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夜の迷子譚

マリアの復帰パーティ。それは――


煌びやかなカクテルドレスと上品なマナー、

そして男と女の優雅なるラプソディー。

……になると、優は思っていた。


実際のところ。


「なんか……違う……」

群青色の地味なワンピースを着せられた優は、部屋の隅でポテッと座っていた。


服装の指定は「目立たないように」。泥だらけでも平気、という前提である。

広間にいたのは同年代の子供たち――


隣にいた子が突然「だーっ」と抱きついてきた。

一瞬なにかの奇襲かと思ったが、どうやら好意表現だったらしい。

別の子はクルクル回って、ジュースをこぼして泣いてるし――


優は静かに呟く。

「これ……赤ちゃんパーティーじゃん……」


「俺が想像してたのはだな……こう、シャンパン片手に微笑み合う、

その裏で陰謀と色恋が飛び交う! そういう世界だったんだが……」


はしゃぐ子供たちの中心で、疲れた表情でクッションに埋もれる優。

そんな彼の周りを、ワチャワチャとはしゃぐ子たちが取り囲む。


「うぉい! 飛び乗んな! おれ、今すごく考えごと――

うわ、鼻水つけんなぁぁ!!」


優は悟ってしまった。


ここは貴族の子供たちの託児所――つまり、赤ちゃんカーニバル会場。

こぼされたジュース、床を這うぬいぐるみ、騒ぎながら走り回る子どもたち。


「……ここに……酒なんて……ねぇじゃねぇか……」


どす黒い感情が、ゆっくりと優の中で膨らんでいく。

「だまされた……ッ!!」


ワンピースの裾を握りしめ、震える手。

目の前のグレープジュースがワインのふりをして笑ってるように見える。


(くそ……くそ……早く……手を震わせたい……)


依存症の幻覚が見えたのかもしれない。

いや、

そもそも依存症という単語をこの幼女に適用していいのかは議論の余地がある



子どもたちの輪の中で、優は冷静に**"脱出経路"**を割り出す。

「……この騒ぎに紛れて、囲みを抜ける!」


ぐるんっと一人の子どもが転び、他の子がワアと寄ってくる。

好機。


「今だ!」

走る。這う。スライディングする。

ワンピースがフローリングと擦れて地味に静電気を帯びる。

扉が見えた――その先に、自由がある……!!



だが――


「優さま、どうかなさいましたか?」

霧音。立っていた。微笑んでいた。恐ろしいくらいに。


「(うわ出たぁああああ!!)」


逃走経路、完全封鎖。

目は笑っているのに、背後で雷が鳴ってる気がするのはなぜだ。


広間の一角――壁を背に、静かに呼吸を整える優。

(霧音が立ってる限り……このカーニバルからは抜けられねぇ……)


周囲を見渡すと、子どもたちは相変わらず奇声を上げながら走り回っている。

ノリと勢いだけで構成された無法地帯。


だがそれは――使える。

優は深呼吸をひとつ。お腹をぷにっと膨らませながら、


突如――叫んだ。

「おおおおおおお前らぁぁぁ!!」


全員ピタッと止まる。優は腕を振り上げて絶叫。

「ぽろろだあああ!! 突撃ィィィ!!」


瞬間、子どもたちがドドドドドッと動き出す。

「ぽろろ!?」「ほんと!?」「いたの!?」

騒ぎは一瞬にして伝染し、熱狂は制御不能に。



ぽろろとは?

ケバケバしたウサ耳とパワー系ピンクモフモフの見た目で、

意味のない言葉で踊り狂う謎の子供たちの人気キャラ。

(優はネットサーフィン中に「何故流行っているのか分からない」としばし眺めた記憶がある)

(※ちなみに公式説明曰く「ぽろろ語は宇宙と通話可能」らしい)



子どもたちはキラッキラの目で一斉に霧音へ突撃。

「ぽろろ!ぽろろ!ぽろろぉぉーー!!」


霧音はやわらかく微笑みながら応じる。

「は~い、ぽろろじゃありませんよ~」


しかし耳に届いていない。もう完全に聞いていない。

彼女のドレスの裾に群がり、飛びつく子どもたちの波――


優はその渦を巧みにかわし、シュバッと滑り出す。

(今だッ)「ちょっとトイレぇ〜〜〜」

やけに爽やかな顔で手を振る優。


霧音の「……?」という視線を背中に感じつつ、

(ナイスだ俺!完璧な"脱出理由"だ!)と内心ドヤ顔。


赤ちゃんカーニバルを抜け出した優


「さて……本当のパーティーってやつを、見せてもらおうか」

地味な群青ワンピースを揺らし、優は意気揚々と廊下を駆け出す。


「……え、どこ……?」


曲がり角ひとつで、完全に迷った。

「くそー!やっぱりか!

