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 第一章 『彼女は私じゃない』

「ARE WE CUTE YET?」


 私は単語単語を意図的に切った語りかけるようなダウナー・ボイスで、8000人のファンが詰めかけた観客席へとそう呼びかける。

 そして無表情の演技を崩してほんの少しのはにかみを見せる。

 拡声器や巨大スクリーンで大きく拡大された私の存在感に、愛すべきファンたちは各々嬌声を上げ、それらは溶け合って巨大な音の津波になってステージへと押し寄せた。

 その奔流の中で何とか酸素を吸い込むかのように私は声を上げた。


 「ありがとぉ――‼」


 いつもは人と話すことが苦手な少女が、あまりの気の昂ぶりに漏らした声の熱さ。

 演技指導の先生から指示されたそのイメージを私はずっと遵守してきた。

 これにて『消照闇子ソロコンサートin大阪』はこれにてお開きのシーケンスに移行する。

 特にどちらにも顔を向けることなく適当に手を振って花道を通り、舞台裏へ引く。

 楽屋に入り、セーラー服をモチーフにした黒基調の衣装と一緒に私は纏っていた無表情を一瞬でキャストオフし、ゆったりした私服に着替えて部屋の真ん中に置かれたソファのど真ん中に倒れこんだ。


 「あ゛あ゛あ゛~! 疲れだぁ~!」


 「そういう声をファンの方の前で出さないでくださいね」


 私はテーブルの上に用意された缶コーラを開けて三分の二を一気に干すと、芸能生活10年で培った演技力をありったけ込めてすべての爽快感とともに息を放出した。


 「やっぱソロコンの後の一杯はクるねぇ!」


 「……私が初めてついたときは可愛らしい小学生の女の子だったんですけどね」


 忠実なマネージャーである平素数(たいらもとかず)通称モトやんはまるで反抗期の娘に呆れる父親のような語調でそういった。

 実際大学出たての彼がいきなり配属されてから10年もの密接な付き合いを続けてきたわけで、半分親みたいなのも事実ではある。

 私の両親は完全な一般人なので、芸能界にはとんと詳しくない。

 自慢じゃないが率野まどかという名前の子役を覚えている人間は少なくないだろう。

 かつてドラマ『塔の見える町』で主人公の娘役の座を見事射止めた私は、それからとんとん拍子で様々なドラマやバラエティに出演し、2010年を通してTVで見ない日はなかったとまで言われた。

 そして消えた。

 そんなありがちな一発屋芸能人が、今や大人気のヴァーチャルアイドル『消照闇子』の中の人になっているという事実は、こちらはほとんど知られていないだろう。

 ファン層が全く被っていないというのも原因の一つだ。

 私は今からそれを潰しに行く。

 28時間テレビ。

 もっと長い正式名称があるのだが、一般には基本的にその名で知られた年一回の毎年恒例、とはいってもまだ6回目の特番。

 私はメインのゲストとしてこれに出演するのだ。

 毎年8月末日になるともう少し短い時間ぶっ続けで放送される某人気番組があるのはもちろんご存じだろうが、その番組から『慈善』に該当するエッセンスの一切を抜き出し、代わりにエンタメを詰めた極めて大衆的な番組である。

 しかしそれでも勢いに乗っている、もしくは安定した人気のある芸能人を大勢起用し、28時間もの間アミューズメントに全振りした時間はかなりの好評を受けており、ここからブレイクすることになった者も出てくるようになった。

 この番組にも元ネタと同じく毎年異なったテーマが設定されており、今年は『Youth』(差別化のつもりかこっちは毎年英単語縛りでやっている)、つまり若さである。

 今年は中高生のタレントや中高生に人気なタレント、もしくはその両方を満たすタレントをメインに起用し、若い層の視聴率にブーストをかけようという魂胆なのだろう。 

 私はテーブルの上の菓子盆と台本を両手でそれぞれつかみ、引き寄せた。

 東京では見たことのないフレーバーのポテトチップスを開封し、それをつまむのとは逆の手で台本を見る。 

 さすがにこちらもプロ意識は十分にあるので、あと一時間ぐらいで松山に向け発たなくてはいけない今現在確認が必要なことを残しているという訳ではない。

 私は台本をめくり、番組の内容全部をすっ飛ばしてまず載っている出演者一覧を見る。


 『the splash tentacles』

 『18—bit』

 『天帝のはしたなきP』

 『♯DIV/O!(ディーボ)』

 『笈川無限』

 『名取冪』

 『折田分布』 ……


そこら辺を歩いている芸能に関心のある中高生を捕まえてきたとして、そいつがこの中の誰のファンにも該当しないということは確率論的にいってほぼあり得ないだろう。

 この中のだれか狙いで番組を見た人間が私……ではなく『消照闇子』の魅力に気づき、究極的にはファンになる。

 こういうことを期待して私はこの番組に出る。


 「柄になく緊張してるんですか?」


 私が台本を真剣に見ているのを見とがめてか、モトやんはそう言った。


 「武者震いが一番近い」


 「その気持ちを忘れないようにお願いしますね」


 モトやんはニヤッと笑いながら言った。


 「うい」


 私は残りのコーラを飲み干し。

 体を回してソファの上にあおむけに横たわった。

 出立までの一時間弱の間仮眠をとることにする。 


CC BY-SA 3.0に基づく表示


SCP-835-JP - ゼノフォビア消照闇子

by home-watch

http://ja.scp-wiki.net/scp-835-jp

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