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ふたりの恋2  作者: ゆり
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元カノvs今カノ 再び

「ーーーーということがあってさ」


「そうだったんですね」


 橘の爪を手入れしてやりながら答えた。

昨日の一部始終。聞いて驚く反面、あの千春さんならやりそうだな、と感じてしまった。


「はい、できましたよ」


 仕上げの磨きを終え、最後に軽くマッサージをする。橘は上機嫌でニッコリと微笑んだ。


「サンキュ」


「いえ。あなたの爪、大きいからやり易いです。あ、それと10分経ちました」


 ペリペリペリ……と彼の顔に乗せていたフェイスパックをはがす。パタパタとパッティングした。橘が口角をあげて、気持ちよさそうに目を閉じている。

……犬のグルーミングをしているようで、とてもかわいかった。キスしたい衝動をなんとかおさえた。


 パッティングを終わり、手で頬を包む。シミひとつない柔らかな肌。まるで発光するような美しさに、少しばかり嫉妬してしまう。


「……俺らって……平和だよな……」


 橘がポツリと言った。


「?何かトラブルに巻き込まれたいんですか??」


「いや、そういう意味じゃなくて」


 笑いながら、私を抱き寄せた。


「一日中勉強してるからさ、聡子といるときが人間に戻れる時間なの」


「ふふ、あともう少しですよ」


「お前もあと2年後はこうだからな?」


 どこか他人事のような応援にムッとしたらしい。頬をつねられた。


「ま、こんな時期だけどさ、ぼっちゃんのことは気になるなー」


 私をすっぽりと包み込んで、ぎゅっとしてきた。


「……心配ですよね……」


 手入れしたばかりの橘の手をとり、マッサージする。


「性の不一致って、けっこー問題だよな」


「それで離婚する夫婦もいますしね」


「……俺たち大丈夫?」


 橘が不安げに言いながら、首筋にキスしてきた。


「……回数に関して意見が一致しないだけで、あとは大丈夫かと……」


「そっか」


 橘がすりすりしてくる。大型犬をおんぶしているような気分になり、頬が緩んだ。手が届く範囲でよしよしとすると、ますます喜んだ。

 

「……かわいい……」


「ん?何か言った?」


「いえ何も」


 間髪をいれず否定する。危なかった。デレデレしてるのがばれるところだった。背筋を正して言った。


「じゃ、そろそろ寝ましょうか。明日も早いんですよね」


「俺もうちょっと勉強してから寝るわ。先に寝てて」


「はーい」


 お先に失礼します、とぺこっと頭を下げてベッドに向かった。「どっちが家主かわかんねーな」と橘が笑った。





 うとうとしていると、ぎしっとベッドがきしみ、橘が布団に入ってきた。髪をなでる感触がし、頬に優しくキスされたのがわかる。おやすみ、と聞こえたので、私もおやすみなさいと返した。


「あ、わり、起こした?」


「……いえ、うとうとしてただけなので……」


 そう言いながら、橘の方を向いた。


「勉強、お疲れ様です」


「マジそれ。もーー、はよ終われって感じだわ」


「ふふふ」


「試験ができても、医師として実際ちゃんとやれるかは別問題だしな」


「知識と経験が掛け合わされば、きっとうまくいきますよ。…………私だって、実習うまくいくか不安です」


 もうすぐ、実際の病院に実習に行くのだ。


「そっか、もうそういう時期か〜。はは、大丈夫。最初は見てるだけだから」


 眠そうだけれど優しく笑う橘と目が合った。


「あ、もしかしてぼっちゃんと同じグループ?」


「違います。そこら辺は不思議と考慮されるみたいです。よっしーとは一緒ですよ」


「ふーん……」


 橘の指が私の唇をなぞる。その指にちゅっとし、そのまま橘にも口付けした。満足げに笑った。


「話だいぶ戻るけどさ、ぼっちゃん、心配だわ」


「……そうですね……。私もそのことを考えていました」


「あ、お前は余計なことするなよ?話こじれるだけだから」


「!失礼な……!うまく立ち回りますよ……!」


「はは、そんだけ要領よかったらいいんだけどな。ま、今日はもう寝ようぜ……。昨日俺あんま寝れてなくて……」


 橘がふわぁとあくびをした。私をぎゅっと抱きしめる。


「おやすみ」


 その数秒後にはすぅすぅと寝息がきこえてきたので、本当に疲れていたのだろう。

そっと髪を撫でて、頬にキスした。

起きているときとは全然違う、あどけない寝顔。気を許してくれてるんだなぁととても嬉しく思った。


 ……鈴木くんも、こんな風に安心して眠っていてほしい。









ーーそしてこの日、一連の経緯を聞いていて本当によかった。でなければ、放課後、なぜ千春が医学部キャンパスにいるのか、なぜ私に怒りをぶつけるのか、ちんぷんかんぷんだったことだろう ーー


