ハーレム作りは超不安
コメディー要素多めのハーレムラブコメですので少しでも笑ってもらえたら幸いです。
タイトルから見てわかるように俺ことフェル・カーモントは次期魔王である。
魔界の頂点に君臨する魔王の息子であるこの俺が、何故人間(男子高校生)の姿をして、2LDKのボロアパート(家賃6万)のリビングで、黄色い髪をした馬鹿女(言いたくないが美女)と一緒に日常ラブコメアニメを見ているのか、と言う辺りから説明しないといけないだろう。
話は人間界の時間にして約2週間前に遡る。
次期魔王候補筆頭(つまりは正統後継者)である俺が正式な魔王になるためには親父から定期的に出される魔王適正試験に合格し続けなければならない。もっとも、試験と言うのは名ばかりでほとんど嫌がらせに近い。1つ2つわかりやすい例を挙げるなら、魔王になるにはワイルドさが必要とかなんとか言ってカブトムシの幼虫を生きたまま食べさせられたり、魔王になるためにはタフさが必要だとか言って富士の樹海の中心に放り出されたり、勿論、今のはわかりやすい例えであって、本来の試験の内容はもっとエグイ。
そんな試験(嫌がらせ)を突破してきた俺に新たな試験が告げられた。
以下【魔王と俺】つまりは父と子の会話である。
「魔王たるもの男の魅力がなければならない。故に今回の試験の内容は人間界へ行き、人間に紛れ、人間の美少女たちを魅了し、美少女ハーレムを作ること。試験名は題して『魔王様の命令で人間界へ行き美少女ハーレムを作ることになってしまった可哀想な俺』」
「なに言ってんだ、この馬鹿親父(はっ、承知いたしました。魔王様から出された試験、必ず達成して見せます)」
「……えっ? っちょ、口に出すべき言葉と心の声が逆になってない? 今お前の目の前にいるのは尊敬すべきお父さんだよ、畏怖すべき魔王様だよ?」
「知ってます。血の繋がっていない義理の父親とかならまだマシだったのに」
「もはやそれ、心の声でもなくてただの悪口になってるから! せめて()で閉じよう! ()に閉じて心の中に閉まっておいて!」
そんなどうでもいい会話があったあと、勿論、わざわざ人間界へ行ってハーレムを作れとか馬鹿なことを言う親父に抗議はしたんだが、『魔界でお前のことを知らない者はおらん、つまりお前の魅力ではなく次期魔王という肩書きに女共は寄ってくる、だからお前の魅力を正確に測るためにはお前の身分を知らない人間界へ行くことが必要なのだ』とか最もらしいことを言われ、仕方なく人間界のこと、そして飛ばされる先である日本国についての軽い予習を終えて、満を持して一昨日、魔界から人間界へ繋がっているゲート(一方通行)を使いたどり着いたというわけだ。
そしてこの部屋がハーレム作りの拠点として親父が用意したアパートなんだが用意したと言っても魔王の力で作ったとか、そう言うんじゃなくただ単に俺の名義で一部屋借りただけ。
その部屋で俺がこっちに来るのを待っていたのがこの黄色髪の美女であり、俺の侍女(メイドと言うか使い魔)である。
彼女の名はツァイル。彼女のことについての軽く説明したいと思う。
ツァイルがここにいるのは勿論、こっちにいる間、俺の身の回りの世話をするためだ。
部屋の清掃や日用品は勿論のこと家具を買い揃えさせるために1週間前からこっちへ送り込んでいた。もう生活する準備は万全だろうと思いながらチャイムを鳴らしたのが一昨日のこと。
そのときに交わされた会話はこんな感じだった。
「――いや、新聞ならいらないんで」
ドアの向こうから聞き慣れた覇気のない平坦な声が聞こえてくる。
どうやらさっき押したチャイムに対しての反応らしい。
「新聞の勧誘じゃねえよ。俺だ俺、さっさと鍵を開けろ」
「オレオレ詐欺ですかぁ? いまどきそんなのじゃあ、ジジババ共でさえ騙されませんよ」
1週間程度でもう人間界に染まってやがる。
「(ったく、順応早すぎんだろ)俺だよ俺、フェル・カーモントだよ。お前の主で次期魔王のフェル・カーモントだ」
