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ふたりの恋2  作者: ゆり
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余波



『……絢斗(けんと)と……うまくいってないのかなぁ……』



 時刻は夜の9時過ぎ。


 キッチンでクッキーの型抜きをしながら、私はよっしーの呟きを反芻していた。



「…………………………」



 あらかた抜き終え、コトと型を置く。クッキングシートの上には花の形のクッキー達が、整然と並んでいた。



『抜くのって思ってたよりコツがいるね』


『あー楽しみー。早く焼けないかなぁ』



 ……聞こえてくるのは、何年も前のやりとり。

隣を見ると、彼が、鈴木くんが、クッキーを口いっぱいに頬張って笑っている姿が見えるようだった。



『まだちょっと熱いけど、うまー。聡子も食べなよ』



 手を洗っていると、オーブンの予熱終了の合図と、スマホの着信音が同時に鳴り、急いで手を拭きスマホを肩ではさんだ。


「もしもし?」


『よぉ。俺』


 低くて優しい声。ガタガタと天板をオーブンに入れながら通話を続ける。


「悠介さん。どうしました?電話してくるなんて、珍しいですね」


 口元が緩む。と同時に、なんだか無性に泣きたくなった。なぜかはよくわからない。


『はは、聞いたぜ?大丈夫か?』


「何がです?」


『とぼけんなよ、修羅場だったんだって?』


 くすくす笑っているのがわかる。


「……彼女がひどい目に遭ったというのにからかいの電話してくるなんて、いい趣味してますね」


 苦笑いしながら答えた。


『あはは!吉田を巡って女子2人で喧嘩してたらしいな。もうみんな知ってる』


「…………………………」


 さすが医学部狭い世界。何かあれば(主に男女にまつわるおもしろい話題)、光の速さで知れ渡るのは相変わらずだ。


『ーーま、どういうことだったのか、一応説明してくんね?』


 からかいの声音は相変わらずだったが、ほんの少し怒気が含まれていることに、私は困惑した。

どうして今日は人から疑われてばかりなのだろう。きっと本日の星座占いは最下位だったに違いない。


「……あなたと鈴木くんが飲みにいった日、潰れてしまってしょうがなかったから家に泊めたんですよね?それを、私と浮気したって勘違いしたそうです。彼女さんが」


『はい?』


「一晩中……というか次の日の夕方まで連絡が取れなくて、ずいぶん心配したそうですよ。色々と」


『マジで?』


「嘘を言ってどうするんですか。ていうか、こんなにパッと思いつきませんて」


 話しながら、だんだんイライラしてきた。そもそもの原因は、悠介さんの気まぐれじゃないか?


