聖夜のエクソジェン其の五
花配りを終えて孤児院に戻った正則たちは、
息を切らしながら先生のもとへ駆け寄った。
「先生! 泥棒が来るんです!」
真っ先にそう訴えたが――
先生たちは昨晩の盗賊が全員捕まっていることを知っている。
(あれ……昨晩の件、どこかで漏れたのかしら?)
と、どこか腑に落ちない顔をしながらも、曖昧な返事を返すだけだった。
しかも今日は、久遠優一行が突然“泊まり”で来るという緊急事態。
大人たちはその準備で走り回っており、
子どもたちの話に耳を傾ける余裕などどこにもなかった。
「さあ、もうすぐお昼ですよー。手を洗ってきてね」
「先生、信じてよ! 本当に泥棒が来るんだって!」
正則の必死の訴えも、忙しさにかき消されてしまう。
昼食――
正則たちは同じテーブルに集まり、皿を囲んでこそこそと話し合っていた。
光郎がスプーンを置き、小声で言う。
「ねえ正則君……先生たち、全然信じてなかったね」
正則は眉をひそめ、真剣な顔でうなずく。
「うん……でも、あの二人の話、絶対に本当だよ。
“今晩、プレゼントを盗みに行く”って言ってた」
アベルはまだ不安そうに、正則の袖をぎゅっと握っている。
「……こわいよ……正則にいちゃん……」
カンナがアベルの頭を優しく撫でた。
「大丈夫よアベル。正則がいるし、私たちもいるわ」
エリーも、こくんと頷いてカンナの隣に寄り添う。
その小さな肩が、ほんの少し震えていた。
光郎は眼鏡をクイッと上げながら言った。
「でもさ……どうするの?
大人は信じてくれないし、討滅庁の人もいないし……」
正則は拳を握りしめ、決意を込めて言った。
「……僕たちだけでも、準備しよう。
泥棒が来るなら、プレゼントを守らなきゃ!!
みんな楽しみにしてるんだ」
カンナが目を丸くする。
「準備って……どうやって?」
その瞬間――
廊下の方から高学年の子供たちの騒ぎ声が響いた。
「ちょ、見て! あれ……天宮専用車じゃない!?」
「うそ……本物!?」
子どもたちが一斉に窓へ駆け寄る。
正則たちもつられて外を見ると――
孤児院の駐車場へ、巨大な車がゆっくりと滑り込んでくるところだった。
「でっか……」
「こわ……」
「かっけぇ……!」
高学年の子供たちが口々に叫ぶ。
先生たちは慌てて校門の前に整列し、
園長は緊張で背筋を伸ばしすぎて、今にもつりそうだった。
そのとき――
光郎が眼鏡をズラしたまま、興奮で震える声を上げた。
「あ、あれは……まさか……天宮専用車……!」
正則が驚いて振り向く。
「光郎、知ってるの?」
光郎は眼鏡を直すのも忘れ、早口でまくし立てた。
「し、知ってるどころじゃないよ!
ペガサスはね、全長七メートル以上の超大型車で、
軍用の複合装甲でできてるんだ!
小型アブレーションが突っ込んでもビクともしないんだよ!」
カンナが目を丸くする。
「え、アブレーションが突っ込んでも……?」
「そう! しかもね、タイヤは自己修復型のランフラットで、
どんなに穴が空いても走り続けられるんだ!
エンジンは静音魔導ハイブリッドで、
あんなに大きいのに、ほら、全然うるさくないでしょ!」
光郎は息継ぎも忘れて続ける。
「車内なんて、もう車じゃなくて……
ほとんど“動く宮殿”なんだよ!
広くて、魔力サスペンションで揺れないし、
乗り心地は“雲の上”って言われてるんだ!」
アベルがぽかんと口を開けた。
「……くも……?」
「そう! ふわふわなんだよ! すごいでしょ!」
光郎は窓に張りついたまま、
ペガサスの青と白の車体を食い入るように見つめている。
その横顔は、まるで“推しの限定モデル”を初めて目にした少年のようだった。
ペガサスは静かに停車した。
魔導エンジンの余韻がふっと消え、
孤児院《天》の駐車場に、張りつめた静寂が落ちる。
「……開くぞ……!」
誰かが小さく呟いた。
ペガサスの側面ドアが、
ゆっくりと、まるで儀式のように開いていく。
ギィィィ……。
まず降りてきたのは、
黒いスーツに身を包んだ天宮家の護衛たち。
無駄のない動きで周囲を確認し、
左右に散って警戒態勢を取る。
次に、霧音とイリスが姿を見せた。
二人とも凛とした表情で、
孤児院の職員たちに軽く会釈をする。
そして――
車内の奥から、
小さな影がぴょこん、と顔を出した。
「……あっ……!」
正則が思わず声を漏らす。
その影は、
赤いサンタコスに身を包んだ小柄な幼女――久遠優だった。
白いふわふわの縁取り、
赤いマント、
ちょこんとした帽子。
その姿は、
まるで絵本から飛び出してきた“ちびサンタ”そのもの。
優はドアの縁に手をかけ、
勢いよく外へ飛び降りた。
「よっしゃあああああ!!