「っふ、どこでフェル様の名を知ったかは知りませんが、残念でしたねぇ、フェル様の到着は明日となっています。よって今ドアの前にいる貴殿はフェル様の名を語る偽物と言うことになります」
いや、たしかに予定では明日になっていたけど、魔界でやることもなくなったから予定より早く来ただけなんだが――。まぁ、俺たちの立場上正体を隠して人間たちに紛れないといけないから必要以上に警戒することは悪いことじゃないか。
「どこの馬の骨かは知りませんが――。まぁ、大方この私の豊満ボディを狙う変質者と言ったところでしょうが、騙せなくて残念でしたね」
「お前が豊満ボディだって言われるなら世の中の女性はどれだけ救われるだろうな」
「……それは、私が残念なスタイルということを皮肉っているのでしょうか? いえ、まさか、そんなこと――」
「いや、皮肉ったんだけど」
「表出ろや! この粗○ン野郎!!」
さっきまでのクールボイス+丁寧な口調から一転、悪魔も逃げだすほどの荒い声でそう怒鳴りながらドアを思いっきり蹴り開けてくる。
「表に出たのはお前だけどな、ツァイル」
「黙れ、この粗○ンが!」
「!!!!!」
ありえねぇ……、こいつ、主の股間を蹴りあげるなんて、ありえねぇ。
怒りのせいで普段の冷静さを失っているのか目の前にいる俺が誰なのかわからないまま、俺の股間を思いっきり蹴り上げてきやがった。
いくら次期魔王の俺でもこの展開は予想外だった。
だってそうだろ、普通ドアの前にいたのが自分の主だってわかったら『先ほどは失礼なことを――』みたいなことを言ってしおらしくなるはずなのに、この女ときたら全力で一切の容赦なしに急所を狙ってくるなんて、女のやることじゃない。
「あれ、この顔どこかで……、どことなくフェル様に似ているような気が――、いや、私の主であるフェル様がこんな質素な廊下で股間を抑えながらのたうち回っているはずないですね、仮にも次期魔王ですし」
「仮にも次期魔王の股間を容赦なく蹴ってんじゃねえよ、この馬鹿女が」
全く引くことのない痛みに悶絶しながら、絞り出すように言い返す。
「ほぉ、この容姿端麗、眉目秀麗に見えるこの私を馬鹿女呼ばわりするなんて、この世ではあなたが1人目ですよ、おめでとうございます。もしかして次期魔王になれる才能があるのかもしれませんね」
「結局次期魔王止まりなのかよ。ったく、さっきから言いたい放題言いやがって、そろそろ俺がフェル・カーモントだって気づけ馬鹿――女?」
ようやく股間の痛みが治まりなんとか立ち上がって、始めてこっちでのツァイルと対面してみて言葉を失いかける。容姿がおかしい。
むかつくほど綺麗な黄色い髪で、こうして正面から見ると一見ショートカットに見えなくもないが首の後ろ辺りで髪を束ねているからそう見えるだけで実際の長さは腰の辺りに届くほど長い。ガラスの向こうに見える瞳は藍色で若干吊り上がった攻撃的な目つき、鼻筋の通った端整な顔立ちは無駄に真面目で自分に厳しく他人に厳しい、そんな嫌われ役のクラス委員長のような顔つきはまさにさっき自分でも言っていた通り、自他ともに認める眉目秀麗だと言える。ある一部分を除くことが前提だが、女子たちが憧れるであろう抜群のスタイル、身長は約170センチ、腰はしっかりとくびれ、足が異様に細くて長い、冬服を着れば向かうところ敵なしの抜群なスタイル。それだけでもクールビューティと言われるだろうに縁なしの眼鏡までかけているから、結果として容姿はいいのに性格がキツイ、クラスの委員長に落ち着いてしまう。
正直言って、ツァイルを褒めたくはないんだが、スタイルに関してだけはもう認めざるを得ない。ただ、ただ一点だけ馬鹿にできるところがあった。そう、過去形になってしまったのがおそらく違和感の正体だ。
魔界にいるときは少し太った男くらいの胸しかなかったのに今正面にいるツァイルにはジャージの上からでもはっきりとわかる大きさの胸がついていた。
「あれー、もしかして本物? えー、どうしてこんなところにフェル様がー(棒)」
薄々わかってはいたが、こいつ最初から俺だってわかってやがったな。
「(いや、今はそれより……)」
