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夜の庭園

「は? それ、本名なのか?」

優が目の前の少年に問い返すと、

彼は唇をかすかに動かしただけで、答えを濁すように背を向けた。


「……もう行かなくちゃ。サヨウナラ、お嬢ちゃん。」

優の声など聞こえていないかのように、

彼——9号は庭園の奥、木々の影へと音もなく歩み去る。


そしてその姿は、淡い月明かりの中へふわりと溶けていった。

木々の葉がざわりと揺れる。風の気配もないというのに。


「お、おおい! せめてパーティーしてる場所、教えてけってばああっ!!」

必死に呼びかけるも、その叫びはただ夜気に吸われていくだけだった。


「……あれ、やっぱり幽霊か……!」

恐怖と後悔が同時に襲いかかり、優はその場に立ち尽くす。

が、ふと違和感に首をかしげる。


「ん……? なんか変な空気……」

視線の先、庭園の奥に見慣れぬほど大きな木——

まるで御神木のような杉の木が聳えていた。

「……なんだあれ、でっか。」


妙な胸騒ぎを覚えながら、その木の周囲を慎重にぐるぐると歩き始める。

「怪しい……絶対なんか隠してるだろ、あの木……」


そして、見つけた。

幹の根元、草に隠れるようにして浮かび上がる細工跡。

木目に対して不自然な継ぎ目があったのだ。

「お宝の……ニオイがするッ!!」


さっきまで「迷子だぁぁ」と嘆いていたのも忘れ、優は思わず両手を突っ込んだ。


――そして出てきたのは、両手で包みきれないほど巨大な深紅の宝石。

まるで生きているかのように、内から脈動するような光を放っている。


「すげえ……! これ、売れば一生遊んで暮らせるじゃん!!」

歓喜の声とともにその場で跳ねた瞬間、突如として体中に電流が走る。


ビリリリリリッ!!!


「わあああっ!? いったぁぁぁっ!!」

宝石から放たれた衝撃が優の体を貫き、指先から電撃が走る。

反射的に手を離すと、宝石は音もなく白く変色し、

さらさらと灰に変わって消えた。


「……は?」

石の粉だけが地面に残り、夢のような輝きは痕跡もなく消えていた。


「……俺のお宝がぁぁぁっ!!」

夜空に向かって嘆きの絶叫をあげる優。今日という日は、

どうやら最悪の運勢だったらしい。


その時、背後から冷たい声が降ってきた。

「優、見つけました。」


肩がピクリと跳ねる。

振り返ると、月光を背にアイリスが仁王立ちしていた。


メイド服姿の彼女は片手を腰に添え、

怒っているのに丁寧な笑みを浮かべている。その表情が逆に怖い。


「こんな時間に、庭園で“遊んで”るんですか?」

「ち、ちがっ……! 俺のお宝が……幻のお宝が……!」


灰になった地面を指差し、ぶつぶつと唱える優を、

アイリスは容赦なくひょいっと持ち上げた。

「……ええ、あとで“詳しく”報告してもらいますね?」


優の額からつーっと冷や汗が流れる。

(目が笑ってないっ……完全に詰んだ……!)


そのままアイリスに小言をぶつけられながら、

優はようやくマリアの部屋へ“保護”された。


ふかふかのクッションに埋もれていた優は、突然バッと跳ね起きた。

「なあっ! 庭園で幽霊出たって!! マジでやばかったんだってば!!」

興奮と恐怖が混ざった早口。


マリアは静かにシルクのナイトガウンの裾を整え、椅子へと腰を下ろす。

「幽霊? 天の庭園に? そんな逸話、聞いたことないわ。」


「いたんだよっ! 水色の髪で、顔は女の子みたいで、

声が無表情でさ! スッ……って現れてさ! 絶対、人間じゃなかった!」


その熱量に押され、マリアは小さく笑った。

「じゃあ、明日アイリスにセンサー記録を確認させてみるわね。」


「……俺、怖くなったからさ……マリアちゃんと一緒に寝たい」

優は妙に邪な笑みを浮かべながらベッドに飛び込もうとした——が、


「貴方は、自分の部屋で寝なさい。」

ぬるりと背後から現れたアイリスに、襟首をつかまれた。


「放せーっ! マリアちゃんに慰めてもらうんだー!!」

ジタバタと暴れる優を尻目に、アイリスの笑顔はぴくりと引きつった。


そんなふたりを見ながら、マリアは小さく笑うのだった。


そのころ、天華の高級ホテルの一室。


カーテン越しに夜景がぼやける静かな室内で、

水鏡 綾臣は深く腰を下ろし、満足げに笑っていた。

「——例の物は、ちゃんと仕込んだか?」


背後に控える9号が、微動だにせず答える。

「はい、マスター。抜かりはありません。」


「よし、よくやった……ククク……これであの女も終わりだ。」

口元に浮かぶ笑みには、狂気混じりの憎悪が滲んでいた。


「ネフガルは……いつ頃孵化する?」


「蒼穹殿の結界が強固なため、完全活性には二日ほど。

兆候は徐々に現れるかと。」


綾臣は満足げに頷き、コートの裾を翻して部屋を後にする。

扉が静かに閉じたあと——


9号は一人、わずかに目を伏せてつぶやいた。


「……あの子、騒がしかったな。」


庭園で出会った、あの“お嬢ちゃん”。

本当の名も知らない。それでも心のどこかで、

彼女の存在は確かに引っかかっていた。


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