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 第六章 『カメラ・ジェニック』

 芸能界はドロドロした感情に事欠かない世界であるが、それはその花形たる芸能人の皆さまだけでなく、その裏方たちにも該当する話だ。

 私の知り合いにはある歌手の弱みを握って小遣い稼ぎ感覚で彼を脅迫した奴や、某アイドルに対するセクハラで告発されこの世界から追放された奴もいた。

 私自身酒の席で彼らの非道を徹底的にこき下ろし、その行為に対して多大な嫌悪を示していたりもしたし、自分が清廉潔白な人間であるとまでは断言しないにしろ、こんな下劣な犯罪に手を染める事があろうとは全く思っていなかった。

 そんなことを思い出す余裕は、今の危機的情報では残されている訳などなかった。

 ただ私の脳内に渦巻くものはただ一つ、『いかにして罪を免れるのか』、それだけだった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 収録は恙なく始まった。

 司会者は自身も高校教師の経験を持つことで有名なコメディアン、弦野曲正、その隣に近年タレントとしての名声をも高めつつある女子アナウンサーが補佐としてついていた。

 弦野氏が今回のテーマ『Youth』とその意味を、いつもの学年団で一番面白い先生みたいな語り口で解説している。


 「いやー、最近の若いのはね、すごいよね。 すごい技術を持ってるのもそうだけど、やっぱりそれを積極的に発信するってのはとても私みたいなオジサンにはとてもまねできないね。 さて、そんな今回の才能ある若者たちをご紹介しま~す! どうぞ」


 そのコールと完璧にタイミングを合わせて、テレビ画面に投影された映像がアリーナの演台を上から映すメインカメラの物に切り替わる。

 演台の上には一山の人だかり。

 今回のゲストとなる15歳から21歳の若者たちである。

 私たちはその中にはおらず、別室で3Dモデルをかぶって、先に指示された通りカメラに手を振っている。 

 それが中継映像の右上のワイプの中に見える。

 この番組はバラエティー(午後6時から翌日の午前6時)、ドラマなどのVTR系(午前6時から午後4時)、歌のコーナー(午後4時から午後10時)という構成になっている。

 これが終わるとまずトークバラエティー、それからクイズをやる(なんて娯楽的なんだ)為、この場にいる人間(特に私たちのようなテレビ出演の経験がないやつ)の多くは滅茶苦茶緊張している。


 「オープニングオッケーで-す!」


 そうコールが掛かり、再びカメラが切り替わる。

 これより5分間のVTRが挿入される。

 露骨にホッとした空気が漂う。

 第一関門クリアという訳だが、これよりきつい関門はまだ1ダースはある。


 「緊張してる?」


 菰公が小声でそう聞いてくる。


 「中学受験の時より厳しいかもわからん」


 「それはいやね」


 表情が硬い。

 こいつでさえ柄になく緊張しているようじゃ先が思いやられる。


 「次の出番20分後なんで、準備願いまーす」


 大学()たてに見える若いADがいかにも業界人な口ぶりでそう言った。

 私たちはその性質上常にこの部屋での収録となる。

 会津さんがポンジュースのミニボトルを一気に干したのを見て、私も同じようにそれを手にとる。


 「あ~、この味だわ。 美味い」


 「出来たら蛇口から出てきてほしかったな。 それなら松山に来たという記憶を一生とどめていられる」


 「記憶するとして、出来たら音楽人生の一つとして記憶していただきたいね」


 水分補給を終えた後、私達三人はそのままのノリで駄弁りながらモーションキャプチャ用の機材を装着した。

 会津さん加入の際にもう一セット買ったこの装置は、我々の活動には欠かせない。


 「再セッティング終わりました!」


 威勢よくさっきのADが叫んだ。

 中継の切り替えが行われたのだ。

 我々を映しているカメラの右に置かれたモニターに極めてマンガチックにデフォルメされた我々三人の姿が映る。

 最先端の映像技術により、今いる部屋もいつもの3DCGの部屋に合成されている。

 その中央のソファにいつも通り三人が座っている。

 右手を振ってみる。

 一番右の桃の長髪の少女がちゃんと手を振った。

 菰公がゲンドウ座りをすると、真ん中の緑髪ボブが同じ動きをする。


 「異状ありません!」


 金髪ショートが横を向いてスタッフに報告をした。


 「しかし、改めてみるとなんか恥ずかしいっすねこれ」


 「我々はこれで2年やってきたんだ」


 始めたときは確かに恥ずかしかったが、こういうのはすぐ慣れるものと相場が決まっており、極めると我々のように数千人の顔も知らないリスナーを前に猥談をすることができるようになる(それが本当に幸せなことかは別にしても)。


 「は~い! ありがとうございま~す! では今後の予定を確認させていただきます」


 大きく柏手を打って躍り出てきたのは、先ほどからてきぱきと指示を飛ばしていたADのボスみたいなおばちゃんだった。


 「今から5分後にスタジオと中継がつながり、各々の自己紹介が始まります。 『天帝のはしたなきP』さんの紹介は4回目になりますんで、忘れないでくださいね~! じゃあ、我々は退散しますんで、何かあったらそこの内線電話でお願いしま~す!」


 その言葉にたがわずスタッフたちは一斉に部屋から出ていた。

 本来は出番までいることになっているのだが、我々の意向だ。


 「で、サトちゃん。 我々は『天帝のはしたなきP』のメンバーとしてはそれ用の芸名を名乗ることになるけど、覚えてる?」


 会津さんは微かに口角を上げると、ソファからから体を乗り出して私を指さした。


 「未踏々(みとと)モナ」


 そして菰公。


 「籠足(こもたり)ユカ」


 そして自分自身。


 「朝常(あさとこ)イズ」


 そしてちょっと笑って。


 「あとその『サト』って呼び方、親友みたいでなかなかいいっすよ。 ぜひ、朋にもそう呼んでほしいっす」


 「分かったよ、サト」


 私は伸びをした。

 私たちはシンプルなアナグラムを芸名にしている。

 それと、ありそうにない苗字とカタカナの名前。

 実にVtuber的だ。


 「『イズ』、今どんな気持ち?」


 「ああ、『モナ』。 ものすごくワクワクするっす。 あと、この『っす』って語尾、周りに変えろって言われてるんだけど、どう?」


 「確かにその見た目でそれは変なギャップがあるけど、まあ、いんじゃないの?」


 会津さん……サトはにひひと笑った。

 もともと―言っちゃあ悪いが―その声が欲しくて勧誘したわけだが、われわれ『天帝のはしたなきP』は棚ぼた的にとてもいいキャラを手に入れた。

 つうか薪木さんしかり彼女しかりなんでみんな本物の自己を隠すのが得意なんだ。

 私なんかいつも私だぞ。


 「じゃ、お茶の間に衝撃でも与えますか」


 そう言うと菰公は両腕を広げて私の方に上体を向けた。


 「だっこ」


 「頭でもおかしくなったのか?」


 「映ったら抱き合ってたとか衝撃映像じゃん」


 矢張り頭がおかしくなったようだ。


 「いいじゃん。 視聴者に忘れ得ぬものを植え付けよう」


 「異様な髪色のアニメ絵3Dモデル三人が突然画面上にポップしてきたらもうそれだけで衝撃だろ」 


 Vtuberはテレビ向けに設計されていない。

 いや、当たり前だが。

 そうやって私達は初のゲストとしてのテレビ出演(ちょっと取材を受けたことはある)を今か今かと待ち受けていた。

 裏で恐るべき事件が起こっているとも知らず。

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