野次馬 〜漫才ネタ〜
A「今朝、俺の家の近くで事故があったみたいでさ。野次馬がすごいのなんのって」
B「あー、たしかに。事故とか起きるとやっぱ、ついつい見ちゃうよな。俺も野次馬しちゃうから良くわかるよ」
A「あれ、俺、いつも素通りしちゃうんだよなあ」
B「あ、そうなんだ。あんまりそういうの気にならないタイプなんだ」
A「いや、そういう訳じゃ無いんだけど。なんか、イマイチ勇気が出なくてさ。だから、俺、昔から野次馬ってヤツを、一回、やってみたかったんだよね」
B「え、野次馬を⁈ 」
A「うん、そう」
B「いや、野次馬だよ? 昔からやりたかったってそんな、子供の頃からの夢みたいに言ってるけど、野次馬だよ?」
A「そうだよ」
B「おまえ、ちょっと変わってんな」
A「な、頼むよ。一生のお願い!」
B「おまえの一生のお願いをこんなのに使うの? ま、まあ、いいけど」
A「じゃあ、俺、野次馬やるから、おまえ車の役やって」
B「いや、車って! せめて人間にしろよ、人間に!」
A「えー、ワガママだなあ。それじゃあ、死体役で」
B「いや、確かに人間にはなってるけど! そうじゃなくて、台詞ないと練習にならないだろ⁈」
A「うーん。……じゃあ、お互いに野次馬同士ってことで我慢するよ」
B「なんで急にテンション下がってんだよ! おまえがやりたいって言ったんだろうが! どうすんだ? やんのか? やんねえのか?」
A「あー、ごめんごめん。やる!やるから」
B「そんじゃあ、いくぞ」
A「え、どこに?」
B「どこにも行かねえよ! 何言ってんだよ、おまえは! 野次馬の練習するんじゃねえのかよ⁈ 」
A「あ、そっちね! 悪い悪い」
B「しっかりしてくれよ、全く。それじゃあ、俺が先に事故現場を見物してるから、おまえが後から来て俺に話しかけてくる。これでいいな」
A「オーケー。わかった」
B「あーあー。これは酷いな」
A「あのー、すいません。これ、いったい何の騒ぎです?」
B「見りゃあわかんだろ。事故だよ、事故」
A「うわあ、ほんとだ。可哀想に」
B「俺じゃねえよ!って、俺の顔見て「可哀想に」ってなんだよ!失礼な奴だな」
A「あ、ごめんごめん。あっちか。あー、あの電柱にぶつかってるヤツか」
B「ああ、飲酒運転だったらしいよ」
A「あらあら、テキーラ飲んで運転なんかするから」
B「いや、それは知らねえけど!」
A「え? ああ、テキーラっていうのは、リュウゼツランの一種の茎の汁を発酵させて蒸留した酒で……」
B「いや、そうじゃなくて! 俺だってテキーラくらいは知ってるよ! 俺が知らないって言ったのは、運転手がどんな酒を飲んだのかを知らないって言ったの!」
A「あ、なんだ、そっちか」
B「そっちか、じゃねえよ。まあ、明け方だったから歩行者もいなかったし、巻き込まれた人もいなかったみたいだし、幸いなことに運転手も軽い怪我ですんだらしいよ」
A「ほんとに! いやあ、本当に良かったー。すっごい心配してたんだけど。運転手、無事だったんだ。あー、ほんと良かったー」
B「え、なに? 運転手のお知り合いの方?」
A「いえ、違いますけど」
B「え? でも、すごく喜んでらっしゃるから」
A「ああ、なんとなく。その方がいいかと思って」
B「え、なんとなく?」
A「はい、ノリで」
B「紛らわしいよ、おまえ。しかも助かったのを聞いて喜ぶことは別に悪い事じゃないし。絶妙にツッコミ難いんだよ!」
A「どうも、恐縮です」
B「まあ、つまりはだな。被害は車の破損だけってことだ」
A「なるほどね。と、いうことは犯人はあなたですね」
B「どんな解釈の仕方だよ!」
A「え、違うの?」
B「違うよ! 話聞いてた? これは飲酒運転なの。自損の事故。わかる?」
A「ああ、そういうこと」
B「やっと理解したのかよ」
A「うん。全然わかんない」
B「もう、いい。おまえに付き合ってると日が暮れちまうよ」
A「まあまあ、落ち着きなって」
B「おまえが言うな! おまえのせいでこうなってるんだろうが!」
A「でも、あれだな、やっぱり野次馬やるのって難しいもんなんだな」
B「いや、そんなことなはない。ただただ、おまえがややこしくしてるだけ!」
A「そうかなぁ」
B「そう! そうなの!」
A「じゃあ、ちょっと配役変えてみないか? そしたら上手く行くかも」
B「配役を変えてって、どうすんだよ」
A「俺が電柱にぶつかった車の役をやるから、おまえは死体の役やって」
B「さっきも言ったけど、それの設定は無理があるって」
A「大丈夫だって! な、一回だけ」
B「えー! だっておまえ、またボケまくるじゃん」
A「大丈夫だって。今度はちゃんとやるから」
B「まあ、……じゃあ、一回だけな」
A「俺は車だから、そこに座るだろ。で、おまえは死体だからそこで仰向けで寝転がってて」
B「え、おい! 漫才中に俺寝そべるの? え、なあって!」
A「じゃ、本番行くよ。いいな」
B「あ、ああ。ま、まじかよ……」
A「………………」
B「………………」
A「………………」
B「………………」
A「………………」
B「………………」
A「………………」
B「………………」
A「………………」
B「………………なあ、ちょっといいか」
A「………………」
B「なあ」
A「………………」
B「なあ! おい、って!」
A「なんだよ、おまえ。今、死体の役なんだから喋ったらダメだろ」
B「これ、何の時間? 野次馬まったく関係なくなっちゃってるし。なんなら漫才も放棄しちゃってるけど」
A「なあ、俺からもひとつ言っていいか」
B「なんだよ」
A「野次馬の練習ってこれ、意味あるのか?」
B「おまえが言うな。もういいよ」
A.B「どうもありがとうございました」






