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 第五章 『オト作り集団 後編』

 『splash tentacles』は元々『octpus octant』という海外のプログレなロックバンドのコピーバンドとして結成されたという経緯を持つ女性四人組のグループである。

 面白いことにこの『octpus octant』というバンドは完全に架空の存在であり、ネットに転がっているポスターも『splash tentacles』の第一回ライブコンサートの物販用に作られた完全な偽物であるということだ。

 『splash tentacles』のその実態は、停滞を極めていた邦ロックの世界に突如として現れた新星にして、時間さえ経れば古典としてその名を轟かせることになろう名曲(もちろんオリジナル)を量産する若きロックバンドである。

 メンバーは中学からつるんでいた4人。

 ヴォーカル&ベース担当『キャンディ・ボイスの扇動者』にして『変拍子の申し子』初桐幾何、ドラム担当『自称パーカッション・プロフェッション』こと線形計劃、キーボード担当『サンプリングの魔術師』こと法月機能、ピアノ担当『メタリックお嬢』こと冬口乍螺。

 私はこの不審な異名を持つ四人組をデビュー当初から追いかけてきたのだった。 


 「健全そうな女の子がファンでよかったぜ」


 「全くだね」


 キカねえさんとながらっちのセリフ。

 彼女らの危惧する通り『splash tentacles』の楽曲は昔ながらのロックらしく極めて倫理観に欠けた歌詞やモチーフを持つ。

 彼らは元々のスタンスの延長上にあって、それゆえ各曲には日本語タイトルのほかに原題という名目の英語タイトルが設定されている。

 それ込みで何曲か彼らの音楽を挙げてみよう。


 『お前の不幸を食ってやる(原題:I need your adversity)』


 『とっととどっかで死んでくれ(原題:I love you)』


 『キセイジジツ大作戦(原題:The sparkest way to get laid)』


 これらは私の宝物,『The scar by kisses :splash tentacles first album』初回限定版所収のお気に入りの曲たちなのだが、見ての通り極めてあれな感じのタイトルであり、実際あれな感じの歌詞でもある。  

 本当に素晴らしい曲であり、私が勧めた相手(私と仲いい時点で素質ありそうではあるが)はみんな満足してくれたが、普通はまあ引くと思う。

 メンバーは舞台に上がるときはアンデッドみたいなレザーのパンクスを着ているのだが、あれは明らかに日常生活に向いていない代物であり、この部屋で彼女たちが普通の女子大生みたいな私服で活動していることを予想できない人間はいないだろう。

 というか彼女たちはツイッターで素の姿を思いっきり見せている。

 キカねえさんは現在20歳、アサルトライフル型のギターベースをかき鳴らす姿は有名だが、今の28時間テレビ公式Tシャツ(ラベンダー)にオリーブ色のサリエルパンツを合わせた垂れ目の女の人からはその轟音の片鱗すら見えない。

 そんなリーダーが立っているところから最も近いソファに座っているのはながらっち、現在19歳。 4人の中で彼女だけはゴシックに針の振れたコスチュームをいつも着ているのだが彼女もまた今は普通な服を着ていた。

 ベージュのサマーセーターに赤いドレープスカート。

 キノキノは現在奥の二人掛けのソファでパソコンをいじっている。

 現在20歳。

 3年前に流行ったセーラー服モチーフのワンピースの赤。

 ケイ女史はケータリングのオレンジチキンをお行儀よく食べていた(これ以外にもケータリングはみかん料理とみかんのデザートだけで構成されていた)。

 現在19歳。

 青いブラウスに紺のジーンズ、その上に蒼いジャケット。


 「……朋、なんか言えば?」 


 はっ!

 『splash tentacles』様にじかに対面した感動で全く言葉が出てこなかった。

 ひたすら楽屋内を見まわして彼女たちのオフをまじまじ観察し続ける姿はまさに不審者! そう考えて私は急いで言葉をひねり出した。


 「あ、ありがとうございますっ!」


 「そこまで硬くならなくてもいいんだけどな」


 ああ、ケイ女史のありがたきお言葉……。


 たった一文ながらその秘めたるエネルギーはもはや聖なる御言葉。


 「すいません、変わったやつで」


 「菰田由香里ぃ! そんな馴れ馴れしく話しかけるな!」


 「ホントに変わった奴だな」


 ガーン。

 ああ、そんな、キカねえさま、なぜ私めを見捨てなさるのか。


 「とにかくっ、こ、この後も、よ、よろしくお願いします!」


 私は後に続く言葉もまるで思いつかないまま、そうとだけ言って楽屋から逃げ出した。

 あまりの恥ずかしさに死んでしまいたかった。

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