「ん? 固まってどうかしたのですか? まさかとは思いますが、私の胸を見ていたのですか? いやらしい主ですね。しかし、これだけ魅力的な胸が目の前にあれば見てしまうのも仕方がありませんけど」
胸を押し上げるように胸の下で腕を組んでわざとらしく胸を強調してくる。
「フェル様が土下座して『その大きな胸をこの豚に揉ませてくださいブヒィー』って言うのでしたら一回だけ揉ませてあげますよ、特別に」
「……もし、俺が本当にそれを実行したらどうなる?」
「使い魔の胸揉みたさに惨めな言葉を口にしながら土下座をする次期魔王として、魔界の歴史に名を残すと思いますよ。よかったですね、歴史に名を残すなんて男としてこれ以上に無い名誉ですよ」
「そんなもん汚名以外のなにものでもねえだろうが!」
それに俺だけじゃなく、次期魔王に土下座させた使い魔としてお前の名前も載るだろうよ。
「まぁ、色々聞きたいことがあるからな、とりあえず中に入れさせろ」
「『中に入れさせろ』なんて、昼間からなに卑猥なことを言っているのですか? 私をそこら辺の尻軽女子大生と一緒にしないでください」
「今のが卑猥に聞こえるお前のほうがよっぽど卑猥だ。あと健全な女子大生に謝れ」
「健全な女子大生なんてこの世にはいないのでその必要はありません、どうせ昼間から援○しているのですから」
「女子大生に対しての偏見強すぎだろ、ったく、ほら、どいてどいて」
「女子の部屋に強引に入るなんて、警察沙汰ですよ」
「この部屋は俺の名義で借りてるんだから俺のものなんだよ。あとその容姿で女子とか言ってんじゃねえよ、苦しいんだよ。女子高生役でAVに出てる年増並に苦しいんだよ」
「なにを言っているのですか、それが逆にいいのではありませんか、それに私とフェル様は同い年で年増と呼ばれる筋合いはありません」
「お前の場合はその容姿のせいで少し老けて見えるから、女子って言われると違和感が半端ないんだよ」
「大人っぽいと言ってください、それに私が大人っぽく見えるのではなくフェル様が年相応と言うより見た目相応の童顔だからそう見えるだけではないのですか?」
「おい、見た目相応って、まさか身長のことを言ってんのか、そうなんだな!?」
俺の身長は166センチ(自称170センチ)次期魔王なのにこの低身長のせいで威厳がないと陰で言われ続け、自分でもコンプレックスなことは自覚しているんだが伸びないものは伸びないんだから仕方ないと、諦めがつくはずもなく今も気にしている。
「魔王様が開いたゲートを通った際に人間らしく容姿が変わることは知っていましたが、フェル様に至ってはただの生意気な中学生みたいな容姿ですね。しかも人間らしくなったせいで背が縮んでいるとか顔が変わったと言うわけでもないところが余計に悲しいですね」
「憐れむんじゃねえよ、つーか、お前が大げさに言ってるだけで本当はイケメン男子高校生みたいな顔をしてるんだろ?」
ちょっとした冗談に対してツァイルの奴は無言で手鏡を取り出し、俺に現実を突きつけてくる。
「おい、誰だ、この目つきの悪いクソガキは?」
「残念なことに魔界の次期魔王です」
鏡に映っているのはどこからどう見てもTシャツジーパン姿の髪色が黒と言うよりはやや紫色で、その髪の間から見える目つきの悪さが特徴的な男子中学生だった。
顔つきは魔界にいたときからこの程度の顔だったし、髪も紫だったからツァイルの言う通りあまり変わっているようには見えない。
そんな会話を廊下でかわしたのち、12畳ほどのリビングに入り、現在の状況確認をお互いに行ったのが次の会話だ。
「随分殺風景なリビングだな」
40インチの薄型テレビとノートパソコンが1台ずつ、柔らかそうなクッション1つ、少し大きめの段ボールが1箱、それがリビングに置かれている全ての物だ。
「私、物をごちゃごちゃ置くのは嫌いなので」
「いや、いくらなんでもこれは少なすぎだろ」
「ちなみにごちゃごちゃ言う男も嫌いです」
「うるせえよ、聞いてねえんだよ、そんなどうでもいいことは、ったく、(家具は後で買い揃えに行くしかねえか)それで、この段ボールにはなにが――」
