3話 男爵令嬢エミィ
新婦友人代表、エミィ・アシュベリーです!アシュベリー男爵家の養女です!
ララ、ユレイ君との結婚おめでとう!ララの恋のことはずっと応援してたから、今日の結婚式は自分のことみたいに嬉しいです!
一年生の夏に学園に編入してから、ララにはいつも助けられてきました。貴族の養女になったとはいえ私はそのちょっと前まで平民だったし、というか今でもその感覚が抜けないし、暗黙のルールとかわからないし空気読めないってよく言われるし、でもララはこんな私とも仲良くしてくれてすごく嬉しかったです。
ええと、結婚式の新婦友人代表スピーチは、新婦との思い出を語りながら結婚のお祝いの言葉を述べるものだと教わったので、その通りにしようと思います。
私が初めてララと話したのは、学園に編入して一カ月くらい経ってからのことです。
男爵家と言っても養女だし、元孤児だし、貴族の人達と普通の子達のどっちのグループにも入れなくて、あと多分私がちょっと特殊体質だったせいもあって周りから浮いちゃっていたところに、話しかけに来てくれたのがララでした。
私の特殊体質……有り体に言うと魔物体質です。この目の色を見て他の皆さんも気づいたかもしれませんが、私は国の監視対象である魔物体質の一つ、“魅了の瞳”持ちです。
そのせいでクラスメイトには怖がられてなかなか友達ができなかったところ、ララは逆にこの目に興味があると言って手を差し伸べてくれました。
そして研究に協力する代わりに作ってくれたのがこちらです。
じゃじゃーん!魅了発動すると色が変わる眼鏡レンズ!
知らないうちに魅了にかかるかもしれないと思うから怖がってしまう。何も発動自体できなくなるように抑え込まなくとも、発動してるか否かさえわかればいいのだと、ララが開発してくれました。
眼鏡はちょっと重かったけどこれのおかげで私はクラスに溶け込めることができ……そしてこれを受けてユレイ君が新たに作ってくれたのがこちらのレンズ。
じゃじゃーん!ララのレンズを目に直接装着できるまでにコンパクトに改良した、その名も“コンパクトレンズ”!
これのおかげで私はダサい眼鏡をかけずとも皆と交流することができるように……あっ、違うの、ララのセンスがダサいって言ってるわけじゃなくて!二人共凄い研究者だってことを言いたかっただけで!
あと『そのくっそダサい眼鏡の代わりだ』って言ったのはユレイ君だし!私じゃないからねっ?
それにコンパクトレンズの軽さと精巧さを見て悔しがっているララを見て、あと隣で高笑いしてたユレイ君を見て、ちょっと高貴すぎて近寄りがたいと思ってたララに親近感が湧いて、更に仲良くなれたと思います。
学年が上がっても相変わらずララはユレイ君と張り合っていて、どんどん凄い魔道具を開発して、そんなララを応援するのはとても楽しかったです。
どうしたらユレイ君に勝てるかと言うララの相談に乗ったりもしました。私が魅了にかけて腑抜けにするという案は……ごめんなさい……アレは本当に冗談です……小粋なジョークのつもりだったんです……まさかあんなに……まあ黒歴史を掘り返すのはやめておきましょう。
そしていつの頃からか、ユレイ君を打ち負かしたいという作戦会議が、だんだんユレイ君を振り向かせたいという恋愛相談になっていきましたね。
魔道具研究に関しては実験台になること以外あまり役に立てなかった私ですが、こっちの相談に関してはかなり役に立っただろうと自負してます。
なんせララは恋愛に関してはてんで駄目でしたからねぇ。自分の気持ちにすら鈍感だったわけだし?
ララは凄くモテてたのにそれにも気づいてなくて、まあそれはただの鈍感と言うより昔からずっとユレイ君しか見ていなかったから、他の人を気にする暇もなかったせいだとも思いますが、それにしたって鈍感でした。
だって絶対両想いなのに『ユレイは私のことは魔道具研究のライバルとしか思ってないから』なんて言ってさ〜も〜散々二人で休日デートして花火大会行って夜の学園の屋上に忍び込んで天体観測して夕暮れの坂道を海に向かって自転車二人乗りで駆け降りといて?
ケータイだっていつでも連絡取れるようにしたくて二人で開発したんでしょう?いつでも繋がっていたい〜なんてカップルの夢物語を本当に実現しちゃうんだもん、筋金入りだわぁ。
これで二人が両想いだとわからないなんてよっぽど目が節穴か何かでしょ!
そりゃー学園では生徒会メンバーの誰がララを落とすかなんて賭けもあったけど、ララ達と話したことのない他人ならともかく、二人と交流していて全然気づかないなんて馬鹿はそういな……えっ?何?ララ?それ以上は言うな?なんで?空気を読め……?
