<西町与力所>
「朝風様、おはようございます」
「ん?おはよう」
翌朝、目が覚めると俺の枕元で栗月が正座をしていた。そして布団から出た俺は寝る前に着させられた長さの足りない和服から少し生地が厚いぐらいしか違いがない長さが足りない和服に着替えさせられて栗月に帯を締められる。
そして栗月は布団を片付け、ふすまの向こうにいる別のウサギからお盆に脚が付いたような台を受け取るとそれを俺の前に置いた。
「こちらが朝食になります。神隠しにあってこちら来た朝風様のお口に合うかわかりませんが・・・」
「いや、俺の世界とほとんど変わらないぞ」
栗月は心配するがそこにあるのは典型的な和食である。俺はそれをありがたくいただくことにしてしばらくすると横で俺の様子を見ている栗月と話をしてみることにした。
「そう言えば白月はどうしたんだ?」
「朝から江戸町奉行所の方に出掛けています」
白月の部屋はふすまを隔てた俺の部屋の隣にある。俺の部屋は四方向をふすまに囲まれているが、今のところわかっているのはそのうち二つであり廊下と白月の部屋につながっているということだけである。まあ他の二方向も構造的にどこかの部屋につながっているだけだろうが。
「そうか・・・、ちょっと聞いていいか?」
「はい、なんでも聞いてください」
「白月ってこの屋敷ではどういった立場なんだ?」
ここに来た時からよくわからないのが白月の立場である。昨日の屋敷の様子からするとなかなか大事にされている雰囲気なのだが、一人で出歩いたり奉行所で働いていたりとその立場がよくわからなかったのだ。
「そうですね・・・。それについてはまずこの私たちがいる屋敷からご説明いたしましょう」
すると、栗月は少し考えて口を開き始めた。白月の話をするのに屋敷の説明からとはどういうことだろう。
「ここは私たちの屋敷なのですが、同時に西町与力所でもあるのです」
なんでも栗月によればこの屋敷には西町与力所が併設されていて渡り廊下で繋がっているのだという。それぞれ建物と門が別々になっているそうなのだが、敷地内での区切りは特にないとのことだ。
「そして西町与力所の筆頭与力は昨日私といた影月が勤めているのです」
「じゃあ、ここはウサギの獣人たちの与力所ってことなのか」
「いいえ。正確には私達ウサギの獣人がいる与力所で、仕事のほとんどは他の与力所と同じように人間の方がやっています」
どうも話が見えない。しかし栗月も今の説明では十分でないとわかってくれているようでさらに話を続けてくれる。
「私たちは与力所とは別に存在するこの屋敷の者だけで構成された『火付盗賊辻斬方』という組織の与力なのです」
どうやら西町与力所は影月が筆頭を務めている以外は普通の与力所であり、この屋敷にいるウサギのほとんどは『火付盗賊辻斬方』という放火や盗賊、辻斬りといった奴らを専門で取り締まる組織の与力なのだという。
「もともと私たちの先祖は徳川家康様がここに幕府を開いた時に江戸の治安維持を担当しておりました。そしてここに私たちの屋敷ができた後、ここに西町与力所ができることになったのです」
「なるほど、与力所の方が後だから筆頭与力は影月になっているのか」
「はい、そういうことです」
歴史的な経緯から与力所の筆頭は影月であり、ここにいるウサギ達は『火付盗賊辻斬方』として先祖から続く任務を受け継いでいるということなのだろう。
「そして、白月の立場なのですが」
話の本題であるが、今までその話を忘れていた。俺は栗月の話を聞き逃さないようにしっかりと聞く。
「白月は村の長でもあるのです。本来であれば白月の母親が務めているはずなのですが、早くに病気で亡くなってしまい今はその任を白月が受け継いでいます」
「村があるのか、みんなここで生まれ育ったわけじゃないんだな」
「ええ、村から選ばれた者たちが江戸の治安を守るためにここに派遣されるのです」
村で育ち、大人になると江戸へと派遣される。それが栗月達の住むウサギの村なのだという。
「でも、なんで白月は村に帰らないんだ?」
「それは・・・」
村を治めるものの務め、それは跡継ぎを作ることでもある。白月たちウサギの獣人は種族として男がいないため村の外で男と出会い、子供を宿して村へと帰るのが一般的なのだそうだ。だが・・・。
「白月はいまだに跡継ぎを作ってはいません。もちろん村に帰った後に相手を探すこともできるのですが、それでもしっかり跡継ぎを作ることができるのか・・・。江戸町奉行である松菱様はそのことを心配し、相手となる男を見つけやすいように自由に動ける身分として白月を自らの配下としてくださっているのです」
どうやら話をまとめるとすぐに村に帰ってもらいたいが跡継ぎはまだいないし、帰ってからできるとも限らない。ならば江戸で跡継ぎを作らせて帰らせた方が確実であり、それに松菱も同調して今の状況になっているということである。