<二人目の特権>
「どうやら私の勘違いだったようです。お騒がせしました」
「これ、どこに行くのじゃ」
楓はそう言うと立ち上がって部屋を出て行こうとし、松菱は楓を引き止める。
「男は私自身が見つけ出して討ち取ります」
楓はそう言うがこのままでは無関係な人間を斬り殺すのがオチのような気がする。
「いくら大男とはいえ、この日ノ本でそう簡単に見つけられるものではないぞ」
「そうよ。それにあなたの腕でそんな辻斬りの男が討ち取れるとはさすがに思えないわ」
松菱と白月の言葉に楓はぐうの音も出ない。そして松菱は楓に落ち着いた声で話しかける。
「そう焦るでない。お主が探しに行かなくてもその男は近いうちに江戸に現れるかもしれん」
また言われた楓だけでなく俺にも理解できないことを松菱が言い出した。しかし今回は白月の方も良く分かっていないようで松菱にその真意を聞く。
「御奉行、それは一体どういう意味ですか?」
「朝風が来たことによってその辻斬りの大男も江戸に来やすくなったのではないか」
松菱が言いたかったこと、それは楓の両親の仇である辻斬りの大男は江戸に来れば大男として目立ってしまうのでいままで江戸に来ることができなかった。
しかし、俺が江戸に来たことによって江戸には大男がいるという噂が流れてそれが普通になればその辻斬りの大男が特に目立つこともなく江戸に来やすくなるだろうということのようだ。
「でもまだそんなに俺の噂が広まっているわけじゃないし、何よりも大男が二人も江戸にいたらそれこそ噂になるからすぐに見つかると思いますけど・・・」
俺は松菱にそう言うが、それに対して白月が答える。
「いいえ、そうとは限らないわ。町民たちがあなたについて知っているのは六尺の大男であるということだけ。顔を知っている者でない限り、目の前に大男がいてもあなたなのか他の人間なのかわかる者はいないわ」
・・・どうも俺には白月の話がよくわからない。大男が二人いれば大男が江戸には二人いるという噂になるだろう。しかし楓は白月の言葉で何とか理解できたようである。
「なるほど。私が狙っている大男が江戸に来ても町民たちは既にこの町にいるこの大男だと勘違いして気にも留めないということですね」
「そうじゃ、一人目というものは目立つからの。しかし一人目の噂が広まってしまえば二人目の男を見ても皆噂に聞いた一人目の男だと思ってしまうじゃろう。目立たないのは二人目の特権といったところじゃな」
ここまで来てようやく俺にも話が理解できるようになった。確かに一人目の顔写真もなく現在位置がリアルタイムで知ることができない世の中であれば、一人目の顔を知らない限り誰も一人目と二人目を見分けることはできないだろう。
実際、楓は大男という情報以外何もなかったため俺と見分けがつけられず襲ってきた。つまりこの江戸に大男が何人いても『大男』という一人の噂にしかならないのだ。そして先ほどまで立ち上がっていた楓は松菱の前に正座して問いかける。
「では、私の両親を殺した男はこの江戸に姿を現すのでしょうか」
「ああ、いつか来るじゃろうな。しかしそれにはお主の両親の仇であるに辻斬りの大男に江戸には大男がいるという噂を聞かせなくてはならないじゃろうな」
その言葉に三人一斉に俺の方を見る。訳も分からず身構えるが再び松菱が口を開いたことにより松菱に全員の目が集まる。
「楓や、ここにいる白月は火付盗賊辻斬方といってお主の両親を殺したような輩を取り締まるのが仕事じゃ。少なくともお主が一人で大男を探すよりここにいたほうがきっとお主の両親の仇を見つけ出すことができるはずじゃぞ」
こうして白月は俺に続いて楓を引き取ることになった。そしてそれと同時に大男に噂を流すため、俺が白月に色々とやらされることが決まった瞬間でもあった。