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ふたりの恋2  作者: ゆり
3/14

鈴木くんの憂鬱

橘さん視点です。

 秋も更に深まり、風が冷たく感じるようになってきたこの頃。


「ーーーーあ、なるほど。よくわかりました。ありがとうございました」


「うん、頑張れよ。体調に気をつけてな」


「ははっ、ありがとうございます」


「研究の道も、頭の片隅にいれておいてくれよ?」


 そう言って朗らかに笑う教授に会釈し、俺は研究室を後にした。今日も今日とて勉学に励んでいたのだが疑問点が出てきたので、先生に聞きにきたのだった。

 さぁ図書館へ戻るか、と思っていたところ、


「お。よぉ」


 向こうから歩いてくる人物に軽く手をあげて挨拶した。夕方の人気(ひとけ)のない廊下。夕日に照らされたそいつは、少しやつれてみえた。


「…………………………」


 挨拶した人物ーー聡子の元カレ・鈴木絢斗(けんと)くん(ぼっちゃん)は、こちらをちらっと見ただけで、挨拶も返さずすれ違おうとした。相変わらずだ。


「へいへいへい、ちょっと待てって。俺もうすぐ卒業だからさ、仲良くしよーぜ」


 少しばかりの本心を混ぜ、おどけながらぼっちゃんの手首を握る。


「……!痛ぇ!!」


 思ってもいなかった叫びに驚いて、手をはなした。


「え?あ、わり、ひねった?か??」


 そんな動きはしていないはず、と甚だ疑問に思ったが、シャツの間から見えた手首に、思わず「あ」と声が出てしまった。


 ぼっちゃんの手首には、輪っかのような跡が残っていた。


「ーーーーっ」


 手首を隠し、気まずそうに視線を逸らした。


「……えっと」


「…………………………」


「今はふわふわのやつとかあるからさ、そういうの使ったらいいんじゃね?」


「……………………!!」


 ぼっちゃんが俺を見る。


「俺もドSの女と付き合ってたことあるから、わかるわー」


 あれ痛ぇよな〜あはは〜と呑気に笑う。


「…………………………」


「ま、ほどほどにな。化膿に気をつけろよ」


 肩をぽんと叩き、さて帰るか、と思っていたとき、


「…………ねえ!」


 と呼び止められた。


「?」


「……その(ひと)とは、どうやって……」


「??」


「……別れたの」


 ぼっちゃんが目を伏せて、唇を震わせた。

 よく見ると、目の下にはうっすらとクマができている。あまり眠れていないのかもしれない。


「別れたっつーか、振られた?俺の反応が面白くねーって言われて」


「……ははっ、なんだよそれ」


「誤解されること多いけど、俺結構振られてるからな?」


 ウィンクすると、ぼっちゃんが力なく笑った。悲しげな笑みだった。


 かつては聡子を巡って争った敵だったが、今はそれも終わりノーサイドだ。俺の少しばかりのスポーツマンシップがうずいた。


「ぼっちゃん、今日時間あるか?」


「?あるけど……」


「じゃあ飯でも食いに行こうぜ。あ、俺が奢るし送ってやるから酒も思う存分飲んでいいからさ」


「は?嫌だ……」


「んなこと言わずに、行こうぜ。俺と2人が嫌だったら吉田も呼べばいいじゃん。あいつだったら手首見られても別にいいだろ」


「…………………………」


 ぼっちゃんの反応は鈍い。ここはもう一つの餌で釣るか。


「俺の車も、運転していいからさ」


「!」


 はい、落ちた。

 聡子から『鈴木くんは車好き』の情報を得ていてよかった。

 ぼっちゃんがニヤつきそうになっている顔を手でおさえながら、俺を見た。


「いいの?」


「勿論」


「あんた、勉強は?」


 あんた、て。


「日頃から真面目にやってるから、今日1日くらい遊んでも大丈夫だろ。てかそんなに気になるんなら、お前が食ってる横で勉強しとくわ」


「はは、そうしてもらえたら」


 そう言ってぼっちゃんが笑った。さきほどよりはすっきりした表情になっていた。


「オッケー、決まりな。じゃ、行こーぜ」


 ぼっちゃんと肩を組むように腕をまわすと、嫌そうに払いのけられた。











 俺の車を心ゆくまで運転し(高速まで走ったのは想定外だった)、大学近くの居酒屋で2人で飲み食いした。最初は車の話が大半だったが(俺は宣言通り勉強しながら聞いていた)徐々に彼女の山中千春の話へと変わっていった。いい感じに酔っているようで、いつもより饒舌だ。


