空から次期魔王が――
前回までのあらすじ
魔術師たちが通う学校に転入することになった王真
飛月からの突然の無茶振りによりクラス内で早々孤立する
放課後家具なども買い揃え波乱の初日が終わり
ようやく1人目のハーレム候補、大空日和を攻略し始める
ハーレム作り2日目。
学校の授業を終えた俺たちは普段はあまり使われてないらしい3階の空き教室の窓から下を眺めていた(もちろん教室内は2人だけ)。
「ターゲットが来たようですね、にに様準備はいいですか?」
窓の外を見つめる飛月の視線の先には今から茶道部の部室(茶室)に行くために外を歩いている日和がこちらに向かって来る。
「えっと、マジであの作戦で行くのか? 大丈夫なのか?」
「問題ありません、恋愛と言うのは出会い方が重要なのです。数あるラブコメ作品を見ても主人公とヒロインの出会い方が衝撃的なものが基本的に名作となっているのです。(※超個人的な意見)」
「だからって、こんなこと――」
「早くしないとタイミングを逃してしまうのでやってください、早く」
今更だが、こいつの作戦に乗ったのは間違いだったんじゃないかと思いながらも1度やると言ったのだから、ここは男として曲げられない。
覚悟を決めた俺は大空が教室の真下辺りに差し掛かったタイミングで窓枠を踏切、大空に向かって『助けてぇぇぇ』と叫びながら3階の窓から外へ飛び降りた。
そして大空の少し後方で地面にめり込んだ。
この時点ですでに飛月の作戦は失敗している。
飛月の立てた作戦では、落ちてくる俺を大空が抱きかかえるように華麗にキャッチして目と目が合い、俺が『あ、ありがとう』と言う筋書きだった。
たしか作戦名が『大空を落とすために、空から落ちよう作戦』とか、この時点で失敗臭が半端なかった。
よくよく考えてみれば、いや、よくよく考えなくても3階から飛び降りた男を女子が華麗にキャッチなんていくら魔力があるとは言え簡単なはずがない。
3階から飛び降りて踏まれた蛙のような格好で地面にめり込んでいる現時点でさえ、かなり恥ずかしいってのに、これから何事もなく立ち上がることによって更なる恥をかくことになるだろうな、憂鬱すぎる。
「え、えっと大丈夫?」
若干引き気味ではあったが、その活発な声に反応して顔を上げると、大空が俺に向かって手を差し出してきた。
俺にとってそれはまさに地獄に垂れた蜘蛛の糸の如く救いに見え、すぐにその手を握る。
大空は小さく華奢に見えるが、意外と柔らかな手の感触に若干(強がり)緊張しながら、平然を装い立ち上がる。
「(大空が良い奴で助かった)あぁ、これくらいは大丈夫、ありがとうな」
「ううん、これくらい別に感謝されることじゃないって、えっと、たしか同じクラスの転校生だよね。なんで空から落ちてきたの?」
驚いていると言うか不思議そうに首を傾げる大空に対してなんて言えばいいのかわからずに困っていると、いつの間にか大空の後方で飛月が校舎の柱に身を隠しながらADのようにカンペを出してくれる。
「(あいつフォローしてくれるのか、えっと、なになに――)3階から外の景色を見てたんだけど、偶然大空さんを見つけたから声を掛けようと、つい身を乗り出してしまって……ダメだな俺、鈍臭くて」
そう言って俺はカンペの指示通り、最後に自分の頭をコツンと拳で叩いて見せた。
「そ、そうなんだ、危ないからこれからは気をつけたほうがいいよ、転校生くん」
おかしい……カンペ通りにやったにも関わらずなんか大空の反応が悪いような気が、いや、どちらかと言えば女子を見つけたからと言って3階から落ちてくるような危ない男子相手にむしろよく話してくれると取るべきなのか?