呆れながら、部屋の隅に置かれている段ボールの中を見てみるとアニメのBDがギッチリ積み上げられていた。
「おい、まさかとは思うが、サボってこれを見てたから家具をちゃんと揃えられなかったとか言わねぇよな?」
段ボールの中身を指差しながら一応確認を取る。一応だ、一応。だって俺は次期魔王だよ。次期魔王から『俺が来るまでに拠点(部屋)を整えておけよ』って命じられてここに送られた使い魔が、その命令をおろそかにしてアニメのBDを見ていたなんてあるわけがない。
俺の使い魔がそんなに馬鹿なわけがない。
「ふざけないでください、命じられた仕事をサボってアニメを見るなんてありえません」
「だ、だよな、いくら俺のことを微塵も尊敬してないお前でもそれはないよな」
「はい、私はアニメを見るために仕事をサボっただけです」
「それって意味的に同じだろが!!」
「違います『仕事をサボってアニメでも見る』と『アニメを見るために仕事をサボる』では覚悟の強さが違います」
「それって、俺の命令よりアニメのほうが優先度高いってことじゃ――」
「当たり前です」
「即答!? せめてもう少し申し訳なさそうにしろや!」
俺の使い魔は馬鹿だった。
食い気味に自信満々でそんなことを言う姿を見れば冗談に見えなくもないんだが、こいつの場合はこれが本音なんだよなぁ。
次期魔王の命令をこんなに堂々と無視する使い魔なんてこいつ以外に存在しないだろうな。まぁ、それがツァイルらしいと言えばそうなのかもしれない。
丁寧口調ではあるが主に対して容赦のない暴言、主に対しての敬意や尊敬、忠誠心なんてものは存在しない。それが俺の使い魔であるツァイルらしさ。
こんな使い魔が側にいるせいで次期魔王としての威厳も糞もないんだが、ツァイルとは主と使い魔の関係以前に幼馴染でもあるから、それは別にいいけど。
「この調子じゃ、日用品も揃ってなさそうだな」
「サボっていたとは言っても私は有能なので日用品ならちゃんと買い揃えてあります」
「本当だろうな?」
「はい、サボリながらも仕事をこなすデキル女ですから」
「あー、普段勉強してないくせにテストでやたら良い点を取るムカツク奴ってことか」
「普段から必死になっているのに点数の低い本物の馬鹿から妬まれるのもデキル女の宿命ですから」
俺の嫌味を全く気にせずにしたり顔でそう言ってくるその姿を見るとなんて言うか、いっそすがすがしい。
軽く部屋を見て回ったがツァイルの言う通りとりあえず日用品は揃っているようだし、ここを拠点としてしばらくは生活していけそうだ。
リビングに戻ってみれば、胸の辺りにクッションを敷きながらうつ伏せ状態のツァイルがテレビを見ていた。
「主の前とは思えないほどのリラックスモードだな?」
足をゆっくりバタつかせあまりにもリラックスしていたので、俺はツァイルの横に座りながらそんな嫌味を言ってやる。
「いいじゃないですか、有って無いような主従関係こそ、私たちの売りだと思いますが」
「俺にとってなんの旨みもない売りだな」
「有って無いような関係、つまり私たちは有耶無耶な関係ってことです」
「言葉の意味的には間違ってないが、それだと俺がいい加減な奴だと誤解されるだろうが」
「ではフェル様は他の主と使い魔たちの関係のような固い主従関係がいいと? 随分今更ですね。しかしフェル様がそうしろと言うのなら私は嫌々それに従うだけです」
「(嫌々なのは隠さないのかよ)別にそう言うわけじゃねえよ、ただ言ってみただけだ」
「そうですか、それはよかったです。私、今の関係――結構気に入っていますから」
俺のほうを軽く見上げ微笑んできたツァイルの表情はどこか色っぽくて可愛――、っていやいや相手はツァイルだぞ、見た目こそ美人だが、それだけなんだ。正気に戻れぇ。
「なにせ、こんなゆるゆるな主従関係で給料もいいですからね」
こいつのことを少しでも可愛いとか思った自分が憎い。
やっぱりツァイルはツァイルか、それにしてもツァイルなんかにドキドキするなんていったいどうしたんだ?
