聖夜のエクソジェン其の十
霧音が一瞬だけ目を瞑り、
閃光の残滓を振り払うようにすぐさま開ける。
だが――
霧音の視界から、牛ラブの姿が完全に消えていた。
「……なっ」
霧音は即座に構えを取り直し、
周囲の空気の揺らぎを探るように視線を走らせる。
牛ラブは、心の中でほくそ笑んでいた。
(危なかった……。
このままサタンクロースの箱を持って退散しよう)
牛ラブの体が、
空気に溶けるように薄れていく。
レギス能力《存在希薄化》
自分の“存在情報”を周囲へ散らし、
世界から“忘れられる”能力。
• 姿は消えない
• だが脳が認識できなくなる
• カメラにも映らない
• 気配も薄れる
• 触れられると解除
• 名前を呼ばれると強制的に存在が戻る
攻撃すれば触れるため、牛ラブは逃げ一手に徹する。
まさに“消えるように”、
倉庫の奥へと足音もなく離れていく。
霧音は気配を探ろうと、
魔力を静かに張り巡らせた。
しかし――
プレゼントが大量にある倉庫では、
大規模な魔法は使えない。
「……どこに消えましたか」
霧音の声は低く、
怒りを押し殺した冷たい響きを帯びていた。
倉庫の空気が張り詰める。
その横では、
イリスがジェフを軽々と吹き飛ばしていた。
「ひぃぃぃぃぃ~~~~!!」
ジェフは壁に叩きつけられ、
トムソンと仲良く並んで伸びている。
床にはスライム、紙吹雪、焦げ跡。まるで戦場のような惨状。
イリスは制服を整えながら、ふぅ、と息をつく。
「まったく……。
子ども相手に手を出すなんて、最低ね」
その声は優しく、
しかし底に鋼のような怒りが潜んでいた。
イリスがトムソンとジェフを戦闘不能にし、
スカートの裾を整えながら霧音へ歩み寄る。
「……あの男は?」
霧音は横目でイリスを確認しつつ、
周囲へ意識を張り巡らせたまま答える。
「姿を消すレギス能力です。
その上、気配も巧妙に消している……相当な手練れ」
イリスの眉がわずかに動く。
「あいつ、箱を持ってたわね。
あれがサタンクロースの箱かしら」
「多分そうだと思います」
霧音は短く頷く。
イリスは肩をすくめ、ため息をついた。
「もう逃げてるでしょうね。
あとは境域討滅庁に任せましょう。
他のプレゼントは無傷だし」
二人はようやく構えを解いた。
そのタイミングで、
外から使用人たちが慌ただしく倉庫へ駆け込んでくる。
散乱した段ボール、スライム、紙吹雪、焦げ跡。
倉庫はまるで戦場のようだった。
霧音はくるりと振り返り、使用人たちへにこりと微笑む。
「明日の朝までに、倉庫の片付け完了させましょうね」
その笑顔に、使用人たちは一斉にゲンナリした。
正則はイリスに尋ねる。
「どうして……あれだけ揺すっても起きなかったのに……?」
イリスは隣に立つエリーの頭を優しく撫でた。
「この子が起こしてくれたのよ」
――少し前。
天宮家の休憩場。
眠り続けるイリスと霧音。
アベルは泣きそうな顔でイリスの肩を揺する。
「起きてください……イリス様……!
お願いです……!」
だが、まったく反応がない。
焦りが胸を締めつけ、
アベルの目に涙が溜まる。
そのとき、小さな影が休憩場へ入ってきた。
アベルはビクッと肩を震わせたが、
影の正体を見て安堵する。
「エリー……!
駄目だよ、部屋に戻ったほうが――」
しかしエリーは、
顔を真っ赤にして怒鳴るように叫んだ。
「みんな起きてーーー!!」
その声は、
普段のエリーからは想像できないほど大きく、
強い感情がこもっていた。
なぜなら――エリーは“置いていかれた”のだ。
カンナも正則も、アベルでさえも、
自分を部屋に残して走っていった。
「危ないから」「子どもだから」
そう言われて。
エリーは胸の奥がずっとモヤモヤしていた。
その悔しさと寂しさが、恐怖と混ざり合い、
ついに爆発した。
だからこそ――
「起きてええええええええ!!」
怒りと悲しみと勇気が混ざった、
エリーにとって“生まれて初めての怒りの感情”だった。
アベルは驚きで目を丸くする。
「え、エリー……?そんな大声……」
エリーは涙目で叫ぶ。
「だって……!みんな寝てるし……!