優様、孤児院に参上だぜぇぇぇ!!」
駐車場に響き渡る、元気すぎる声。
先生たちは固まり、
園長は口をぱくぱくさせ、
子どもたちは目を丸くし、
女の子たちは「かわいい……」と呟いた。
霧音はため息をつきながらも、
優の帽子をそっと直す。
「優様……次回は階段をご利用ください」
優は満面の笑みで、
孤児院の子どもたちに向かって手を振った。
「おーい! みんなー!
今日から泊まるからよろしくなぁぁぁ!!」
その瞬間――
孤児院《天》は、歓声とざわめきで揺れた。
久遠優――。
秩泉エリアでは、マリアのヴァッサルとして名が知れ渡っている。
その愛らしい姿と破天荒な言動で、
半年前には“優様ブーム”が巻き起こったほどだ。
今では落ち着いたものの、その名を知らぬ者はいない。
そんな“幼女”が、堂々と園長の前に立つ。
優は園長と軽く握手を交わし、
まるで国賓のように胸を張っていた。
「優様……」
正則が思わず呟く。
「わぁ~……かわいい……エリーより小っちゃいのに、しっかりしてるわね」
カンナが後ろで抱きついているエリーを見ながら感心する。
「むう……」
エリーは涙目でカンナの服をぎゅっと掴んだ。
「ご、ごめんエリー。
エリーも優様みたいに、人前で堂々とできたら……」
「むう……」
エリーはさらにふて腐れる。
その横でアベルが慌てて叫んだ。
「ああっ! 優様どこか行っちゃうよ!!」
優は孤児院の先生たちに、
一人ひとり丁寧に握手をして回っていた。
……が。
「ねえねえ、プレゼントってどこに保管してあるん?」
「えっ……あ、あの……」
「プレゼントの倉庫ってどこ?
どこ? どこなの? どこにあるの?」
先生たちは戸惑いながらも笑顔を保つが、
優はまったく遠慮なく質問を連発していく。
(この子……なんでそんなにプレゼントの場所を……?)
先生たちの顔に、じわじわと困惑が広がる。
そのとき――
「馬鹿やってないで行くわよ、優」
イリスがすっと優を抱き上げた。
「うおおおおお!!」
優は謎の気合を入れながら、
イリスの腕の中でバタバタと暴れる。
(サタンクロースの箱は……俺のもんだ!!!
絶対に見つけてやる……!!)
優の瞳は、
完全に“獲物を狙うハンター”のそれだった。
孤児院の子どもたちは、
その表情を“やる気満々の優様”と勘違いし、
さらに歓声を上げるのだった。
<<天>>孤児院――。
天華最大の広さを誇る巨大孤児院であり、その敷地の奥には、
天華内すべての孤児院のプレゼントを一括で管理する“総合倉庫”がそびえていた。
倉庫の扉が開いた瞬間、
優は思わず固まった。
「え……こん中から探すん?」
目の前に広がるのは、
まるで山脈のように積み上がったプレゼントの山。
大小さまざまな箱が、天井近くまで積み上げられ、
作業員たちがひっきりなしに運搬車で荷物を運び込んでいる。
天華の外れの地域では、すでにプレゼントを配る準備が始まっており、
そのため倉庫は常に慌ただしい。
霧音が淡々と説明する。
「大丈夫です。二日前に運び込まれたプレゼントはこちらに分けてありますから」
そう言って案内された先――そこにも、やはり“山”があった。
優はその場で膝から崩れ落ちる。
(……めんどくせ)
さっきまでの“サタンクロースの箱奪還作戦”の気合いはどこへやら。
山を見た瞬間、優のやる気は一瞬で蒸発した。
イリスが腕を組んで言う。
「優、探すわよ」
霧音も真剣な表情で頷く。
「優様。では、一番可能性の高い《天》のプレゼントから探しましょう。
こちら、総勢百六十個ほどです」
百六十個――。
優にとっては、永遠にも感じる数字だった。
作業が始まった。
倉庫の床に張りついた優は、
まるで干からびたナメクジのように動かない。
「……あっ、忘れたわ。箱なんか覚えてない。帰ろ~」
イリスが鋭い目で睨む。
「優」
「むむむむ……」
ただでさえ寒い倉庫。
やる気を失った優には厚手のコートが羽織らされており、
その重みでさらに動きが鈍くなる。
「家に帰りたい~~~」
優は床にぺたんと座り込み、
完全に戦意喪失していた。
その横で、作業は淡々と進む。
優が座る机の上に、
次々とプレゼントが運び込まれていく。
包装紙はどれも丁寧で、
破いてしまえば問題になるため、
イリスがひとつひとつ慎重に置いていく。
「優、これは?」
「違うーーー!」
「ではこれは?」
「ちがーーーう!!」