「(いや、それよりも会話を続けないと)」
そう思い俺はカンペに目を移し書いてある文を読み上げる。
「えっと、転校生くんなんて呼ばずに俺のことは王真って呼んでくれ、俺も大空のこと日和って呼ぶから(って、いきなりこれは馴れ馴れしくないか!?)」
「――ははっ、転校生くんは面白いね、そんな風に言われたのは久しぶりだよ。うん、いいよ、王真くんとは仲良くなれそう」
「えっと、俺は日和を見たときから仲良くなれそうだと思っていたけどな」
「なにその直感、変なの」
笑いながらそう言ってくれた大空――じゃなくて日和はとても可愛く見えたのでこれは飛月の作戦が成功しているのだろうと思い少しだけ見直していると、新たなカンペが出る。
「(えっと、このまま流れで押し倒して決戦に持ち込めって、持ち込めるわけねえだろうが! この流れでってどの流れだよ、そんな流れできてねえだろうが! そもそも決戦ってあれをあれするってことだろ、無理無理無理、俺の鈍刀じゃ日和の城を落とすどころか城門すら開けられねえよ!)」
「ん? どうかした?」
「いや別になんでも(とにかく無理だから、他の指示をくれ)」
俺の思いが通じたのか、それとも無理だと言うことを察したのか、飛月は若干面倒そうな顔をして新たなカンペを出す。
「(えっと、今からホテル行くぞ、勿論ラ――って言えるか! なんでお前はそんなに積極的なんだよ!? 段階を飛ばしすぎだろうが!)」
「それじゃあ、ウチ部活あるから、また明日」
カンペ(と言うか飛月)を睨みつけていると日和はそう言って走り去ってしまった。
「あ~あ、にに様がもたもたしているせいで行ってしまいましたよ」
飛月は失望したと言わんばかりに首を横に振りながら俺に近寄りそう言ってくる。
「あんなもん言えるわけねえだろ、大体なんであんな積極的なセリフばっかりなんだよ!?」
「単純にそう言うシーンを見たいからですけど?」
「なんでお前の願望を優先するんだよ、つうか下ネタ好きじゃないんじゃなかったか?」
「自分で言う分にはいいのです。それにどうせ攻略にするなら早いほうが楽でいいじゃないですか」
「あんなセリフで攻略できるわけねえだろ、速攻で嫌われるわ」
下手したら嫌われるどころか警備員を呼ばれる。
「そんなのわからないじゃないですか、もしかしたら受け入れるかもしれないのに」
「初めて会話した奴に迫られて、気を許すなんてありえねえよ」
「トリプルDのにに様は知らないかもしれませんけど、女だって緩い奴は緩いのですよ、そう女子大生みたいに」
「女子大生の件はもういいんだよ! しつこいんだよ! とにかく日和はそういう緩い奴とは違うつうの」
少ししか話してないが、あいつは倒れている俺に手を貸してくれたし、変なこと言っても笑ってくれた良い奴だからな。
「随分大空を評価していますね……まさかとは思いますがにに様、あの女に惚れたわけじゃないですよね?」
「な、なに言ってんだよ、そんなわけないだろ、たしかに笑顔を見て少しは可愛いとか思ったけど惚れたとかそう言うじゃ――」
「そうですか、一応釘を刺しておきますけど、私たちはここに恋愛をしに来たわけじゃありませんから、あくまでハーレムを作りに来たのですから勘違いしないでください。惚れられることはあっても惚れることは許しません」
「わかってるって、ん? 許さないって誰が許さないんだ?」
「そんなの魔王様に決まっているじゃないですか、次期魔王が人間なんかとましてや敵である魔術師と恋仲になるなんて許されませんから、そんなこともわからないなんて本当に駄目な主ですね。こんなのが次期魔王なんて魔界も末です」
俺の目を見ながら不機嫌そうな顔つきで、説教と言う名の悪口をガンガン浴びせてくる。
「そこまで言わなくてもいいだろ、ったく、もうここにいても仕方ないし、さっさと帰るぞ」
俺が歩きだしたところで「わぁ~」と言ういかにもわざとらしい悲鳴が後ろから聞こえ、面倒な展開になりそうなことを覚悟しながら振り向くと飛月が膝をついて倒れていた。
「お前、なにしてんだよ?」
「転んでしまいましたので手を貸してください」
「はぁ? それくらい手を貸さなくても立ち上がれるだろ、なに言って――」
「いいから、手を貸してください」
声が少し低くなり軽く睨みながらそう言われ、腑に落ちないながらも手を差し出すと、俺の手を取り軽々と立ち上がった。
「お前って、時々わけわからないことするよな」
「わからないですか、そうですか……。まぁ、それならそれでいいでしょう、女は少しミステリアスなほうがいいですから」
なぜか少しだけ機嫌が直ったらしく、僅かに口角を上げるとアパートに向け歩き出した。
アパートに戻ってきた俺らは夕食を終え、昨日と同じようにソファに座りながら作戦会議を始める。
「もう少し押してほしかったのですが、最も大事なミッションであったインパクトのある出会いを達成しているので今日は概ね成功と言っていいでしょう。これからはとりあえず好感度を上げていく方針でいきたいと思います」