今までこんなことは1度としてなかったのでなにが原因かと考えてみたが、どう考えてもクッションの上に乗っているあの柔らかそうな2つの山のせいだ。
「なぁ、お前、その胸どうしたんだ? 拾ってきたのか?」
「道に胸が落ちていたのでそれを拾って自分の貧相な胸にくっつけたと本気で思っているのですか? くだらない冗談は止めてください。私の胸は最初からこんな感じでした」
「そっちのほうがくだらない冗談だ」
魔界にいたときのツァイルの胸はたしかに小さかったはずだ。外見で唯一のコンプレックスだったから貧乳だということを相当気にしていたはずなのに今は巨乳とは言えないまでも女性として主張するには十分な胸があった。
「お前はもっと貧乳だっただろうが」
「はい? この私の胸が貧乳? そんなはずありません。私の胸は生まれたときからCカップです」
「そんなわけないだろうが! もしそれが本当だったら怖すぎるわ!」
立ち上がり胸を強調しながらそんなことを言ってくるツァイルだったが、勿論そんなわけもないので、俺は証拠になるであろう1枚の写真をメモ帳から取り出す。
「ほら、この写真はお前が魔界にいた頃の――」
そこまで言うとツァイルは俺の手から素早く写真を奪い、ビリビリと破き始めた。
「あっ、なにしてんだ!?」
「証拠隠滅ですけどなにか?」
「こんな堂々した証拠隠滅があってたまるか!」
つうか、これは厳密に証拠を隠滅しているとは言えないだろ、こんなことをしている時点で、すでに自分は犯人ですと言っているようなもんだし。
「大体、なんで私の写真を持ち歩いているのですか?」
「は? 別に大した理由はないけど、駄目なのか?」
「はい、気持ち悪いです」
容赦ない言葉をジト目で投げかけてくる我が使い魔。
言っておくが俺はMではないので、ツァイルの言葉を言葉攻めとして楽しめないし、むしろ時と場合によってはイラッとするんだが、初めて会ったときからこいつはずっとこうだったから今ではもうこれがこいつの個性だと思って半ば諦めている。
「わかった、わかった。これからはお前の写真は持ち歩かない、それでいいだろ。それよりその胸のからくりを教えろ」
「なんですか、さっきから胸のことばかり、そんなに気になるのですか? さすがは女性を胸でしか区別できない変態フェル様ですね」
「いや、平地にいきなり山が現れたら普通気になるだろ?」
「……今の発言で言いたくなくなったのですが、どうあっても聞きたいようなので仕方ありません、ネタばらしをしましょう。ゲートを通る際、人間界に順応できるように体を人間化することは知っていますよね」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「事前に設定さえしておけば、ゲートを通る際にその設定通りの姿に体が変化させることが出来るのですよ」
「それじゃあ、人間化する際に設定として胸を盛ったってことか?」
「はい、そうです」
聞いてしまえばなんともつまらない話だな。
「そんな便利なことが出来るなんて知らなかったな、誰から教えてもらったんだ?」
「魔王様ですけど?」
「なんであの親父はそういうことを俺に教えねえんだ!」
「その理由はわかりませんが、推測としてフェル様が色々盛った設定すればこの試験の本来の意味がなくなってしまうからだと思いますよ。フェル様の外見設定は魔王様が調節していましたから」
「えっ、そうなのか? だったら、もう少しイケメンに設定してくれれば楽だったのに」
「むしろキモブサデブの三重苦に設定されなかっただけマシなのではないのですか?」
そう言われればそうか、超ハードモードでハーレムを作らないといけない可能性もあったと考えれば親父の奴、魔王ではあるが鬼ではないらしい。
「まぁ、そうは言っても今のフェル様でも十分厳しいと思いますが」
「お前に指摘されなくてもそれくらいは知ってんだよ。ハーレム作りなんてふざけた試験だが、一応は魔王になるための試験だからな。それなりに苦戦はするだろ」
「……自覚しているようでなによりです。そろそろこれからのことを話したいのですが」
「ハーレム作りのことだな、つってもこっちの知識はある程度学んできたが、この島についてはなにも知らないからな。まずは情報を集めるところから始めるべきだろう」
「いえ、それについては私があらかた終わらせてあるので報告します。この島の名前は戦島人口1万人程度でその多くが魔術師や魔術師を目指す学生、またはその者らを支援する人々で占められていますので――」
