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 第二章 『平穏』

 思えば愛媛に来たのは初めてだ。

 自分が神戸住みだったころはちょくちょく家族で明石海峡大橋を渡って大塚国際美術館に行くことはあったがそれ以上四国の奥に進むことはなかった。

 そんな私は今、菰公とともに『坊ちゃん』にも出てきたことで有名なマッチ箱のような汽車に乗っている。

 観光案内所でもらったパンフによれば、これはモノホンの汽車ではなくそれを再現したディーゼル車らしいが、とにかく私たちはそれにごとごと揺られながら松山市街を移動していた。 観光のために来たのではない。

 今この時点で観光をしているというのは厳然たる事実だが、もとはと言えばもっと大事な理由があった。 ことの発端は今年の一月、まだお正月気分も抜けきらない私たちのもとにある電話が掛かってきた。

 電話の向こうで名乗る前に、その女性はある全国区のテレビ局の名前を出しており、私は恐ろしいほど激しい心臓の鼓動を感じながらそのあとの言葉を待つ羽目になった。

 それは出演依頼だった。

 それもあの28時間TVの、だ。

 昨年の十二月にはさる有名な方面から私たちのファーストアルバムを出したいという依頼があり、その協議で忙しくしてからのお正月であり、緩み切ったテンションがまたピィンと張りつめた訳で、私たちは再びせわしなく動き回ることになった。

 中学一年生の冬に小4からの付き合いのをろくでなし二人がタッグを組んでからはや3年、ついに『天帝のはしたなきP』はスターダムに上り詰めるのだ。

 とはいえ、TVに出しても恥ずかしくならないコンテンツを作るのは並大抵の物とは言えない苦難を伴っていた。

 取り敢えずファーストアルバム所収の10曲を5月までに完成させ、6月になって送られてきた『18—bit』の音源をアレンジする。

 この間は本来ちょっとは楽になるはずだったのだが、突然魔法少女になる運命を課せられる(とはいえ私はアイドルの方の一枚絵と日本語歌詞を書くだけでよかったので、本当にずっときついのは菰公の方なのだが)。

 そして7月になって突然予定を変更し、三曲目にアレンジ版『妖怪ディスコ』のレコーディングを完成させる。

 これだけでもきついのに、テレビ局に送った『Ride on Rythms』のアレンジがボツにされたというのがなんと8月1日になって知らされる。

 どうも相手は今は空いている韓流アイドルの王者の座に『18—bit』を据え付けようと考えているようで(風の噂によると全国の高校のダンス部に彼女たちの曲『get eyes!』を踊らせる企画もやっていたらしい)、何とかしてでもアレンジを完成させないといけないことになった。

 二度とボツにはしないという約束を取り付け(自分たちの未来を決定する舞台で手抜きなどするはずがないという論法で説得している時間がここ数年で一番無駄な時間だった)、気合と根性、そして一回没にしたサンプリング素材をフル活用して、アレンジを完成させることとなった(ちょっとこっちの趣味が濃い目に入るのなんかあっちにとったら安いものだろう)。

 あまりにも急すぎてあっちのプロデューサーしかその内容を把握していないアレンジ曲が納品されてから一週間後、私たちはここにいる(てかテレビがこんなに適当な感じで動いてて大丈夫なのかよ)。

 幸い謎に高評価を得られた(キョウリュウジャーブレイブとかの存在を鑑みるとちょっと納得がいく)為に、こうして松山沖の海上に突き出すようにして建った巨大アリーナで、恙なく生放送に参加できるという物だ。

 私たちは新幹線で広島に行きそこから高速バスでしまなみ海道を通って今治にたどり着き、そこからさらに松山へと渡った。

 ぶっちゃけ半分旅行みたいな行程で、毎夜欠かさず配信などしながらの楽しい時間であった。

 そうして予定通り松山中央アリーナ前のホテルにチェックインしたのだ。

 

 明日、8月18日の夜6時から収録は始まるので、その日の朝8時までには入っておくのが望ましい。

 

 今治に実家がある会津さんは、帰省先から直接松山に来るので、今夜8時の待ち合わせまでは遊んでも罰はあたるまい。


 「ずいぶん派手にやってるみたいだな」


 菰公は私の視界にスマホを割り込ませてきた。


 『マジで18ビットいた! テレビで見るよりかわいい!』


 そんな感じのツイートがスクロールしてもスクロールしても続いている。


 「救国の英雄でももう少し謙虚に凱旋してくると思うけどな」


 菰公はスマホから指を離しながら言った。


 「そうは言っても彼女らは5,6歳からその手の訓練を積み重ねてるんでしょ。 どうせスターとしての寿命は短いんだ、この位ちやほやされなんと報われまい」


 「一理ある。 彼女たちの音楽は聴いたか?」


 「うん。 8bitのエッセンスを取り入れるのはK-POPとしてはかなり珍しいが、おおむね問題ない出来だったな。 ただ、ちょっとチップチューンが過ぎるのはちょっとあれかな。 『8bit』なら問題ないが、実際彼女らがやってるように『ゲーム音楽』を名乗られるのはいい気分はしない」


 「韓国でもヒュンダイがスーファミを売ってたはずなんだけどな。 ん?」


 その時菰公が突然笑い出した。

 今以上に頭のおかしくなりようなどないので、なんかの理由があるんだろう。


 「近くにいるらしい。 挨拶に行ってみないか?」


 「18—bitが?」


 「Yeah!」


 菰公は手の中のスマホを振った。

 そのせいで画面は全く視認できないが、残像がツイッターの青色をしていたのは見えた。


「Okay,I'm glad that you know you'll never be able to make yourself understood as long as you speak to them in Japanese.」


「韓国って英語教育、盛んだったはずだし、そもそも彼女らは世界を見据えて育成されてきたって考えたら……」


 「That means that they are likely to be able to understand English as you think!」


 「朋、私には日本語でいいよ……。」 


 

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