「好感度ねぇ、ちなみにどんなことをすれば好感度は上がるんだ?」
「さすがに詳しくはわかりませんが、私がこれまでに見たラブコメの知識から考えますと、とりあえず唇を奪えばエンディングです」
「そんなことをしてみろ、とりあえず俺の命がエンディングを迎えるわ、いくら俺がその手の知識に疎いからって言ってもそれくらいはわかるからな」
「でも、キスをすればエンディングって言うのはあながち間違っていませんよ。なにせ、ターゲットが落ちたかどうかを判断する魔族特製アプリ『好感度メーター』が一定の数値を示せばハーレムに加わったと判断されます。そしてその一定の数値と言うのが友達以上恋人未満程度でいいのでキスを許してくれれば確実に落とした判定になりますから」
スマホのような物を取り出して、俺に見せながらそんなことを言ってくる。
「だからって、いきなりキスはない。ありえない」
「まさかとは思いますがキスの経験がないからビビっているのですか? そう言うことなら仕方ありません、私がしてあげます」
「しなくいい、むしろしたくない。と言うか、なんでお前とキスしないといけないんだよ。それにお前だって嫌だろ?」
「当たり前じゃないですか、にに様とするくらいなら野良猫としたほうがマシです」
そこでも俺は野良猫以下なのか……。
いつも通りの飛月の毒舌に軽くダメージを受けながらも話を元に戻す。
「キス以外に好感度の上げ方はないのかよ?」
「そうですね、基本は挨拶からじゃないですか? 私もよくわかりませんけど」
「実質打つ手なしか、困ったな。攻略面はお前頼りだっただけに面倒なことになりそうだ」
「……仕方ありません、主であり、兄であるにに様にそう命令されては本当に仕方ありません。明日は日曜で学校も休みですので月曜までには好感度の上げ方を勉強しておきます」
「それは助かるが、なんでアニメのBDを両手に持ってるんだ?」
「これが私の教材ですから」
どうやらアニメから好感度の上げ方を学ぶらしい、たしかに今飛月が持っているBDのパッケージを見る限り恋愛物のようだが。
「アニメなんかの知識が役に立つわけねえだろ、今日だって失敗してたし」
「なんかとはなんですか、それに今日のはちゃんと大空にぶつからない、にに様が悪いだけで、私の作戦自体は上手くいっていました」
「高さ6メートルから55キロの重りが不意に落ちてきて、それが頭にでも直撃したら普通死ぬぞ」
「大げさですよ、それに私なら受け止められます」
「魔界ならともかく今の俺たちは人間として生きてるんだぞ、いくらお前でも絶対に無理だろ、仮にもお前は女だしな」
「それなら試してみればいいじゃないですか、現状で正確に再現するのは無理ですが、この部屋は2階ですし、ベランダから思いっきりジャンプして平地に飛び降りればある程度の高さは再現できると思います」
「たしかに出来なくはなさそうだが、もう日も暮れてるし、なにより面倒なんだが」
「そうですね。たしかにこのままただやるのではモチベーションが上がらないのは同意します、なので私がにに様を受け止めきれなかった場合、この私が罰ゲームをすると言うのはどうですか?」
「罰ゲーム? 具体的にはなにをしてくれるんだ?」
「そうですね……、お兄ちゃん大好きプレイとかどうですか?」
その提案を仮に受け飛月に罰ゲームをさせたときのシミュレーションしてみる。
『にに様~、朝ですよ起きてください、もう、早く起きないと一緒に寝ちゃいますよ』
『えへへ、今日はにに様のために張り切ってご飯作ったのですよ』
『美味しいですか、よかった~にに様に喜んでもらって、えっと、その――頑張ったご褒美に頭なでなでしてほしいな』
「――却下、どう考えても俺への罰ゲームにしかならない」
シミュレーションした結果、全然嬉しくない、むしろ気持ち悪い。
妄想上のセリフも可愛い小柄な女子が頬を少し赤らめながら、笑顔で言っていたならたしかに可愛いだろう。だが実際飛月がこの罰ゲームを実行したとすれば、高身長の飛月がいつも通りの無表情+平坦な口調で機械的にさっきのセリフを言うのを想像すれば怖すぎる。
「それなら、私とデートができると言うのはどうですか?」
「却下、大体デートって、俺たち住んでるところも同じなら通ってる学校まで同じなのにわざわざデートをするのもおかしいし、何より俺とデートするのが罰ゲームだっていうことを俺が認めることになるが嫌すぎる」
「わがままですね、……それじゃあ、にに様の命令をなんでも1つだけ聞くと言うのはどうですか?」
そもそも俺とお前は主従関係なんだが……、まぁ、普段俺の命令なんてほとんどまともに聞かない飛月を懲らしめるにはちょうどいいかもな。
「ちなみにお前が俺を受け止めたらどうなるんだ?」
「そうですね……、ちょっとしたラブコメが始まります」
「(なにも始まらねえよ、つまり俺はノーリスクってことか)よしっ、それじゃあ早速やるとするか」