 





***







 その日は、風が冷たい日だった。肩をすぼめつつ、季節の移ろいを感じながらいつものカフェへ向かっていた。

空は灰色。予報では夕方から雨になるとのことだったが、なんとか持ち堪えてくれそうだった。


 てくてくと歩いていると、灰色の空によく映える鮮やかなピンク色のカーディガンを羽織った女の子が、彼氏?らしき人と小競り合いをしているのが目に入った。


 痴情のもつれでケンカしているカップルはよく見るのでその類だろうと思い、見て見ぬふりをして通り過ぎようとした(一年の頃は赤面したものだが、もう慣れたものである)。ーーーーが。


 男の方が、ものすごく、ものすごくよく知っている顔だったので、思わず凝視してしまった。男が私に気づき、「あわわ」という気まずそうな顔になった。

女の方も、私を見た。眉をしかめた。


「あ、えと、よ、よっしー…………と千春?さん?どうしたの?」


「……さっちゃん、タイミング悪すぎ……」


「????」


 頭の中が疑問符で満ちる。「タイミング悪すぎ」とは?ん??よっしー(吉田直樹くん)も千春さんと付き合っててそれが私に見られて困ったわーとかそういうこと??


 まったく状況をつかめない私に千春さんがずかずか寄ってきて、私の肩のあたりをこづいた。え?え??


「とぼけた顔しないで?白々しいのよ!」


 またこづかれた。よっしーが慌てて寄ってきて「千春、やめろって」と彼女をおさえた。


「あの……?」


「絢斗と一晩中連絡取れない日があったの。あなたと一緒だったんじゃないの?そうでしょ?」


「????」


「千春、誤解だと思う。てかここじゃなんだから、どっか……ほら、あそこのカフェ入ろう。なんかあったかいの飲もうぜ」


「直樹は黙ってて」


 そう言ってよっしーの手を振り払う。なんて気の強い女性なんだろう。そんな呑気なことを思った。


「何か言いなさいよ」


 再び私に向き直り、矢のように鋭い視線を向けた。


「あ、えと……えと……」


 萎縮してしまい、言葉がつかえて出てこない。そんな私に業を煮やしたのか、千春がつかつかと寄ってきて、




ばちーーーーん




と、乾いた音が響き渡った。


 ……平手打ちされるって、こんなに痛いんですね。悠介さん、いつも叩いてごめんなさい。


 じんじん痛む頬をおさえながら、心の中で恋人へ謝った。

……ああ、耳もキンキンするんですね……。






「…………………………」


「…………………………」


「……………………えっと」


 あの後「ちょっと落ち着こう」というよっしーの提案で3人でカフェに入った。

 あたたかいコーヒーにはよっしー以外手をつけず、ただただ気まずい沈黙が流れた。千春さんは私をずっと睨んでいる。


「千春、俺が説明していい?」


 よっしーの問いに千春さんが不機嫌に答えた。


「……説明も何も、さっき言った通りよ。絢斗と、次の日の夕方まで連絡取れない日があったの。きいたら『先輩と飲んでて、飲みすぎてつぶれた。先輩の家に泊まらせてもらった』ってことだけど、……信じる女はどれだけいると思う?」


「……………………だってさ」


 よっしーがたじたじになりながら、私に苦笑いした。

 状況がわかり、反論の糸口が見えた。

 コーヒーを飲む。


「あの。鈴木くんは嘘をついてないと思います」


 私の庇うような言い方が癇に障ったのか、千春さんが思いっきり眉をしかめた。

こんなに嫌悪感をあらわにされたのは初めてのことだったので、情けないけれど、怖くて手が震えた。


「多分……と言うか絶対ですけど、鈴木くんが言う先輩って、私の……彼だと思います」


「…………………………」


 千春さんは無言だ。よっしーが「え?マジで?」と言った。


「うん。なんか放課後偶然会って、そのまま飲みに連れていったって言ってた。で、結構飲んでるな〜って思ってたけど、悠介さん自分があまり酔わないから止めるタイミングがわからなかったんだって。で、鈴木くんお店で寝てしまって、しょうがないから自分の家に連れて帰った……って言ってましたが……」