「っち、ちょっと待て! 今お前魔術師がこの島にいるとか言わなかったか?」
「いるどころか、この島は魔術師だらけですよ?」
「はあああ!?」
「なんでそんなに驚いているのですか?」
「驚くに決まってんだろ!? 魔術師って言ったら俺ら魔族と長年敵対してる人間たちのことじゃねえか、敵だぞ敵」
「それくらい知っています」
「知ってるならなんでそんな冷静なんだよ! 俺らは今、敵の本拠点に孤立無援の状態、つまりはいつ殺されてもおかしくないんだぞ」
「私たちが魔族だとバレなければいいのです、そのためにこうして人間の姿になっているのではないですか?」
「つっても、右を向いても左を向いても魔術師だらけなんだろ? すぐにバレるだろ?」
「大丈夫です。私たちが魔族だとばれないようにこうして手をうっておきましたから」
ツァイルはどこからか1枚の紙を取り出し、俺に見せてくる。
「住民票?」
「はい。この国、この島で人間として生活をするのなら必須のアイテムです。各項目は事前に書いて登録しておきましたので、内容の確認しておいてください」
「(日用品のときもそうだったが、案外ちゃんと仕事をしてたんだな、こいつ)え~と……、この名前の欄に書かれてるのは誰の名前なんだ?」
「フェル様の名前ですよ。雉 王真と読みます。日本で生活する以上は日本人らしい名前がいいと思い私が考えたのですが、いい名前だと思いませんか?」
「いい名前かどうかは置いておくとして『次期魔王(じき、まおう)』の文字を並び替えただけの手抜きだろ、この名前」
「まさか! こんな簡単に看破されるとは……」
「(これくらいのことで驚かれるなんて、こいつ俺のことをどんだけ馬鹿だと思ってるんだ)それで、お前のほうのこっちでの名前はなんて言うんだ?」
「私ですか? 私は雉 飛月ですけど」
「……聞きたいことが2つある、まずなんで苗字が同じなんだ?」
「単純な話、世間体を気にした結果です。性別上私とフェル様は異性ですから若い異性が1つ屋根の下と言うのはどうかと思ったわけです、しかし兄妹と言うことなら問題ないと思い兄妹と言う設定にしました」
どうせくだらない理由だと思っていたが、意外にまともな理由で少し感心してしまう。
たしかにツァイルの言う通り、兄妹と言う設定のほうが色々と都合がいいのはたしかだ。
それにしても兄妹かぁ、見た目的には姉弟なんだろうが、一応身分的なものがあるからツァイルなりに気を使って俺を兄にしたんだろうが、逆に辛いな。設定上とは言え妹に身長で負けてるってのは。
「たしかにそのほうがいいか、それじゃあもう1つのほうだが、なんで飛月なんて名前にしたんだ?」
「名前を考えていたとき、たまたま見た月が綺麗だったので『あの月まで飛んでいけたらいいのに』と思ったので飛月と言う名にしました、どうです? カッコイイでしょう」
理由は単純に見えるが、無駄にロマンチックなところがイラッとする。他にも言いたいことはあったが、確認しないといけない項目が多いから突っ込むのは止めておくか。
本当は『その理由なら月飛にすればいいのに』とツッコミたかったが、あえて言わずに『あ~、カッコイイな~羨ましいよ(棒)』と言って流し、こっちでの雉 王真としての設定に目を通す。
年齢は16歳、家族は妹のみで、海外からの帰国子女と言う設定らしい。
「16って言っても、まさか学校に通うとか言うんじゃないよな?」
「当然通います。攻略対象を恋に落としハーレムに加える女子の条件は『美少女且つ魔術師である』なので美少女魔術師が沢山いるであろう対魔族用魔術師養成学校に入学したほうがいいと思いまして転入手続きもすでに終わっています」
「……攻略対象が魔術師限定なんて話、今はじめて聞いたんだが?」
「わざわざこんなところに来て普通の女子を攻略するとでも?」
言われてみればそうだけど、敵である魔術師に近づくこと自体危険だって言うのに、ハーレムを作るなんて難易度高すぎだろ!
「つまり俺たちの周りは敵だらけで、いつ殺されるかわからない状況の中、敵である美少女魔術師を期限内に2人以上攻略してハーレムを作らないといけないってことか?」
「そうなりますね。試験開始は3日後、それから1ヶ月以内に美少女たちを攻略しハーレムを作り、その証拠として魔王様から渡されたこのカメラで美少女魔術師たちと一緒に撮った写真を魔王様に送ることが、今回の試験のクリア条件です」
「そんなもん、無理に決まってんだろうが!」
こっちは魔界にいたときでさえ、異性と付き合ったこともないどころか、一緒に写真だって撮ったこともないこの俺にこの条件は厳しすぎるだろ!