「こちらは?」
「ちがぁぁぁぁう!!」
優の叫び声だけが倉庫に響き渡る。
霧音は淡々とメモを取りながら言う。
「……優様、せめて理由を教えていただけると助かるのですが」
「なんとなく違うんだよぉぉぉ!!」
イリスは額に手を当て、深いため息をついた。
「……先が思いやられるわね」
何度目だろう。
机の上に、またひとつプレゼントが置かれた。
優は、さっきまでの死んだ魚のような目とは違い、
ほんの一瞬だけ真剣な表情になった。
(……これは……俺の字だ)
イリスがその変化に気づき、首をかしげる。
「ん? なに、優?」
優は慌てて箱をひっくり返すように手で隠し、
大声で叫んだ。
「ちがううううううう!!」
イリスは完全に怪しんでいる。
「……優、今の反応は何?」
優はごまかすように、わざとらしく伸びをした。
「ねぇ~ちゅかれた~……いったん休憩しよ~よ~」
イリスは冷たい目で時計を見る。
「まだ1時間しか経ってないでしょ」
倉庫の中には、まだ半分以上のプレゼントが山積みになっている。
優の机の横には、未確認の箱がずらりと並び、
その光景だけで優のHPはゼロに近かった。
だが――
優の心の中は、別の意味でざわついていた。
(くクク……これだ……これが俺の字……!
サタンクロースの箱……ついに見つけた……!)
優は机の下で拳を握りしめ、
顔には“やる気ゼロ”の演技を貼り付ける。
俺は大女優だ!!!
霧音が優の様子を見て、静かに言った。
「……わかりました。少し小休止を取りましょう」
「やったぁぁぁぁ……」
優はわざと力なく崩れ落ちるように立ち上がり、
ふらふらと出口へ向かう。
だが――
その背中は、どこかウキウキしていた。
「まだキッズどもに挨拶してねぇ!
行ってくるぞぉぉぉ!!」
さっきまで床に貼りついていた幼女とは思えないほどの勢いで、
優は倉庫から飛び出していった。
イリスと霧音は顔を見合わせる。
「……さっきまで死んでたのに、急に元気ね」
「優様の行動パターンは、天宮規定の想定外です……」
二人はため息をつきながら、
優が見ていた“問題の箱”に目を向けた。
そこには――
マリアの達筆にしか見えない美しい筆跡で、
こう書かれていた。
山田玄
倉庫から飛び出した優は、
胸の中でニヤニヤと笑いをこらえていた。
(サタンクロースの箱見つかった後はどうやって今日をごまかすかwww
完璧な計画だぜ……!)
さっきまで死んでいた“やる気ゲージ”は、
今やMAXを振り切っている。
小さな体で「とててて」と駆ける優だが、
その速度は並の護衛では追いつけないほど速い。
まるで小型のアブレーションが走り抜けたかのように、
優は天の本館へ突入した。
そこは低学年の子どもたちが過ごすフロアだった。
先生たちは今日の来客対応と、
明日の準備で手一杯。
そのため、この時間は“自習”扱いになっている。
部屋の中では――
眠気に負けて机に突っ伏している子
簡単なボードゲームで遊ぶ子お絵描きをしている子。
そして、
正則たちはテーブルを囲み、
今晩の“泥棒対策”について真剣に話し合っていた。
そのとき――
ガララッ!!
勢いよく扉が開かれた。
「よう、久遠優様参上!!」
突然の登場に、
正則たちは一斉に振り向いた。
「ゆ、優様……!?」
優は胸を張り、どや顔で立っている。
優は偉そうに子供たちに挨拶を交わしながら、
正則達のテーブルに近ずいてくる。
優が目の前に来た正則は意を決して、
震える声で話し出した。
「優様……あの……
今晩、プレゼントを狙ってくる盗賊が来るんだって……!」
正則の必死の訴えに
「なにいいいいいいいい!!
今晩俺の箱狙ってくる盗賊が来るだってえええええ!!?」
優は全力で驚いた。
(※演技ではなく、普通に驚いている)
そして――
優は笑った。
その笑みは、子どもたちに向けた無邪気なものではない。
(盗賊を利用して……どさくさに紛れて……
サタンクロースの箱、俺が手に入れてやる……!)
行き当たりばったりの思考が、
優の頭の上でピコーンと電灯のように灯る。
「よっしゃあああああ!!
今晩、盗賊捕まえるぞおおおおお!!
お前らついて来い!!!」
拳を突き上げ、
やる気全開で叫んだ。
正則はぽかんと口を開けた。
(……え?
久遠優って……
もっと静かで……
おしとやかで……
なんかこう……“神秘的な存在”じゃなかったの……?)