えっとよくわからないけれど、ごめんなさい、駄目だと言われたのでこの部分はちょっと飛ばします。うーん何か変なこと言ったかな……。
では、だいぶ飛ばしまして、この一年で一番印象に残ってるララとの思い出を語ろうと思います。
これは最終学年に進級してすぐ、学園のダンスパーティの申し込み期間のことです。
毎年この期間は授業が終わるとすぐに姿を消すララですが、あの日はその時期いつも使っている目眩し用のケープも羽織らず、ふらふらした足取りで私のクラスまで来ました。
なんでもユレイ君にダンスパーティに一緒に出ようと誘われたらしく、まさかユレイ君からこんなデートみたいなことに誘われるなんて初めてのことだったみたいで……いや今までのはデートじゃないなら何だったんでしょうね……まあ全部魔道具関連ではあったみたいだけど。
まあそんなわけでそれからダンスパーティ当日まで、私は自分の準備もそっちのけでララの初……初?デートのために準備に準備を重ねることになったのです。
何が大変だったかって、まずララがユレイ君に何も聞けなくて、ユレイ君も誘ったくせにその後はなんにも言わないものだから、ユレイ君が当日どんな服を着てくるかとか何もわからないまま準備を進めなきゃいけなかったことです。
ドレスもアクセサリーも新調するのに、ユレイ君が何色の服で来るか分からなかったらうっかり全然合わない色になっちゃうかもだし……悩んだ挙句ユレイ君の黒髪と褐色の目の色に合わせようということで、“そんなことしたらもう好きだって言ってるようなものでしょ!?”と騒ぐララを黙らせ、私が仕立て屋さんと主に打ち合わせをしました。
きっとユレイ君だって勇気を出してララを誘ったはず。これくらいの好きアピール、というかララがちゃんと聞けない以上、当日二人並んでちぐはぐにならないためには今わかってる色で合わせるしかないですしね。
そしてドレスは黒に決め、次は褐色系のアクセサリー、これが意外と良いのがなくて何店も巡ってもなかなか決まらず、最終的にララが自分で作りました。ララのこういう『良いのが無ければ自分で作ればいいじゃない』の精神はとても尊敬してます。
ちなみに私が今つけているイヤリングはその時お揃いで作ってもらったものです。あ、勿論色違いでですよ!
あとは靴をあまりヒールの高くないものに決めたり、髪型を何通りも試したり、香水は私の秘蔵のおそろしく男性受けのいいものを貸し……いえ怪しいものではないです。魅了も関係ないです。
ただよくある花とかフルーツとかの香りじゃなくて、石鹸の香りのものです。それも近づいた時にふわっと香る程度の。結局ね、男の人ってナチュラルに弱いんですよ。素材そのままで美人ってやつね。はい幻想幻想。
そりゃあ中にはララみたいに今まで全然お洒落しないで美人の子もいるけど、そういう子だって好きな人とデートならめちゃくちゃ気合入れてお洒落するからね。あんまり手間も時間もかけてないように見えてしっかりめかし込んでるから。ナチュラルメイクが一番大変なんですよ。
そんなナチュラルメイクの仕方も丸二日かけてララに伝授しました。あんまり気合入っているように見えたら嫌だけど極限まで綺麗に見せたいというララの矛盾した要望を叶えるため、その日はララの家に泊まり込みで特訓しました。
腕はだいぶ疲れたけど、合宿みたいでとても楽しかったです。ベタだけど夜は枕を抱いてお互いの好きな人の話もしたよね!ものっすごく今更だけど好きな人の名前を伏せて語るララはとても面白……可愛かったです。ねぇなんで今更隠せると思った?ねぇ?
そんなこんなでダンスパーティまでの日々は矢のように過ぎていき、日を追うごとにララはそわそわして落ち着かなくなって、たまに廊下の曲がり角で曲がり損ねて壁にぶつかったりもしてました。楽しみ過ぎて夜眠れなくなってたみたいです。
前日の夜なんか深夜1時にララから『たすけて』『ねむれない』なんてメッセージがケータイに届いたりして、一瞬ホラーかと思ってマジでビビりましたね。その後二人でヒツジの数を一万二百九六匹くらい数えてなんとか事なきを得ました。まあその頃には朝日が昇り始めちゃってたけど……。
と、まあこんっなに準備を頑張ったのに、当日ユレイ君が急な頭痛と腹痛と関節痛と筋肉痛でベッドから起き上がれなくて行けなくなっちゃったというオチがつくんですけどね。
パーティ会場で死んだ目をしてるララに事情を聞いて私も崩れ落ちそうになりました。完全に燃え尽きましたねこれは。まさかここまで頑張った成果を見ても貰えないとは。
病人に文句を言うのは筋違いですが、この時ばかりはもう這ってでも来いよとついユレイ君に呪詛を送っちゃいましたね……いやあ、辛いのはユレイ君も同じだってわかってるけども。
ララなんて今まで行きたくない誘いを仮病で断ったりしてたからバチが当たったんだって泣いちゃうし、私もそんなことないよって慰めながら確かにちょっと違うけどそんな童話あったなって思ったし、ユレイ君がそんな状態だからとせっかく代理で来てくれたフィリップ様にまでうっかり怒りが湧いちゃうし……。
けれどそんな散々な結果も今となってはいい思い出です。ララに伝授した化粧やお洒落の方法の数々はその後も何かと役に立ったみたいだし、その悔しさもあって次はララからデートに誘ったりしてましたからね。
あの時の磨きに磨き抜いたララをユレイ君に見せられなかったのは残念だけど、こうして今世界一綺麗なウェディング姿を見せることが……あれ?ユレイ君が席にいない?
え、待って地面!?なんで土下座してるの!?私のスピーチの間に何があったの!?
ええーせっかく私が感動のスピーチをしてるのに喧嘩とか空気読んでよ二人ともー!ねぇ皆さ……フィリップ様まで!?そっちは本当になんで??いったい何の飛び火があったの!?