2人の、秘密
鈴木絢斗くん視点です。
※18歳未満の方は閲覧をお控えください※
レースカーテンから夕日が差し込み、部屋を朱色に染め上げていた。
秋の夕暮れ。
コーヒーの湯気越しにそれを眺めた後、俺はしゅんとしている千春に向き直った。
「……俺が何言いたいか、わかるよね?」
怖がらせないよう、優しくきいた(つもりだ)。
千春は視線を落としたまま、コーヒーカップを握った。
「……悪かったって思ってる」
ぼそっとそう言って、コーヒーを飲んだ。
「……もう二度としてほしくない」
俺のこの言葉が、反省している者に追い討ちをかけてしまったようだ。今まで神妙にしていた千春に、怒りの感情がよぎったように見えた。
でも、ここで強く言っておかねば。
このまま抱きしめてなぁなぁにしてしまいたい気持ちをぐっとこらえた。
「どうしてこんなことしたの?」
「…………………………」
千春は無言だ。
隣に座って、綺麗な黒髪を耳にかけてあげた。すぐにするっと元に戻ってしまう。さらさらだな〜と呑気なことを思った。
「……俺のこと、やっぱり信用できない?」
千春がハッとしたように顔をあげた。眉をしかめて、俺を見る。
「……やっぱり、って?」
「…………………………えっと」
しまった。地雷を踏んだようだ。余計な副詞を入れてしまったことを悔やむ。そこに特に意味はないことを伝えねば。
「いや、特に他意はないんだ。ただ、ほら、話の調子を整えるためだったっていうかなんというか……」
「…………………………」
「本当に。てか理系の奴らはそこまで考えながら話さないって」
千春は法学部の学生だからか、言葉の一つ一つに厳しいところがあった。
「……ふふ」
表情が和らぎ、ほんの少し笑顔が出た。『文系と理系の違いあるある』のような話は、千春が好む話題だ。それにつなぐことができて、ほっと胸を撫で下ろした。
「絢斗、ごめんね」
腕をからませ、千春が甘えてくる。
『もうこの話は終わり』
そう言うかのように、頬にキスされる。
「…………………………」
千春を抱きしめた。
「……いいよ、もう。連絡しなかった俺も悪かったんだし」
追求されるのを逃れるように、キスをした。
千春が少し笑い、ぬる、と舌を入れてきた。
それに応えながら、どこか他人事のように、冷静になっている自分がいた。
が。
ちゃり、という金属音で我に返る。本能が拒否反応を示しているようだった。たちあがりかけていた自身も、通常モードに戻る。
びくっとした俺に、千春がにっこり笑った。
「絢斗」
「…………………………」
目をそらす。
「絢斗?」
「…………………………」
「今日は……ごめん……。なんかそういう気分じゃなくて」
俺がそう言うと、千春が不満そうな、残念そうな顔をして離れた。
そのまま自分のバッグの所に行き、ごそごそとスマホを取り出した。
「そっか。じゃあ今日はこれ見て気を紛らわせておくね」
そう言って目の前にかざされたスマホ。
ーーすぐには、何が写っているかわからなかった。
耳が声を認識し、目が映像を認識し、ようやくそれがなんなのか理解した。
『あっ……ちはるっ……そこだめっ……』
『ほら、握っててあげるから。自分で動いてみて』
快楽なのか苦痛なのかわからないが、目をぎゅっとつむり腰を必死に動かすーー俺がうつっていた。
『あっ……あっ……』
乳首に貼られたローターの駆動音までちゃんときこえた。
『ちはる……やめろって……』
『どうして?ここはこんなに喜んでるのに……』
『ああ…………』
「…………………………!!!!」
足元が、地震のように揺れた。
頭の中がぐわんぐわんと回転し、吐き気も込み上げてきた。
「なんで……なんで……そんなの……。いつの間に……」
「会えないときの鑑賞用にって思って、この間撮ったの。ふふ、大丈夫。私以外見せてないから」
こんなにかわいい絢斗、誰にも見せたくない。
そう言いながら、画面にキスした。
スマホを取り上げようとしたが、すんでのところでかわされた。千春が鬼のような形相で俺を見た。
「何すんのよ」
「消せよ。こんなのおかしいだろ。恋人でも、やっていいことと悪いことがあるぞ」
声音に怒りがにじむ。俺が怒るのは初めてだったので、千春もごく、とのどをならした。
しばし睨み合う。
「……責任、取ってよ」
千春がぽつんと言った。
「絢斗のせいじゃん。絢斗のせいで、私……