ベランダに出てしばらくすると、飛月が真下にやって来たので俺は飛月に向かって思いっきり飛び降りた。
飛月は俺を受け止めるどころか華麗に俺を避けた結果、俺は本日2回目のめり込みを決めることになってしまう。
「お前、なんで避けるんだよ!」
「反射的に触りたくなくて」
「じゃあ、なんでやるって言い出したんだよ!?」
もうホントなんなんだこいつ、ただ単に俺が地面にめり込んだだけでなにも面白くもないし、なんの意味もない。
今までのやり取りで消費した体力と時間を返せ。
「理由はどうあれ、私は失敗してしまったので、罰ゲームを受けないといけないようですね」
ああ、そうだった。この罰ゲームで地面にめり込んだぶんくらいは飛月に働いてもらわないと本当になんの意味もない時間になってしまうんだが、そうは言っても特にしてほしいこともない。
「(つーか、こいつ絶対服従の罰ゲームを受けるよりも俺を受け止めるのが嫌なのかよ、どんだけ嫌われてるんだよ俺)」
「何をもたもたしているのですか、もしかして思いつかないのですか? まぁ、トリプルDのにに様のことですからどんなに悩んで罰を考えたとしても、どうせ大したものではないのでしょうけど」
今から絶対に拒絶できない命令を下されると言うのに、なんだこの余裕に満ちた態度は、物凄く馬鹿にされてる。いや、馬鹿にされてるのはいつものことか、特にしてほしいこともないし主としての余裕として『別になにもしてほしくないからなにもしなくていい』と言うつもりだったがここまで言われて、なにも命令せずに終わらせられない。
してほしいことはないがせめてこの余裕の表情を崩せるような精神的にダメージを与えられるような罰ゲームを……。
「そうだ! ふふふ、思いついたぞ飛月、そんな余裕な態度を取って俺を挑発したことを後悔するんだな」
「なんですか、この私を辱めるいい罰でも浮かんだんですか?」
「ああ、この罰ならいつもクールぶってるお前にもダメージを与えられる」
向かい合っている飛月に近づき、飛月の左肩に自分の右手を置いた。
さすがに付き合いが長いだけあって、どうやら飛月の奴も俺がなにを考え付いたのかがわかったようで、屈辱さから少し俯いて目を逸らしている。
「おい飛月~、とりあえずアイス買って来いよ~」
いつかの仕返しとばかりに俺は飛月に対しヤンキー風の煽り口調でそう命令した。
まさか、自分が言ったことを返されるとは思ってないだろう。それに今回は冗談じゃなく絶対服従の命令なので、命令に従いアイスを買ってこなければならない。
これほどの屈辱があるだろうか、策士策に溺れるとはこのこと。
悔しい思いをしているだろうと思いながら飛月の顔を見てみると、ため息をつかれる。
「あれだけ考えてその程度ですか、さすがはトリプルDですね」
「な、なんだ、負け惜しみか? 本当は悔しいんだろ? 無理して強がらなくても――」
「私からしてみれば男であるにに様が女であるこの私に、この状況で何故その程度の罰にしたのかが理解できません。もっと他に……いえ、もういいです。にに様がトリプルDだけではなくチキン野郎だと言うことも再認識しましたから」
俺の言葉を最後まで聞かずに呆れながら失望したかのようにそう言うと、俺の手を払って背中を向けた。
「おい、どこ行くんだよ?」
「何を言っているのですか、アイスを買いにコンビニに行くに決まっているじゃないですか、にに様の命令では?」
「いや、そうだけど、もう日も暮れているし、一応俺も一緒に行くよ」
「……それじゃあ本末転倒だと思いますけど、それにその心配には及びません。私を普通の女子と同じように扱う必要はありませんから」
「(まぁ、飛月に勝てる奴がそうそういるとは思えないか)お前がそう言うなら……気をつけて帰って来いよ」
「私は別に見た目だけ成長しているロリキャラじゃないのですよ、そんな不必要な心配されても嬉しくありません。それに――にに様が一緒に来てくれるのなら、それこそ私にとっての罰ゲームになってしまいますから」
「そうかよ、だったら俺と手を繋いでコンビニにアイスを買いに行くとかにしておけばよかったな」
「もし、そんな命令をされていればきっと土下座をしてにに様の足を舐めてでも、許しを請いたことでしょう」
「それは惜しいことをしたな。仮にそれでも俺が許さなかったらどうするんだ?」
「そうですね、きっと泣きながら命令を実行し、命令を完遂した後、にに様と繋いでいた手をちょん切るでしょうね」
「やっぱ、お前は俺のことが嫌いすぎるよな?」
「そうですか? ふふっ、そうかもしれませんね」
アパートの外で俺は飛月とそんな会話をしたのち、飛月がアイスを買って戻ってくるのをリビングでアニメを見ながら待つこと1時間、徒歩数分のところにコンビニが存在するってのにまだ帰って来ないなんて、なにかあったんじゃ――。
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