<神隠し>
松菱は俺の馬鹿げたような話を静かに頷きながら聞いてくれる。そして話はこの世界と似たような俺がいた世界の江戸時代の話となると松菱は俺の江戸時代の話とこの世界の今について話を突き合わせていく。
「なるほど、町奉行所と町与力所や獣人の存在などを除けば、似ているようで似ていない世界といったところじゃな」
松菱は自分に納得させるためなのかそう言いながら頷いている。確かに松菱の言うとおり俺の知っている江戸時代とこの世界は違うところもあるが、逆に全く同じようなところもあった。特に地名については俺が分かる地名の中では違いがなく京都や大阪、関ケ原など場所というものに関しては話が一致するのだ。
そして松菱は俺との話を終え、俺の話を信じたのか信じていないのかわからないでいるとさっきまで頷いていた松菱はまっすぐに俺のことをみて俺の状況を実に簡単に言い表した。
「つまり、朝風。お主はもともといた世界で神隠しにあってここに来たということじゃな」
「神隠し、ですか・・・」
神隠し、神に隠されたように突然と消えてしまうというようなものだったと思う。確かに松菱の言うとおり俺の状況をここぞとまでに言い表す都合のいい言葉がよくあったものである。
「こうなっては仕方がないのう。白月、お主がこの朝風の身元引受人じゃ、面倒を見てやってくれ」
「承知いたしました」
松菱は白月の言葉を聞くとそのまま立ち上がって部屋から出て行こうとするが、ふと思い出したように振り返ると白月に声をかける。
「何なら朝風を夫にしても構わんぞ」
「それではおやすみなさいませ」
なんだか松菱がずいぶんとしたことを言ったと思うが、白月はそれに何も聞こえていないかのように言い返した。そして俺は再び白月に連れられて奉行所を出ることになったのである。
・・・・・
「それにしても、二人とも俺の神隠しの話を信じてくれたのか?」
「少なくとも私も御奉行も嘘を見極められないような生き方はしてきていないわ」
奉行所を出てから気になっていたことを聞いたのだが、白月は俺の言葉にさも当然というようにそう答えてきた。白月の言葉は自信に溢れているようであり、言葉通りに受け取ってこれ以上探りを入れるのは無意味だろう。
「それで、どこまで歩くんだ?」
「私の屋敷よ。半蔵門の前だからすぐ近くよ」
白月の「近く」をどれほど信じていいのかわからないが思いのほか早く白月の屋敷へと到着した。どうやら半蔵門から西へ伸びる道の北側にある屋敷が白月の家ということらしい。現代日本だとここに何が建っているのかわからないが、何が建ってるにしろ場所的に一等地である。
「白月様、お帰りなさいませ」
屋敷の中へ入ると俺と白月を白黒茶色と色とりどりの毛色をしたウサギの獣人たちが俺たちを出迎えた。みんなそれぞれの毛色は違うが白月のようにウサギの耳が頭に生えている。
「ただいま。こっちにいるのが朝風明よ、しばらく私のもとで預かることになったわ」
「わかりました。よろしくお願いします朝風様」
「は、はぁ」
俺はいまの状況に圧倒されて気の抜けた返事しかできない。そして白月に案内されるがまま屋敷の中を歩いて行くが、廊下ですれ違うウサギはみんな白月と見た目の違いが色しかないような感じで男がいないように見える。
「この屋敷には男はいないのか」
「ウサギの獣人は他の種族と違って女しかいないのよ。でもみんなあなた一人ぐらい簡単に張り倒せるんだから変な気は起こさないことね」
別にそんなつもりはないのだが、何とも不思議なものである。でも三毛猫というほとんどメスしか生まれない動物が俺の世界にいたことを考えると、これもごく普通にあり得ることなのかもしれない。
「それじゃあ、今日からあなたにはこの部屋で生活してもらうわ」
そして白月に連れられた俺がついたのは八畳の和室だった。そして中に入るとすぐに二人の黒と茶色のウサギが部屋へとやってくる。
「筆頭給仕の影月と申します。御用の際は隣にいる栗月に何なりとお申し出ください」
「朝風様の給仕を担当させていただきます栗月と申します。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
黒と茶色の二人のウサギ。二人の改まった雰囲気は気品があり、俺もその雰囲気に飲み込まれつられるように丁寧なあいさつを返すのだった。