2話 公爵令息フィリップ
ただいま司会の紹介に与りました、新郎友人代表フィリップ・クリフォードと申します。
まあ、先程のレイモンド殿下のスピーチでも紹介に賜りましたね。はい、プレイボーイでいて本心では寄ってくる女を見下し、全然寄ってこないララリス嬢を面白い面白いと追いかけ回していた馬鹿とは僕のことです。
まさかこの僕がこんなに相手にされないなんて今までなかったことでしたからね。そしてご覧の通り最後まで相手にされませんでしたよ。
とまあ自虐はこの辺にしてスピーチに移りましょう。
えー、ユレイ、ララリス、結婚おめでとう。どちらとも同じ生徒会メンバーとして学園入学以来親しくしてきたが、特にユレイとは深い付き合いをしてきたと思う。
在学中に成し遂げようと思っていたとある大きな目標のため、ユレイには何度も力を借りることがあったからな。彼は僕にとって良き協力者、良き相談相手だった。
……どんな目標だったかって?ララリスを落とすことですよ。何が良き協力者かってね。とんだ裏切り者だろうよ。
この度はそんな新郎との思い出を逆恨みと共に振り返っていこうと思いますのでどうぞ皆様ご静聴ください。
最初にユレイに協力を求めたのは、ララリスを含むこのメンバーでの生徒会が発足してすぐのことだ。
事前情報で既にレイモンド殿下が彼女にご執心なことは知っていたからね。殿下に勝つには手段は選んでいられないと思ったんだ。ララリスと一番よく一緒にいるものの、犬猿の仲で恋敵には成り得ないユレイが一番協力者に適していると。
……まあ今思えばその時点で気づくべきでした。犬猿の仲なのに何でそんないつも一緒にいるんだって話だよ。でもその時の僕は『この僕に少しも擦り寄ろうとせず、たかが騎士爵の男とばかりいるとは……面白い女だ』なんて思っててね。そのたかが騎士爵の男に協力を求めたんですよ。
協力を求めた時のユレイは淡々としていたよ。『殿下や他の方を出し抜く形での協力はできませんが、それ以外で俺のできる範囲でなら』と。最終的にこの男が僕も他の男共も出し抜いて行ったわけだけども。自分でフラグ回収してったよね。
さて、一番初めにユレイにしてもらったことは、ララリスの物や食に関する好みや休日の過ごし方についての情報提供だった。プレゼントをするにしてもデートに誘うにしても相手の好みや予定を知っておかないと迷惑にしかならないからね。
ユレイ曰くララリスの好きな物は魔道具の研究に役立つ物、好きな食べ物はドーナツ、休日の予定は基本研究一色とのことだった。
そしてこれは後で知ったことだが、二人はよく魔道具の研究に役立つ物を見つけてはお互いに『敵に塩を送ってやる』とか言いながら送り合い、休日はララリスの家で魔道具による勝負をし、その訪問の際にユレイが手土産としてよく持って行ってたのが道の途中にある屋台のドーナツだったらしい。
さあもう皆さんわかりましたね?勝負はこの時点で既についていたというわけです。ララリスの好きな物も休日の予定もとっくにこの男で構成されておりました。そんなことも知らず僕はその情報提供に感謝し握手を求め、ユレイとの友情を育んでいくことになったのです。叶うことならあの日に戻ってその手を引いて背負い投げしたいものです。
そんな恨み言……思い出を一つ一つ挙げていてはキリがないので、学園に入学してから五年間、毎年の特に印象深かった出来事を紹介していくことにしましょう。
一年次はその背負い投げ未遂事件として、二年次。
一番印象深い思い出は、生徒会メンバーの皆で行った建国祭の花火大会だ。その花火を二人で見た恋人同士は永遠に幸せになれるという言い伝えは有名で、皆も知っていることだろう。
だから僕らは他の輩が抜け駆けしないようにと水面下で火花を散らしていた。勿論ユレイにも協力を頼んだよ。当日絶対に殿下達がララリスと二人きりにならないようにしてくれとね。『まあそれだけなら簡単です』と言い切った彼のなんと頼もしかったことか。
で、当日アイツ何したと思います?ララリスと示し合わせて二人で抜け出しやがったんですよ。なんでもその花火大会の花火の中には実はララリスとユレイが作ったものもあり、『どっちの作った花火の方が綺麗か邪魔の入らないとこで見届けよう』なんて言ってさ。
そりゃあね、確かに僕は言ったよ。ララリスが『殿下達』と二人きりにならないようにしてくれと。でもそう来る?居なくなったララリスを探し回って、花火大会終了間際、裏の公園の池のボートに乗って夜空を見上げる二人を見つけた僕達の心境よ。アイツほんとそういうとこあるから。
まあ、それでも当時は『恋敵に抜け駆けされるよりはマシか』と納得したんだけどね。最大の恋敵が目の前に居るっつーのにな。僕達の目は節穴か?
はー。二年次の恨み言はこの辺にしておいてハイ次、三年次の思い出。
この年は僕らだけでなく、ここにいる皆にとっても大きな出来事があっただろう。とある魔道具が僕達の生活を大いに変えることとなった。
皆も今手元にあるだろう?おそらくポケットに、もしくはハンドバッグの中に入れているそれのことだよ。
そう、ユレイとララリスで共同開発した“軽量型リアルタイムメッセージ送受信機”、略して“ケータイ”だ。
これのおかげで相手のアドレスさえ知っていればいつでもどこでも簡単に連絡を取り合えるようになり……簡単故に学生達の中では誰それからすぐに返信が無いだの遅いだのと揉めたりとかいう問題も起きたね。
勿論僕達はララリスから返信がなかなか無くたって怒らなかったさ。むしろしつこく要りもしない連絡先を押し付けてくる女達と違い、僕達からの連絡に気づきもしないララリスはなんと面白いことかと笑っていた。
十通送って一通返ってくればいい方だったよ!はーっはっは!