わたしだけ置いていかれて……!こわいんだもん!!
起きてよぉぉぉ!!」
その敵意の感情が、“眠りの月”を解くように
イリスと霧音へ届いた。
二人は同時に目を開く。
「……っつ、状況は?」
アベルとエリーは声を揃えて叫ぶ。
「泥棒がぁあああああ!!」
二人は大泣きしながら抱きついた。
イリスは二人を抱きしめ、
優しく微笑む。
霧音は即座に立ち上がり、走り出す。
「行きます!」
イリスは護衛たちへ鋭く指示を飛ばす。
「いい? あんた達は――優を最優先」
イリスはアベルとエリーを抱きしめ、優しく微笑む。
「ありがと。後は任せて」
罠のせいでグチャグチャになった倉庫では、
霧音と使用人たちが慌ただしく動き回っていた。
「今晩は突貫です。皆さん、頑張りましょう」
霧音はテキパキと指示を飛ばし、
使用人たちは半泣きになりながら散乱した段ボールやスライムを片付けていく。
その様子を見かねた一人の使用人が、おそるおそる声をかけた。
「メイド長……サタンクロースの箱、追わなくてよろしいんですか?」
霧音は手を止めず、ふっと微笑んだ。
「サタンクロースの箱?
フフ……あれはそこまで脅威ではありません。
それより倉庫の片付けが先です」
その言葉に、使用人たちはさらにさらにゲンナリした。
倉庫の外では、
白い雪が静かにチラつき始めていた。
「雪だ! 積もるかな!」
正則たちはワーワー騒ぎながら、
イリスに連れられて部屋へ戻っていく。
そして――
天宮家の時計塔が、ゆっくりと24時を告げる。
クリスマスオの日が始まった。
牛ラブは《存在希薄化》を発動したまま、
サタンクロースの箱を抱えて施設の庭を駆け抜けていた。
(……よし、ここまで来れば――)
そのとき。
ガサゴソッ……!
大きな木の上から、何かが落ちてきた。
ドカーーーン!!
「ぴぎゃああああ!!」
派手な落下音と、可愛い悲鳴。
牛ラブは思わず振り返る。
そこに転がっていたのは――
ここまで吹っ飛ばされてきた久遠優だった。
「畜しょおおおおおおお!!あのチー牛ぃらぶぃぃぃ!!」
怒鳴り声は勇ましいのに、声質はどう聞いても幼女。
牛ラブは青ざめた。
(しまった……!名前を呼ばれた……!)
その瞬間、
《存在希薄化》が強制解除され、
牛ラブの姿がハッキリと世界に戻った。
優はちょうどその姿を見つけ、
牛ラブが抱えている箱に目を留める。
指を突きつけて叫んだ。
「あ、それは俺の箱だ!!」
「は、ははは……何を冗談を。
これはただの箱だよ……?」
牛ラブが弱々しく笑う。
「え、普通の箱なの??
って馬鹿にすんなよ!!反しやがれ!!」
優は恐ろしい速度で飛びついた。
「うおおおおおお!!」
「このクソガキがああああ!!」
二人は箱を挟んで庭を転げ回り、
土を巻き上げながらもつれ合う。
優は小さな体でありながら、
信じられない力で箱を引っ張る。
「離せぇぇぇ!!これは俺のだぁぁぁ!!」
牛ラブも必死に引き返す。
「離すかぁぁぁ!!
これは俺の物なんだよぉぉ!!」
体は左右に大きく揺れ、
箱はギシギシと悲鳴を上げる。
まるでクリスマスオの朝、
兄弟がプレゼントを取り合うような――
しかし実際は幼女と犯罪者の死闘だった。
「うおおおおおおお!!」
「ぐおおおおおおお!!」
そして――
パカッ。
箱が耐えきれず包装が破れ、ついに開いた。
「え」
雪が舞い散る庭に、
サタンクロースの箱の中身が露わになる。