 びくびくしながら千春を見る。聞いたことをそのまま言っているのに、こんなにびくびくしたら疑われるのではないかと心配になった。


「……あなたはそこにいなかったって、証拠は?」


 まるで刑事と話をしている気分になった。焦りからか、早口になる。


「しょ、証拠と言われても……。夜は大概自分の部屋にいます証言してくれる人はいませんけど……。お店の人にきいてみるしかないのでは……」

「あ、翌日自宅まで送っていってお兄さんに引き渡したって言っていたので、お兄さんにきいてみたらいい……かも……です……」


 どんどん声が小さくなる。


「……お兄さんにきいてわかるのは、あなたの彼が絢斗を連れてきたってことだけでしょう」


 た、確かに……。


 どんどん状況が不利になっていく私を見かねたのか、よっしーが援護射撃をしてくれた。


「千春、いい加減にしろって。浮気相手を親切に自宅まで送り届ける男なんているわけないだろ。てか、とくにさっちゃんの彼氏はそんなに優しい人じゃないって」


 た、た、確かに……。


 もし仮に浮気してその現場をおさえられなんてしたら、相手の男どころか私もベランダから吊るされることだろう。


「…………………………」


 千春さんが腕を組んで何かを考えている。空気が重く、判決を待つ原告・被告ってこんな感じかなぁと思ってしまった。


 しばらくして、口を開いた。


「……わかった、信じます」


 心の中で弁護団たちが「勝訴」の紙を持って喜んだ。


「私も頭に血が上ってて、冷静な判断力がなくなってたみたい。聡子さん、ごめんなさい」


 ぺこっと頭を下げる。綺麗な黒髪が肩からさらっと落ちた。

 疑いが晴れ、謝罪までしてもらった私は心の底からほっとした。


「いえ、いいんです。疑いが晴れてよかったよかった。ね、よっしー」


「うんうん。終わりよければ全てよし、だよ。さっ、ケーキでも食べよーぜ」


 よっしーがケーキカウンターに行こうとしたが、それより先に千春さんが立ち上がった。


「私、ちょっと用事あるから帰る。お騒がせしてすみませんでした」


 深々と頭を下げた。


「あ、千春、送るよ……


「いい。頭冷やすためにちょっと1人になりたいから放っておいて」


「…………はい」


「それじゃ」


 最後にもう一度深々と頭を下げ、千春はカフェを出ていった。


 残されたよっしーと私は視線を合わせ、だーーーーっと全身の力を抜いた。


「さっちゃーん、ごめんね」


「……いえいえ……ってよっしーが謝ることじゃないって」


「……前はなぁ……もうちょっととっつきやすかったんだけどなぁ……なんか最近ギスギスしててさ……」


「そうなんだ」


「……絢斗と……うまくいってないのかなぁ……」


 よっしーが呟く。


「…………………………」


「あ、ほっぺた大丈夫だった?わ、なんか赤くなってんじゃん」


「え、嘘。わー……ほんとだ……」


 手鏡を見ると、頬にきれいな紅葉が浮かび上がっていた。


「橘さん、心配するんじゃない?」


 よっしーがしゅんとしてきいてきた。


「あはは、大丈夫!『これで少しは俺の痛みもわかったろ』って言うと思う」


「え!?」


 よっしーが目を丸くした。私がよく(と言っても最近は減っているが)平手打ちすることを伝えるとカフェ中に響き渡るほど、大笑いした。


「……もうよっしー、笑いすぎだよ……」


「や、だって、嘘だろ……あの橘さんを、だぜ……。あー腹いてーー」


「やむを得ない時だけだよ?」


「どういう時よそれ……!」


 よっしーがまた笑った。本当に明るい人だ。


「あーおもしろっ。笑ったらお腹空いちゃった。なんかケーキ食べようよ」


「いいね、賛成〜」


 2人してケーキカウンターへ向かう。ケースの中にはかわいらしいケーキ達が並んでいて、自然と顔がほころんだ。


「どれもおいしそうだね」


「そうだね〜。あ、俺このオペラってやつにするわ。なんか佇まいがいい感じ」


「佇まい、て」


 よっしーの言葉のセレクトに笑ってしまう。


「私はモンブランにしようかな」


「あっそれも捨てがたい。ちょっとちょーだいよ」


「えーやだー。よっしー2個食べればいいじゃん。水泳でカロリー消費するでしょ?」


「!それもそうか。じゃ2個食べよ〜。さっちゃんも食べれば?」


「……運動部男子と同じ量食べたらとんでもないことになる……!!」


「あはは、じゃあさっちゃんも泳ぎにおいでよ。女子大歓迎」


「私の泳ぎ見たら、よっしー多分ずっと笑ってるよ……ってもう笑ってるじゃん!!」


「いや、ごめん、はは、想像したら、なんか……。犬かき上手そうだね、あはは」


 ばしっと一発、お見舞いしておいた。

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