「まぁ、たしかに童貞には厳しい条件ですね」
「主に童貞とか言ってんじゃねえよ」
「それではトリプルDと言い換えましょう」
「どうせろくでもないことだと思うが一応聞いてやる。それはどういう意味だ?」
「『どうしようもない、鈍感、童貞野郎』略してトリプルDです」
「童貞以上の悪口だよな、それ」
「いいじゃないですか、事実なのですから」
ぐうの音も出ないとはこのことか。次期魔王になるために必死であれやこれやと修行しているうちに時は流れてしまい、女子と手も繋いだことのない次期魔王(人間年齢で16歳)が誕生してしまった。
そんな俺がハーレムを作りに挑戦するのだから、どれだけ無謀なことをしようとしているのかなんて改めて言うまでもない。
「まぁ、とにかく魔王様的にはこの過酷な状況の中、敵である魔術師を恋に落とすなんて無茶なことを成功させることによって魔王としての適性を見ようとしているのだと思います、なのでこの試験をクリアすれば一気に魔王様の評価も上がるはずです」
「そうは言ってもなぁ、攻略対象に正体がバレて殺される未来しか見えねえよ」
「私たちは完全な魔族です。人間に馴染むためにリミッターをかけ、魔力をある程度封じていますが、いざとなればこの状態でも魔術師如きに簡単には負けないはずです」
ツァイルの言う通り俺たちは上位魔族だから簡単にはやられないだろうが、さすがに2人じゃ数的不利で確実に殺される。
「ある程度抵抗できるとは言っても、普通自分の息子を敵の巣窟に放り込むか?」
「なにせ魔王様ですからね。崖から子供を落とす程度ではないと言うことでしょう」
この島が魔術師だらけだとか、攻略対象が魔術師限定だとか、重要なことは伏せられていたし、もうここまで来るとあの親父、俺に魔王の座を継がせる気がないんじゃないかと勘繰るレベルだ。
「ちなみにこちらから魔界へ帰るためのゲートは開けませんので、魔界に帰る手段は魔王様からの試験をクリアし、魔界側からゲートを開いてもらえないと帰れません」
「もし、失敗したらどうなる?」
「さぁ、それは聞いていませんでしたが、2度と魔界には戻れないとかそんなところだと思います」
「まぁ、そんなところだろうな。そうなったら、いつまでも正体を隠し通せるわけもないし、近いうちに魔術師たちに殺されるんだろうな」
つまり、ハーレムを作れなければ死ぬってことか、今までの試験の中でも今回の試験は飛び抜けた嫌がらせだ。
「……もう、こうなったらやるしかないな、こっちも命懸けだ。ハーレムでもなんでも作ってやる!」
「フェル様もやる気になったようですし、これから本格的な今後の計画について話したいと思います」
「なんだ、なにかいい作戦でもあるのか?」
「私は低能なフェル様と違い知略に富んでいますからちゃんと作戦を考えておきました。名付けて『ハーレム作りなんて女子を敵に回すようなことはしたくないんだけど、仕方なく、本当に仕方なくハーレムを作ることになってしまった可哀想な俺』作戦です」
「そういう長ったらしいタイトルつけるの今流行ってんの!?」
しかも最後の『可哀想な俺』ってところ親父と全く同じセンスじゃねえか、そんなに俺を可哀想にしたいのか!?
「いえ、ただ単に可哀想に見えるので」
「心の中を読むんじゃねえよ! しかもただ可哀想に見えるって普通に悪口言われるより傷つくわ!」
「気に入りませんか、3日間寝ながら考えた素晴らしい作戦名だと思ったのですけど」
改めて言うまでもなくツァイルは基本的に馬鹿だ。
最も自分でも言っていた通りツァイルの種族は知略に長けているから頭の作り自体は魔族の中でもトップクラスなのは間違いないんだが、その頭の使い方が間違っているって言うか、方向性がずれているって言うか、簡単に言えば頭がいいのにどこか抜けている残念な奴と言ったところだ。
使い魔とは言え、これからここを拠点にハーレム作りをしていくにあたってはパートナー的な存在だが、こういう発言を聞いていると連れてくる奴を間違えたのかもしれない、なんて思ってしまう。
俺のそんな思いも知らずにツァイルの奴は「こっちのほうが良かった? いやこっちのほうが――」などと新たな作戦名について独り言をブツブツと呟いている。
そんな姿を見て、緊張の糸が切れたのだろう。小便がしたくなりトイレへ向かう。
これからの不安とパートナーの馬鹿さ加減にため息をつきながらトイレに入り、用を足そうとズボンのチャックを下げ取り出そうとして初めて気づく。
いつもは簡単に出てくるのに姿を見せない、と言うか頭すら出てこない。
「(あれ、おかしいな)」
仕方なくズボンを下ろし、パンツを下ろし、確認して見ると想定外のことが俺の身に起きていた。
「え、えぇぇぇぇぇ!!」
思いっきり驚きの声を上げたのだが、ツァイルの奴は様子を見に来ようともしないので、仕方なくズボンとパンツを上げてリビングへ走る。
「ツァイル! ツァイル!」
「なんですか、騒々しいですね。トイレに美少女のお化けでも出たんですか?」
「そんなレベルじゃねえよ!」