……ただ、あまりにもララリスから返信が無いからユレイに相談したんだ。僕のメッセージで何か悪いところがあるのかと。
その時のユレイの返答がこちらです。
『これは俺の知り合いの話なんですけど、毎日毎日“今何してる?”とか“今何を考えてる?”とか“空を見上げてごらん。月が綺麗だよ”とか同じようなメッセージが早朝や深夜に至るまでわんさか来るもんだから、もう基本放置して四十通くらい溜まったあたりで最新四通に適当に返信してるみたいです。だから殿下とかが続けて送信しててフィリップ様のメッセージが上四つからあぶれると次また四十通溜まるまで返信は……』
最初“知り合いの話”ってていで包んだオブラートを最後突き破っちゃったよね。思いっきり名指ししちゃったじゃん。まあ、おかげで返信が来ないのは僕のメッセージが悪いんじゃなくて、他の輩が送り過ぎてるせいだって当時は納得したんだけど……。
よく考えたらどうしてそんな詳しく知ってたんだろうね?なんで僕らがララリスに送ったメッセージを通数や文面や時間帯までユレイも把握しているんだい?
あとたまーにララリスからの返信で口調がおかしいというか、何故かそこはかとなく男っぽいような……誰かさんの代筆みたいなことも……いやまさかね、さすがに早朝や深夜の返信でそんなわけないだろうさ。ちょっと疑心暗鬼になりすぎてたようだ、失敬失敬。
では気を取り直して四年次の思い出。
この年は百年に一度の流星群が降った年だったね。
その流星群の最初に流れる星と最後に流れる星を共に見た二人は結ばれると言い伝えもあり、殿下達に先を越されないよう僕はユレイにも協力を求め……あ、二年次の花火大会の時とオチは同じです。今度はお互い違う魔素材を使って改良した天体望遠鏡の性能を誰の邪魔も入らないところで比べたかったんだって。ハイ終了次行こう次。
それでは最後に、五年次の思い出。
学園生活も残り一年となり、ララリスを巡る僕らの戦いもラストスパートに入った。
進級してすぐにある学園のダンスパーティで誰がララリスをエスコートするかは毎年の争いの種だったが、この年は一層揉めたものだ。互いの邪魔をするあまり、その申し込み期間中は僕らは誰もララリスとまともに話せない状態だった程だ。
あとついでにダンスパーティが面倒くさいらしいララリスは誰からも誘われないように毎年この時期はすぐ姿を消していたし。
そこで僕はまたユレイに協力を求めた。他の皆はユレイのことだけは警戒していなかったから、そこを利用したんだ。ユレイにララリスをダンスパーティに誘わせて、当日は仮病を使って休んでもらい、僕が代役ということでララリスを迎えに行く……という筋書きでさ。
結果から言うと、その策は成功した。皆が悔しがる中ララリスをエスコートできて僕は鼻高々だったよ。きちんと打ち合わせ通りに動いてくれたユレイにも感謝した。
この時のララリスは珍しくおろしたてらしいドレスを着て、いつもはしない化粧もしてアクセサリーまでつけていてね、いつも以上にとても綺麗だった。
今まで彼女は顔や耳に何かを塗ったりつけたりするのはわずらわしいからと、ダンスパーティでも殆どお洒落らしいお洒落もせず、ドレスも前の年に着たものを着回していたのに。
まあそんなところも他の身を飾ることばかりに執心する女達と違って面白いと思っていたけれど、しっかりお洒落をしたララリスもそれはそれで素晴らしいと……誇らしい気持ちでエスコートしたものだ……。
ああ、そうだ。この時の僕は少々舞い上がり過ぎて、まったく気づいていなかったんだ。ララリスはその日を誰と過ごすと思ってお洒落をして待っていたかということを……普段魔道具の研究以外のことには無頓着なララリスが何故ここまでしたかということを……。
思い返してみたらこの日のララリスはあんなにキラキラと着飾っていたのに、僕がユレイの代わりに来たと告げてから目がずっと死んでいたなぁ。あと何度もパーティを中座してユレイの見舞いに行こうとしてたなぁ。仮病がバレると思って止めるのに必死で気づかなかったけど……。
なんていうかもうつくづく勝ち目なんてなかったわけだ。たとえ僕が隣にいても、その場にいもしないユレイが勝ってしまうんだからな。
今更だけど、あの時囮に使ってしまったユレイと騙す形になってしまったララリスにはこの場を借りて謝罪……うん?何やら新郎新婦席が騒がしいな。
なんだって?……“やっぱりあの時仮病だったんじゃない!”って……あー……そうかララリスには結局言ってなかったな……あれ、ユレイも言ってなかったんだな。
うん、うん、ララリスの怒りは尤もだ。ユレイのためにあんなにお洒落してきたのに、当の本人は仮病で欠席って酷い話だよ。まあ僕が頼んだんだけどね。
いやぁユレイ、“時効!”ってそれは無理だろう。まだ一年しか経ってないじゃないか。僕なんて去年どころか五年前のことだって今もずっと根に持ってるんだからな?そして多分これからもずっと根に持つぞ?
あー、しかし悪かった。まさか結婚式のスピーチで初の夫婦喧嘩の火種を作ってしまうとは……しかも結構燃え広がっちゃうとは……いやあすまない、迂闊だったな。はは、悪い悪い、うん、本当に……ふ……ふふっ……ふ、あーはっはっは!あっはっはっはっは!いい気味だ!はは、初めて溜飲が下がったな。せいぜい尻に敷かれるといい!
そのまま一生仲良く喧嘩してろ、お幸せにな!