戦奏葬歌
「……なっ、あれが《ネフガル》でして!?」
捜査官のひとりが絶句する中、空を切って豪奢な礼装が翻った。
漆黒と金を基調とした騎装礼服に、陽を弾くドリルの巻き髪――
秩泉副長官、閑条 舞の姿が凛然と現れる。
その隣に現れたのは、グルグル眼鏡の参謀、閑条 桜。
「上等ですわ……父様でも退治できたのですもの――わたくしが止めて差し上げます!」
ネフガルへと真っ直ぐ踏み出す舞に、桜が腕を伸ばし制止する。
「ちょっ、舞ちゃん!? 落ち着いて!」
「わたくしは……冷静ですのよ」
その時だった。
「――ッ!!」
ネフガルが放った崩魔法が、周囲をえぐるように走る!
捜査員数名が吹き飛び、地面に激突。
だが何人かは泥と血にまみれながらも応戦を始めていた。
「……行きますわよ、桜」
「勝算、あるわけ?」
桜が冷静に尋ねる。
「やれば存外、上手くいくものですわ」
ドリルをかき上げ、舞は戦場へ駆け出す。
「まったくもう……当てずっぽうなんだから!」
桜も苦笑しつつも、その背中に続いた。
「グォオオォォ……!!」
三面の咆哮が空を裂き、ネフガルの背より刃触翼が飛来する。
舞が咄嗟に結界布を展開、桜が左右へ回避しつつ雷撃を放つ!
「狙いは――中央顔ッ!」
桜が空中から突撃。
旋回加速でドリルのような突進を仕掛けるが――
「……甘い」
ネフガル・綾臣の口が静かに呟いた。
ズシャッ!
巨大な尾刃が地をえぐり、衝撃波で桜は吹き飛ばされる!
「ぐ……はっ!」
地面を転がりつつも立ち上がる桜の唇が震える。
その隙に舞がナイフのような魔符をネフガルの体躯へ投擲。
しかし――
「効かぬ」
右の顔、9号が呻くように呟いた。
魔符は空間ごと消失。桜が眉をひそめた。
「空間構造が……ずれている?」
桜が再び構え、全魔力を込めて突撃体勢を取る――
ネフガルの三面が同時に開き、爆発的な濁音が響いた。
その衝撃、まるで空を引き裂く神雷の如し――
舞と桜の体が煙と共に吹き飛ぶ。
だがその煙の向こう、なお――二人の闘志は、静かに燃えていた。
「――桜」
舞が静かに呼びかけると、
すぐさま隣の桜が舞へと歩み寄り、その手に触れた。
「《神器変換》――展開」
舞が叫んだ瞬間、二人の魔力が共鳴し、爆ぜるような光が放たれる。
「ほう……神器か」
ネフガル中央の綾臣が声を漏らす。
それは明らかに“値踏みする者”の声音。
光が収まると――
舞の手には一本の槍が宿っていた。
《神器・葬送桜》
全長約2メートル。
柄は淡い桜色で、精巧な魔術文字がびっしりと刻まれ、魔力が小さく流れている。
穂先は飾り気のない素槍の形をしており、刀身部まで桜色に染まっていた。
触れれば砕けそうな儚さと、神域の威厳が共存する神器。
舞はその槍を軽く掲げ、囁くように――
「《戦奏》」
空気が震え始めた。
音なき鼓動が、舞と桜の魔力を少しずつ高めていく。
わずかな振動だったものが、次第に“加速”という名の楽章に変わる。
「グゥオォォォ――!!」
ネフガルの三面が同時に咆哮。
空間ごと断ち切る“深律崩波”が吐き出され、
それだけで地形が削れ、あらゆる防御障壁が悲鳴を上げた。
だが――舞たちは止まらない。
《戦奏》が進行するにつれ、彼女たちの速度は桁違いに跳ね上がっていく。
ネフガルの三面が追いきれぬほどに、
舞の動きはまるで風に乗った矢のよう。
「……こちょこまかと、貴様……!」
綾臣の顔が怒りを滲ませて吠えるが、
槍《葬送桜》の一撃一撃が、ネフガルの外殻に微細な傷を刻みはじめていた。
舞が一気に速度を上げ、ネフガルの左後方へ回り込むその瞬間――
――ひら。
一枚の、桜の花びらが舞う。
「……なんだ。桜?」
ネフガルの声がかすかに濁った。
すると。
空間に、一枚、また一枚――無数の桜の花びらが浮かび上がり、
まるで風に乗るように、ネフガルを中心に舞いはじめた。
「これは……!? いつの間に……」
――“飛翔”する。
幾万もの桜の花びらが、
一斉に――刃へと姿を変えた。
その光景はまるで、春を殺す戦場の雨。
優雅で、冷酷で、どこか悲しげで。
「《葬花》――最終断章」
舞の静かな詠唱と共に、
舞い踊っていた花びらたちは加速し、収束し、槍として“再誕”した。
すべてが、ネフガルに向かって突き刺さる。
「ぐ……あああああァァァッ!!」
三面の叫びが重なり、
空間が震え、空が裂ける。
だがその刹那、舞は言った。
「一片の花びらも、最後には刃となるのですわ。」
《葬花》のリズムに乗った“死の吹雪”。
その刃のひとつひとつが、三面それぞれの顔を的確に貫通していく。
綾臣の面が引きつった笑みを崩し、
9号の面が黒い涙が零れる
アブレーション面からうめき。
──静寂。
数秒後、ネフガルの身体からの光が吹き出し、
地響きを残して、膝を折った。
歓声、安堵、そして――崩壊。
「まだだよ、舞ちゃん」
その声は、槍から聞こえてきた。
――桜。
その一言の刹那、
ネフガルの身体が爆ぜる魔力の奔流に包まれた。
漆黒が、純白に塗り替えられていく。
禍々しさすら忘れる、神々しき変貌――
背には新たに“6枚の白銀翼”が広がり、空に舞い上がる律粒子が祝福のように輝く。
「――あれは、まるで……天使……」
誰かが呆然と呟いた。
舞が槍を握り直し、咄嗟に声を張り上げる。
「皆さん、退避してください!!」
だが、遅かった。
「――《神罰》」
ネフガルが低く唱える。
次の瞬間――光のシャワーが空から降り注ぎ、
半径百メートルを超える地形が塗り替えられた。
――空間そのものが“神の焦土”と化す。
舞は膝をつきながらも、必死に槍を支えた。
「舞……まだ、いける?」
「……いくわよ、桜」
二人の感情が重なる。
「閑条、なめるな……!」
舞が再び立ち上がり、神器を両手に構える。
「――奥義・神速奏槍ッ!!」
《戦奏》の旋律が最終楽章を紡ぎ、
舞の姿が一閃の“光”と化して飛び込む。
槍《葬送桜》が、ネフガルの9号の顔に炸裂した。
轟音。閃光。そして――
「まさか……傷ひとつ、負わないなんて……」
舞の目に広がったのは、“無傷”の9号の顔。
目を見開いたまま、言葉をなくす。
だがその目の前で――
「……いい、いい……そういう顔が好きなんだよォォォォ!!」
三面の中央、綾臣の面がにたりと笑った。
歪んだ喜び。嗜虐の興奮。“狂気”が、微笑んでいた。
「――楽しかったよ」
静かにそう呟いた刹那、
ズゥン――
空間が、歪んだ。
焦げついた空に、ひとつの亀裂が走る。
「……ひどい顔ね、綾臣」




