思わぬ副産物
「じゃ、俺行くわ」
そう言って手をひらひらと振りながらとりあえず図書館の方へ足を向ける。「あ、俺も行きます」と、吉田も空気を読んでとことこついてきた。
「ーーーーお騒がせしました」
ぼっちゃんと千春が2人揃って頭を下げた。その様子がなんだか結婚式の入場シーンみたいで、つい笑ってしまった。
これにて一件落着。やれやれ、肩の荷が降りた。
軽く手をあげて、その場を後にした。オレンジの夕焼けがとてもきれいだった。
ーーその後吉田と飯を食いにいき、別れた後、なんだか無性に聡子に会いたくなった。今の時間だったらきっと家にいるだろう。電話をかける。
『もしもし?』
嬉しそうな、でもそれを一生懸命隠そうとしているのがわかる声で応答があった。頬が緩んだ。
「あぁ、俺。今から来ていい?」
『べ、別にいいですけど』
ーー笑顔になるのをおすまし顔でこらえている様子が目に浮かぶ。
「じゃあ今から行くわ。後でな」
『はーい』
電話を切り、画面にキスする。車に乗り込み、はやる心をおさえながらエンジンをかけた。
・・・
ソファで隣り合ってお茶を飲みながら、ことの顛末を聡子に聞かせた。
うまい緑茶をずずっとすすりながら、問うた。
「……泣くとこあったか?」
ぐすっ、ぐすっと涙を流している聡子に追加のティッシュを渡す。
「……さすが鈴木くん……私が好きになった人……。なんて男前なの……」
「…………………………」
「千春ちゃんも、素直になってよかったね。鈴木くんだったら全部受け入れてくれるよ」
「…………………………」
「はーーーーなんかドラマみたい。悠介さんの話がうまいからでしょうか」
聡子が話し続ける。こいつは何かに感動したら喋り続ける性質があった。
「……水を差すようだけどさ、偽装妊娠て男からしたら恐怖だからな」
「心当たりがある人はそうなんでしょうけど……。悠介さんも、似たようなことはあったんですか?」
聡子がいきなり爆弾をぶっ込んできた。見ると、聡子自身も『あ……』という感じで口をおさえていたので、思わず、口が勝手に動いてしまった質問のようだった。
ーーーーずっと、心にあった疑問なのかもしれない。
「これね、まじで誤解されること多いんだけどさ。俺、誰かを妊娠させたことねぇからな。基本ゴムはちゃんとしてたし」
「え?」
聡子が心底驚いた顔で俺を見たのがわかる。
「…………………………」
何を言いたいのかは、なんとなくわかった。手を握った。
「最初のときは、ごめんな。お前がかわいくて、我慢できなかった」
「……私のせいにしないでください」
聡子が苦笑いした。そして「その話はなしです」と言った。
「あ、でも一つだけ、きいてもいいですか?」
おずおずと遠慮がちに言われ、おや、となる。なんだろう。
「いいぜ、この際なんでも聞けよ。なんでも答えるから」
にっこり笑って言うと、聡子が意を決したように言った。
「……あの小切手、他の人にも使ったことあるんですか?」
不同意性交のあと『口止め料♡』と称して渡した小切手のことか。
聡子の怯えるような声音。気まずそうにそらされた視線。これは焦らさずにさっさと回答しよう。
「ねぇよ。お前に渡したのが初めてだったよ」
「……の割には手慣れてましたが。色々と」
「小さい頃病院の事務室に出入りしてたんだよ。で、事務長が使い方教えてくれたの」
あ、小さい頃の話だから、事務室にこどもが出入りしていいのかとかそういうことは勘弁してな。
そう言うと、聡子は少し笑った。
「あれな、白状すると親父が持たせてくれてたやつ。『お前が人妻に手を出して慰謝料請求されたときのために』って」
「……はい!?」
「俺荒れてたから。ははっ」
「はぁ……そのようでしたね……」
げっそりした声が聞こえた。それを聞いて少し笑ってしまう。
「もうない?ききたいこと」
手をとって、甲にキスを贈る。
「……ないです。お答えいただきありがとうございました。あと、前のことを蒸し返してすみません」
「いいよ。安心してもらえたならよかった」
聡子がこてん、と身を預けてきた。苦にならない沈黙が流れる。
テレビでは夜景特集が流れていて、試験が終わったら聡子と見にいこうと思った。
「あ、俺もきいていい?」
「?どうぞ」
指にキスする。
「お前、経験人数何人?」
「……!!そのような質問は受け付けません」
真っ赤になってしまった聡子の頬に軽くキスした。
聡子の内なる疑問を解決できて、気分がよかった。
聡子が俺の腕の中にやってきて、ぎゅっとしてきた。俺も抱きしめ返す。
「好き」
そう言ってキスしてくれた。
ーーーーえ??
今まで聡子の口から聞いたことなかったセリフに、目を丸くする。聡子自身もしまった、という顔をしていた。それを見て、俺のいたずら心がうずいた。
「聡子?」
「な、なんです?」
「今何か言わなかった?」
にやにやしてきくと、聡子がしどろもどろになって答えた。
「言ってないです。空耳じゃないですか?」
「『好き』って聞こえたけど?」
「そうですか」
「もう一回言ってよ」
「嫌です。ていうか、言ってません」
「いーじゃん、そんな意固地にならなくても。俺は聡子のこと大好きだぜ?」
そう伝えて、優しく唇を重ねた。聡子がはにかんで、ちゅっちゅっと返してくれた。
唇を啄みあっているとスイッチが入ってしまい、そのまま聡子をベッドに連れていって、ゆったりと舌を絡めた。
愛しいと思う気持ちが溢れ出してきて、涙をこらえるときのように、なんだか目の奥がじんとした。
溶け合う温もり。
愛しい聡子と、ひとつになる喜び。
「……………んっ…………っぁ………」
悩ましげな吐息で、何かを耐えるように眉根を寄せている。快楽に悶えている顔を見て、俺も興奮した。
今日はいつもより聡子が敏感になっている気がする。ぬるぬると絡んできて、少し気を抜けばあっという間に射精してしまいそうだった。
優しく、ゆっくりと、奥を突く。
「あ……すみませ……なんか……今日……とても……気持ちよくて……」
「……はは……俺も……。ぼっちゃんの件が片付いて気持ちが楽になったからかな……?」
聡子が微笑んだ。
「大役……お疲れ様でした……」
返事の代わりに首筋を強く吸うと、甘い声とともにのけぞった。
「ゆ……すけ……さん……」
吐息たっぷりに名を呼ばれ、俺も昂った。
聡子。
「好きだ……」
「私も……好きです……」
抱きしめられ、聡子がキスをしてきた。俺の唇を味わうように、何度も何度も重ねてくる。
「……んっさと……こ……それやば……」
理性が飛んでしまい、互いに貪るように激しく求めあった。聡子がこんなに乱れるのは珍しい。
(ーー安心、したのかもな)
朦朧とした意識で考えた。
(俺の過去に。小切手の真相に。……無意識でも、気にしてたのか……)
頬を薔薇色に上気させている愛しい恋人の首筋を強く吸い、俺は、果てた ーー