『マジか、わりぃ。えーーてかスマホ鳴ってた?全然気付かなかった』


「……サイレントにしてたのかもですね勝手に荷物を漁るわけにもいかないし気付けと言う方が無茶かもしれませんね?」


 苛立ちのため早口になってしまった。電話の向こうで悠介さんが眉をしかめたのがわかった。


『聡子』


「なんです?」


 猫がふーーっと怒っているような、不機嫌な声が出た。


『会いたくなった。今から行っていい?』


「!」


 大好物のお菓子を見つけたときのように、怒りが吹き飛んだ。


「い、いいですけど?……」


 にやつきそうになる頬、弾みそうになる声を抑える。


『オッケー。今学校の駐車場だから。すぐ来るわ』


「あ、ご飯もう片付けたんですけど……


『さっき勉強会の奴らと食ったから大丈夫。じゃ、あとでな』


 そう言って、電話が切れてしまった。


「……もう……」


 腰に手をやり、スマホ相手に怒ってみる。


「ーーーーーーーーーー」


 くそ、今日は沢山甘えてやる。


 そう心に誓った。






「ほっぺ赤くなってんじゃん、かわいそうに」


「(ごろごろごろ……)」


「はい、痛いの痛いの飛んでけーー」


「(すりすりすり……)」


「ま、少しは俺の痛みもわかったろ?」


「ふふふ(やっぱり言った)」


「何笑ってんだよこえーな」






ーー そして翌日 ーー






 昼食を終え次の講義室へ向かっている最中、


「聡子!」


と呼ばれ、声がした方に振り向いた。


「あ、鈴木くん」


 声をかけてきたのは元カレ・鈴木絢斗くん。少し焦ったように私のところにやってきた。


「ごめん!!!!」


 謝罪とともに90度に腰を曲げて頭を下げられ、戸惑った。


「えっちょっ、どうしたの……」


 周りの視線が痛い。


「大丈夫?千春が叩いたってきいて……」


 顔を上げた鈴木くんを柱の影へ連れていく。ここだったらあまり目立たなそうだ。


「大丈夫大丈夫!ほら、もうなんともないから」


 努めて明るくふるまった。

そんな私に鈴木くんが顔を歪めて、そっと頬に触れた。


「……まだ少し赤いよ。ほんとにごめん。痛かっただろ?」


「あぁ、いいのいいの。ていうか、千春さんも謝ってくれたし、もう全然気にしてないから」


 あはは〜とおばちゃん達がするように手をぱたぱたさせた。


「……千春に、ちゃんと言っとくから。ごめんね。巻き込んじゃったね」


「いいってば。そもそも悠介さんが鈴木くんを連れ回したのがいけなかったんだし」


 昨日、一晩中抱きしめていてくれた恋人に罪をなすりつける。

彼がいるであろう図書館の方に向かって、心の中で謝っておいた。


 鈴木くんが軽く微笑んだ。


「……仲いいんだね、橘と」


 その言葉に昨日のことがよみがえり、顔が一気に赤くなってしまった。


『聡子、機嫌直ったか?ほら、チューしようぜ』


「…………ま、まぁ普通?だよ。うん…………」


「そっか」


 鈴木くんが眩しそうに目を細めた。ずっと変わらない、優しい笑顔。


「鈴木くんは?千春さんと順調?」


 橘から聞いていたことは、知らないフリをしてきいた。


「ーーーーーーーーーー」


 途端、鈴木くんの表情がくもり、瞳が戸惑うように揺れた。そして、鈴木くんが視線を落とした。


「……まあ、普通?かな……。って痴話喧嘩に巻き込んでて何言ってんだって感じだろうけど」


 鈴木くんがなんだか泣きそうな、悲しそうな笑顔で言った。


「あ、えと……ほんとに、全然気にしてないから、鈴木くんももう気にしないでね」


 うろたえて、噛みそうになりながらも伝える。本当にもう気にしないでほしい。

鈴木くんを正面から見る。目の下にクマができていることに気付き、どきっとした。


 視線をはずすこともできず、そのまましばし見つめ合った。


「あの、鈴木くん ーー


 口を開きかけたところで、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。


「あ、ごめん、私もう行かなきゃ」


「あ、あぁ、ごめん。引き止めちゃったね。ごめんね」


「いいの。あ、これよかったら」


 昨日作ったクッキーを押し付ける。


「女子達で食べようと思ってたやつ。作りすぎたんで」


 鈴木くんがなんだか初めてクッキーを見たかのように、ほうけていた。言おうかどうか迷ったけど、言った。


「鈴木くんと考えた分量、好評なの。ごめん、レシピそのまま使ってる」


「……あぁ、いいよ、別に」


 鈴木君が微笑んだ。よかった、機嫌を損ねはしなかったようだ。


「それじゃまた後でね!あ、もう飲み過ぎたら駄目だよー!」


 一言釘をさして、講義室へダッシュする。


 鈴木くんが片手を上げて、見送ってくれた。ちら、と後ろを振り返ったとき、鈴木くんの姿がなんだかとても儚げに見えた。

放っておいたら、そのまま消えてしまいそうな危うさ。


「ーーーーーーーーーー」


 なんだか胸騒ぎのようなものを感じ、それを誤魔化すように頭をぶんぶん振った。

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