「……千春のことは、好きなんだけど……」


「うん」


 空いたコップに好きだと言っていた焼酎を作ってやる。若いのに焼酎っておっさんかよ、と少し笑ってしまった。


「……最近……セックスのときの……度が過ぎているというか……」


「…………………………」


「あれさえやめてくれればな……いいんだけど……」


 グラスを見つめるぼっちゃんの目はうつろだ。


「………………寝れてる?」


 俺の素朴な質問に、力なく笑った。


「いや、あまり……。最近ずっとぼーっとしてる……」


「…………………………」


「あんたは……いいよな……」


 ぼっちゃんのつぶやきに、俺は返事をすることができない。


「…………最初は普通にヤってたんだろ?何か、そうなったきっかけみたいなのはねーのかよ?」


 無理矢理話題の方向を変えた。言ってから、『あ、本性が出ただけか』と思った。

が、そんな俺の問いかけにぼっちゃんが思いの外びくっとした。


「……?何かあったのか?」


「……別に……」


 戸惑うようにぼっちゃんの瞳が揺らぎ、やがて伏せられた。


「ーーーーーー寝やがった」


 机につっぷしてぐぅぐぅ眠るぼっちゃん。寝れてない、ときいてしまったので起こすのはかわいそうだ。


「…………………………」


 眠りに落ちる瞬間のあの瞳の揺らぎは気になったが、今はとりあえず、この成人男性を自分の家までどう抱えていくかの方が問題だった。


 結局、おんぶして車まで向かった。かなり恥ずかしかった。






ーーー翌日ーーー






「え……ここどこ……」


 ベランダでの一服を終え部屋に入ると、ぼっちゃんがベッドで半身を起こし、辺りをきょろきょろ見回していた。

俺はソファで寝た。おかげでちょっと体が痛い。


「俺んち。お前が寝てるのは俺のベッド」


「げっ…………」


 眉をしかめるぼっちゃん。昨日あれだけ苦労して運んできたのに、失礼だろ。


「…………世話になりました。すんません」


 そんな俺の心中が伝わったのか、ぼっちゃんがしゅんとして謝ってきた。


「家まで送ってやるから。準備しな。歩けるか?」


「あぁ、うん……」


 そう言ってベッドから足を踏み出した瞬間だった。


「……?なんか……気持ち悪っ…………」


「え!?わっ、吐くならトイレあっち!!早く行け!!」


「ーーーーーーーーーー!!」


 慌ててトイレに駆け込み、げぼーーっと吐く音がした。……間に合ってよかった。

開いているドアからのぞいてみる。ぼっちゃんは便器に顔を突っ伏していた。


「大丈夫か?すっきりするまで吐けよ?」


「気持ち悪いけど……吐けない……」


「あらら……」


 さぞつらいだろう。

 俺はぼっちゃんのそばに行ってひざまずき、上を向かせた。


「口開けて。はい」


 ぼっちゃんの口に俺の指を突っ込む。


「ーーーーうぇっーーーー」


 すぐに吐き気をもよおしたようで、またげぼっと吐いた。


「大丈夫かー?ほら、全部吐いちまえ」


「ーーーーーーーーーー」


 何回か吐いてだいぶすっきりしたようだ。ぼっちゃんの髪が吐瀉物で汚れていたので、風呂に入るように言った。


「……んなことまで迷惑かけられねぇよ……」


「いや、もうかかってるから。心配すんな。乗り掛かった船だ」


「……んだよそれ……」


「いいから。落ち着いたら、入ってこい。あそこだから」


 かなり気が進まない様子だったが、あんなやぶれかぶれの姿で帰宅させるのはかわいそうだったので、半ば無理やりシャワーを浴びさせた。


 あがってきたぼっちゃんは、聡子用シャンプーの香りがした。



 