いつも厨房とマリアの部屋と寝床くらいしか動いてねぇからな……!」


今いる廊下、見覚えゼロ。

壁の絵画はやたら豪華だが、方向感覚の役には立たない。


「なにこの宮殿……マジで広すぎだろ。トイレどころか出口すら見えねぇ……」

床に敷かれたカーペットが高級すぎて、

「これどこまで歩いても同じ柄に見えるんだけど!?」と錯乱。


豪奢なシャンデリア、扉、また扉、同じような扉。

全部パーティー会場に見えて全部違う。


「いやこれ、もしかして赤ちゃんカーニバルに戻った方がまだ安全では……」


そんな不吉な考えがよぎる。

焦る優――道に迷ったうえ、赤ちゃんカーニバルからの脱出劇で体力も限界寸前。


そんな時だった。

ふと目に入ったのは、巨大な庭園。


整然と並ぶ木々、見たこともない花が咲き誇り、

中央には白銀の噴水が静かに揺れていた。


「……どこだよ、ここ……」


幻想的すぎる空間に足がすくみそうになるが、

それでも、優の足は不思議と引き寄せられていく。



そして――


噴水の向こう。

人影。

「げ、幽霊!?」

と、思わず声を上げる優。


しかし半月の光に照らされたその姿は、

まるで彫刻のように美しい少年。


――髪は水色。肌は透き通るように白く、整った顔立ちは少女と見紛うほど。

その少年はゆっくりと、優に近づいてくる



「子供……?」



(まずいまずいまずい……!)


とっさに演技モード起動。

優はその場にしゃがみこみ、ぽろっと涙を流す演技。

ついでにぷにっとほっぺを叩いて赤みも演出。


「……迷子なの……よう、あんちゃん、道おしえてぇ……」

美しい少年は立ち止まり、静かに優を見下ろした。

優の鼓動が跳ねる。



蒼穹殿。マリアの復帰パーティ

その名にふさわしい、荘厳で華やかな会場が広がる。


マリアが「軽い宴」と言っていたはずなのに、

そこに広がる光景はもはや秩泉上層部の社交の坩堝だった。


「……思ったより――いいえ。」

マリアの横顔がふと変わる。

王者のような眼差し。


その変化を隣にいたアイリスは見逃さなかった。



貴族たちが次々とマリアのもとへ挨拶に訪れ、儀礼と讃辞が舞う。

マリアはその一人ひとりと視線を交わし、笑みを忘れず、

そして――


「皆さま。

一週間ほど眠っておりましたけれど――」


軽くとぼけたその言葉に、周囲から微笑と安堵の笑いがもれる。

そして、さっと目線を鋭く変える。


「けれど、今日は政を忘れて――ただ楽しみましょう。

天宮に、乾杯を。」


グラスが一斉に掲げられたその瞬間――


宴が始まアイリスの耳に、そっと囁かれる使用人の声。

「優さまが……託児所から、抜け出したようで……」

アイリスの目が一瞬大きく開かれる。


すぐにマリアの元へ歩み寄り、耳打ち。


「優がどうやら託児所を抜け出しました。どうなさいますか?」


マリアはグラスの中で煌めく琥珀の液体を見つめたまま、一度目を閉じる。

思い出す、あの時の優の顔――明らかに“なにか”を企んでいた。

「……どうせこの会場に来るわ。」


呟くように、しかし確信に満ちた声


「アイリス。念のため彼を探して、保護して頂戴。

何人か使っていいわ。」


その声音はあくまで穏やか。だが、

その奥には冷ややかな警戒心が滲んでいた。


(いま、秩泉では水鏡を追い詰める動きが進んでいる。

あの男が仕掛けてくるとすれば――)



マリアは琥珀色の円を描くグラスの中に、

ほんのわずかな未来の“裂け目”を見た気がしていた。


夜の風がやわらかく、花の香りをふわりと運ぶ。

蒼穹殿の庭園のベンチで、優は謎の少年と並んで腰を下ろしていた。


その空間だけ、まるで時間がゆっくりと流れているような――

そんな静けさ。


「……そうか、お前も大変だな……」


どちらからともなく始まった他愛のない話は、なぜか心地よく続いていた。

名前も知らぬ相手と、肩を並べて――なんとなく、通じ合う。


やがて、優は首をかしげながら聞いた。

「そいや、おまえさん……なんての?」


少年は一瞬だけこちらを見た。

「……9号。」

一言、感情の色を乗せずに。


「は?それ、本名なのか?」


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