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返して  作者: 揚羽蝶
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第1話

 マリちゃんとよく遊んだお寺の裏の小さな山。


 学校が終わるとランドセルをマリちゃんの家に置いて、マリちゃん家のすぐ近くのこの山に毎日のように遊びに行った。


 男の子は秘密基地を作ったり、女の子は木の葉や枝、その季節に咲く花や木の実でおままごとをしたり、子どもたちには人気の山だった。


 山の中へと続くけもの道の途中に洞窟のような穴があったけど、その入り口は金網で塞がれていた。

 そこは昔、日本が戦争をしていたときの防空壕の跡だって、誰かのお母さんが言ってた。


 その頃は防空壕が何なのかとかよくわからなかったから、どんな場所か知りたくて、奥へと続く真っ暗なその穴の中へ入ってみたくて仕方なかった。


 ある日。

 防空壕の入り口の金網が破られてた。子どもひとりならどうにか通ることができるくらいの大きさだ。


 「ねえ、これ通って中へ入れそうじゃない?」

 マリちゃんが言う。

 「ええ?でも中真っ暗だよ。入るならせめて懐中電灯とか家でいろいろ用意してからもう一度来た方が…」


 いつか入ってみたいと思っていたのに、いざ入ろうと誘われると急に怖気づいて尻込みしてしまう。ぽっかり開いた防空壕の入り口が、得体の知れない化け物の口みたいに見えてきて、恐ろしくて後退りする。


 「大丈夫だよ、ふたりで行けば怖くないよ」

 マリちゃんはどうしても行きたそうだ。

 「でも…入っても真っ暗で何も見えないからおもしろくないよ」

 マリちゃんは少し考えてから顔を上げ、

 「それもそうだね。じゃあ明日学校終わったら懐中電灯持っていこう。それでいい?」

 と、私の目を覗き込む。

 「ふ、ふたりだけで行くの?」

 私はなおも抵抗する。

 「他の子たちも来たら、そのときはそのときで一緒に行けばいい」

 大人数なら怖くないかもと思い、

 「…わかった」

 と、私は頷いた。


 翌日、私たちはそれぞれ懐中電灯を片手に、防空壕の前に来ていた。他の子たちはいつも通り、かくれんぼやおままごとをして遊んでいた。


 「さ、行こうか」

 まるでどこかに買い物にでも行くような軽い口調で、マリちゃんは破れた金網の隙間から防空壕の中へ入って行った。

 私も恐る恐るそれに続く。


 ひんやりした空気が身体を包む。もっと息苦しくなるような空間かと思っていたけど、思っていたより冷たい空気が肺を爽快にさせる。

 

 奥行きは10メートルくらいで行き止まりになってた。

 「思ったより小さかったね。もっとずっと先まで続いているかと思ったよ」

 「うん…」


 虫や爬虫類が這いずり回っているかと思ったけど、そんな気配もない。外の木々を風がざわざわと揺らす音だけが聞こえてくる。

 意外にもジメジメした恐怖感はない。


 「あっ、この辺に何かある」

 マリちゃんが言う。

 「えっ、何?何があるの?」


 私はドキッとして足を止める。


 「んー、何かなぁ。やかん?鍋?何か金属?」

 「ここで誰か生活してたってこと?」

 「そうかもねえ」

 

 マリちゃんは至って呑気だ。懐中電灯で地面を照らして探検を楽しんでいるようだ。


 「あっ」

 「やだあ、びっくりしたぁ。急に大きな声出さないで」

 「ごめん、ごめん。何か光った」

 

 マリちゃんが地面にかがみ、何かを取り上げる。


 「…指輪。おもちゃの指輪だ」

 「へえぇ、いいな、見せて」

 

 私も女の子だ、光るものは大好きだ。今まで心の中には恐怖しかなかったけど、指輪と聞いただけで夢が恐怖を心の隅に追いやり、好奇心がむくむくと湧いて出てきた。懐中電灯で照らしてみると、指輪には赤い石に似せたプラスチックが嵌めてある。


 「外で見よう」

 

 私たちは宝物をひとつ見つけたら、もう満足とばかりに外に出て指輪を眺めた。

 だいぶ汚れてはいるけれど、赤く光るプラスチックは磨けばもっときれいに光るだろう。


 「それ、どうするの」

 「ほしい?」

 「いいよ、マリちゃんが拾ったんだもの」

 「もらってもいいかな」

 「うん、いいよ。指輪もまた使ってもらえた方が嬉しいよ、きっと」


 マリちゃんは右手の人差し指にはめて、嬉しそうに微笑んだ。少し羨ましく思いながら、その日は家路に就いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。さちと申します。 きちんとご挨拶させていただくのは初めてかと思いまして…。 宜しくお願い致します! 読ませていただきました! もう嫌な予感しかしませんね。すでに若干怖いですし、…
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