「じゃあ美少女神様でも現れたのですか? 神様くらい殺すか手籠めにすればいいだけでしょうに、まったくそれくらいで顔を真っ青にしているなんて次期魔王のくせに相変わらず肝が小さいですね」
「神様も出てねえよ! ただ、その、肝が小さいわけじゃなくて……あれが小さくなってて」
「あれ? あれってなんですか? ああ身長ですかそれなら心配いりませんよ。フェル様が小さいのは魔界にいたときからです」
「身長じゃねえよ! あれはあれだよ、その……ナニが」
そこまで言ってようやくツァイルは気づいたようで、俺に向かって蔑みに視線を一瞬投げかけ、ため息をつく。
「あのですね。私は今更下ネタ如きで取り乱すほど乙女ではないので別に気にしませんが、だからと言って、下ネタが好きなわけではないのですよ」
「いや、たしかに下の話だけど、ネタじゃねえんだよ! ガチなんだよぉぉ!!」
「……そんな今にも泣きそうな顔で訴えかけられても……いつもなら無視するところですが事態が深刻そうなので、気は乗りませんが事情を聞いてあげましょう」
少々呆れられながら俺の話を聞いたツァイルは少し悩んだあげく1つの答えをだした。
「それはただ単にフェル様のあれが元々小さかっただけなのでは?」
「それだったらこんなに騒いでねえよ! 元の10分の1くらいになってるから驚いてるんだろ」
「10分の1って、それじゃあ今のサイズはミリ単位ということですか?」
「そんなわけねえだろうが! 元のがどんだけ小さいと思ってんだよ」
「それじゃあ今は最長の長さでどれくらいあるのですか?」
「えっと、足の小指くらい」
俺がそう言った瞬間、ツァイルは自分の足の小指に視線を落としサイズを確認してからキョトンとした顔で俺を見てくる。
「えっ、足ですか? 手じゃなくて?」
「手だったらよかったのにな」
哀愁漂っているであろう俺の顔が面白かったのか、俺のナニが足の小指サイズになったのが面白かったのかはわからないが、ツァイルの奴は口に手を当て、頬を目一杯膨らませて笑いを堪えていた。
「おい、なに笑ってんだよ」
「わ、笑って、いませんって、ぷっ」
ついに堪えきれなくなったのか俺から顔を背けて声を抑えながら笑ってやがる。
ツァイルが笑うこと自体珍しいのでなんとなく悪い気はしないが……。
「満足したか?」
「ええ、なんとか治まりました。他に可能性があるとしたら、そうですね……強い衝撃でも受けたとかじゃないですか?」
「強い衝撃ねえ、心当たりなんて――あっ」
「あっ」
俺とツァイルはほぼ同時に心当たりに気づいた。その心当たりは当然同じだろう。
「さっきお前が俺の股間を蹴りあげたせいだ! あのせいで俺のは縮んだんだ!!」
「だとしたら、もう1度蹴れば治るかもしれませんね」
「治るわけねえだろ! これ以上蹴られたら性別の壁を越えちまうわ!!」
「でも大きくはなると思います」
「俺にそんな趣味はねえよ!!」
男として絶望的な状況に膝をつき悲しみに暮れているとツァイルは小さくため息をつく。
「ふざけるのはこれくらいにしておくとして、私が思いついた理由ですが、おそらくと言うか確実に魔王様の仕業だと思いますよ」
「えっ? 親父がなんでそんなことを?」
「人間としてのフェル様の体を設定したのは魔王様ですから、魔王様がサイズを小さく設定したのだと思いますよ。理由のほうは推測ですが『そんなものの力に頼らずにハーレムを作れ』という親心のようなものからでしょう」
「息子のムスコを小さくする親の親心なんて聞いたことねえよ!」
こんな容赦のない嫌がらせをしてくるなんてやはり親父は鬼以上の魔王だ。
「しかし、これで最終手段である体を使って無理やり落とす……みたいなことは出来なくなりましたね」
「なにさりげなく最低なこと言ってんだよ。つうか、追い込まれてもそんなことしねえよ」
「しないと言うか、出来ないのですけどね」
憎たらしい笑みを浮かべてくるのでイラッとしたのだが、今の俺がなにかしようと言う気になるはずもなく、ため息をつくだけだった。
そんなこんなでこの使い魔ツァイル……いや、これからは妹の飛月か、この飛月と敵だらけのこの島で正体を隠しながら、死と隣り合わせの学園生活を送り、ハーレムを作ると言う過酷且つ苦悩に満ちた日常が始まったというわけだ。
それから3日間、俗に言うゴールデンウイーク中は飛月立てた作戦通り、恋愛必勝法を学ぶべく、ずっと飛月と一緒に日常ラブコメもののアニメを見ているというわけだ。
「なぁ、飛月。ずっと思ってたんだが、お前が参考のためにって買ってきた所謂ハーレムラブコメってものを中心にずっと見てるけどさぁ、ちゃんとしたハーレムを作ってエンディングを迎えた主人公を今のところ見かけないんだが」
「それはそうでしょう。だって私、ハーレムend嫌いですから」
こんなことを当然のように言ってしまう飛月とのこれまでのやり取りを見ていてわかるように、俺こと雉 王真は超不安なんだが……。
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