妊娠したんだから」
『絢斗、あのね……』
『うん、わかった……。同意書にサインして』
あのときの千春の涙が脳裏によみがえり、はっとする。
「手術した日の夜、なんで一緒にいてくれなかったの?どこに行ってたの?」
「もし、私が、ーーーーさ、聡子だったら?堕ろせなんて言わなかった?」
千春の目から大粒の涙がこぼれた。俺は何も言えず(この状況で何か言える男はいるのか?)、千春をそっと抱きしめた。
「……千春も、それでいいって言ったじゃん……。でも……悪かったって思ってる。生涯をかけて償う」
「…………………………」
「……千春は、どうしたいの」
「…………………………」
千春の涙に濡れた目を覗きこむ。
「教えてよ。俺最近、千春のことが全然わかんねーよ」
「千春がしたいことに応じてるのも、少しでも気が晴れるならって思ってのことであって、本音はもういやなんだよ」
「千春」
「………………知らない!!」
「ちは……」
「知らない、知らない!!!!もう放っておいて!!!!惨めすぎて消えたい!!!!」
そう叫びながら、花瓶にいけてあった百合の花を投げつけてきた。濃厚な香りにむせかえる。
「帰って!!!!」
「…………………………」
ポケットからハンカチを取り出し、泣きじゃくる千春の目尻にそっと当てた。
ハンカチはもぎ取られ、床に投げ捨てられた。
そして千春はベッドに潜り込んでしまった。
淵に腰かけ、布団をなでた。
「……今日は帰るけど、気が向いたら連絡して。待ってるから」
「千春が好きな映画、見にいこうね」
軽くキスして、投げられた花を片付けて、千春の部屋をあとにした。服についた花粉が中々取れず、苦労した。
自分の家への帰り道、ぼーっとしながらハンドルを握っていた。
「…………………………」
気を抜くと、涙がこぼれてくる。
「ーーーーーーーーー」
一生をかけて償う、と言った言葉に嘘はなかった。ずっと一緒にいて、千春を支えていこうと思っていた。けれど、やり方が間違っていたのだろうか?
『ついてこなくていいから。絢斗はなんにも痛くないんだからいいよね』
手術の付き添いを申し出た俺に千春が放った言葉。憎々しげにそう言い、さらさらの黒髪を翻して足音荒く去っていったよね。
俺は、立ち尽くすしかなかった。
「…………ふっ……うぅ……」
涙が止まらない。
『手術した日の夜、どこに行ってたの?』
ーーあのときも、千春のマンションの駐車場で、車の中で泣いてたっけ。
抱きしめたい気持ちと……会うのが怖い気持ちとの間で揺らいで。罪悪感に押し潰されて、結局部屋のインターホンは押せなかったんだった。
「だ……れか…………」
助けて。
「…………………………」
涙が後から後からこぼれてきた。どうしたらいいのか、全くわからなかった。下唇をかんで、涙を止めようと必死に努力した。
なんとか自宅に戻り、暗い気持ちのまま玄関を開けた。いつものくせで食堂兼リビングをのぞくと、ーーソファに次兄の鈴木斗真が座っていた。車があったので『帰ってきてるんだ』とは思っていたが、まさかここで会うとは。
こんな、泣いていたのが一目でわかるような顔を見られたくなかった。
そんな思いとは裏腹に次兄が振り返って俺をみとめた。能天気に「よっ」と片手をあげた。
「父ちゃん達、今日もまた会食だってよ。遅くなるって」
「そうなんだ」
泣き腫らした顔には何も言わず、「これおもしろー。一緒にみよーぜ」と促され、二人でテレビを眺めた。
内容は全く入ってこず、ただぼーっと画面を見ていると、次兄が話しかけてきた。
「絢斗、お前さ」
「うん?」
横を見ると、俺をじっと見つめる瞳と目があった。
びくっと体が震えた。
「…………困ってることあったら、兄ちゃんに言えよ?なんとかしてやるから」
「…………………………!」
優しい言葉に、顔が歪む。
ずっと、誰かに、こんなふうに思いやりのある言葉をかけてほしかったんだ、と気づいた。
目の奥がじんと熱くなり、また涙がぶわっと出てきた。予想外の反応だったのか、次兄が慌てる。
「お、おい大丈夫かよ?」
「にいちゃん……にいちゃん……俺……」
こどもに戻ったように、泣きじゃくってしまう。
「ひとまずお前の部屋行くぞ。ほら、立てるか?」
「にいちゃん、俺……」
「うん、うん。ほら涙ふけ」
「ーー ……」
俺の告白に、次兄が息をのんだ。




