
風がそっと、それらを運んでいった。