 ぼっちゃんは車の中でもぐったりしており、運転に気を使った。

そうしてナビに従って着いたのはーーーー門。


「……ぼっちゃん、ここからどうすんの?守衛がいるの?」


 冗談半分できくと、ぼっちゃんが緩慢な動作でポケットに手を入れた。すると、門が内側へ開いた。


「おぉ」


 そのまま車を乗り入れ、古き良きお屋敷みたいな家に着いた。なんとか伯爵邸みたいな家だった。

 よろよろしているぼっちゃんに肩を貸す。

まだ少し顔色も青白く、すさまじい二日酔いに苦しんでいるのは明白だった。


(責任感じるわ〜。途中で止めりゃあよかったな)


 自分がそんなに酔わない体質なので、加減がよくわからなかったのだ。

あまり振動を与えないように気をつけながら、誰かいますように、と祈りながら玄関の呼び鈴を鳴らした。


『はい』


 男の声で返事があった。


「あ、こんにちは。私橘と申します。絢斗くんを送ってきたのですが……」


『あーー、オッケ、すぐ開けるから』


 そう返事があった数秒後に、玄関が開いた。

 出てきたのは、ーーーー男の俺でも見惚れてしまうような、ものすごい色気のある男性だった。

無造作に羽織ったシャツ。そこからのぞく、鍛えられている肉体。ウェーブがかかった黒髪は少し濡れていて、もしかしたらシャワーの後なのかもしれない。


「絢斗、ほら、しっかりしろ」


「……うん……」


「すみません、昨日飲み過ぎて潰れてしまって……。俺んちに泊めたんですけど、連絡もせず申し訳ありませんでした」


「はは、いいって。22にもなってんだから無断外泊の1つや2つ、問題ないだろ」


 いたずらっぽく笑う姿を見て、わーこの人モテるだろうなーと思った。


「あ、ごめんだけど、もう少し手貸してくれない?俺1人じゃ運べないことに気付いた」


 ぼっちゃんが自分の家に帰ってきた安心感からか、だらーっと兄さん(だろう、多分)に寄りかかっていた。


「はは、いいですよ。ぼっちゃ……絢斗くん、甘えてますねー」


「図体だけはでかくなりやがって。中身はまだまだガキだわ」


「ははは」


「2階は……無理だから、リビングに寝せるか。そこまで頼む。ほら絢斗、しっかり歩け」


「うん……」


 兄さんと2人がかりでぼっちゃんをリビングへ運び、ソファへ寝かせた。ほら、水飲めと世話している様子を見ながら、兄弟がいるっていいなぁと思った。


「あ、俺炭酸買ってきてるんで持ってきます。車に置いてるんで」


「マジ?助かるー」


 車へ取りに行き、兄さんへ渡した。ぼっちゃんはソファの上でまたすぅすぅと眠っていた。


「それじゃあ、俺はこれで」


「あ、待って。橘くん……だっけ?ちょっと聞きたいことあるんだけど」


「はい」


 そう言われて、どきっとした。……聡子のことだろうか。それを言われたら辛いので、できたら違う話題がよかった。


「絢斗さ、……どんな女と付き合ってる?」


「え?」


「いや、最近会うたびに暗い顔してるから……。それに……手首のとこ……気になって……」


「…………………………」


 リストバンドをしてやっていたのだが、かえって不自然だったみたいだ。家族には知られたくなかっただろうに、かわいそうなことをした。


「すみません、俺もよくわからないんです。俺も偶然、その、手首のとこ見て、気晴らしになればと思って飲みに誘ったという経緯で……」


「そっか……」


 兄さんがあごに手をやり、何かを考えている風だった。


「わり、手間とらせたな。後はこっちで面倒みるから」


「お願いします。じゃあ俺はこれで」


「うん、本当にごめんな。絢斗にも考えて飲めって言っとくわ。ああ、それと」


「?」


「手首、俺以外の家族には見せないようにするから。安心して。リストバンドありがとな」


「!」


 洞察力のあるお兄様だ。

 セクシーで、こんなに気が回って、さぞかし女性にモテることだろう。


「失礼します」


 ぺこっと頭を下げて、俺は鈴木邸を後にした。

 

ーーーーその日対応してくれたのは、ぼっちゃんの2番目の兄さんだった。そのほとばしる色気で病院スタッフはおろか、患者さんたちもメロメロにしているそうだ。『あいつと目が合ったら妊娠する』と言われているということを、聡子からきいたーーーー

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