1話 第一王子レイモンド
紹介にあずかった。新郎新婦の友人代表のレイモンド・リンドランド。この国の第一王子だ。
ユレイ・オーディス君、ララリス・エイブリル嬢、結婚おめでとう。本日は誠にめでたき日で……と、あまりかしこまっても慣れないだろうし、いつものようにユレイとララリスと呼ばせて頂こう。
ユレイもララリスも私と同い年の18歳でありながら、既に何十もの新しい魔道具を開発している天才発明家同士であることは招待客の皆が知るところであるだろう。今までお互いに競い合い、顔を合わせれば煽り合……高め合ってきたライバルであった二人が、これからは夫婦として手を取り合う。なんと素晴らしいことか。喧嘩する程仲が良いという言葉はあるが、実際に目にすることになるとは思いもよらなかった。
ああ、本当に思いもよらなかった。まさに青天の霹靂。まさかそんな……うん……思いもよらなかったんだ……こんな伏兵がいるとは……。
そこのテーブルに座っている同じ学園の生徒会の友人達、こいつら、いや彼らも思いもよらなかっただろう。ララリスはいつも研究に夢中で男になど全然興味が無かったからな。だからこそ面白いと私達は彼女を気に入ったものだ。
第一王子である私や第二王子である弟のショーン、王家に次ぐ権力を持つクリフォード公爵家の長男フィリップ、留学生の砂漠国の王子アシュラフ、いつでも女性から秋波を送られる私達に、ララリスは全然興味を示さなかったのだから。
そう、面白いことにララリスは私達に全然興味がなかった。初めて出会った日からずっとそうだったよ。ああ、ユレイとララリスが出会ったのも同じ日であったな。あれは私の12歳の誕生日パーティのことだった。
侯爵家の三女で私と同い年であったララリスは私の妃候補として、平民であったが数ある有用な魔道具の開発により幼くして騎士爵の位を得たユレイはその記念として、そのパーティに招待されたわけだが。
『貴方がユレイ・オーディス?ふぅん、思ったより根暗そうね。私はララリス・エイブリル。名前だけは聞いたことがあるんじゃなくて?』
『ララリス?聞いたことねぇなぁ。ああ、そういえばすぐ吹きこぼれる欠陥湯沸かし器の開発者の名前がそんな名前だったか?』
パーティが始まるや否や何人もの令嬢に群がられて身動きが取れなくなっていた私を尻目に、二人は最悪の出会いを果たしていたね。
お互いに開発したものの欠陥をあげつらい、罵り合い、最終的に取っ組み合いになったのを騎士達に止められて退場させられていたな。
その後ろ姿を見て私は思ったのだ。『面白い女』だと。普通の女は我先にと私に媚を売りに来るのに、彼女は私に目もくれもしなかったのだから。
後日彼女に直々に城への招待状を送ったら、すっかりお叱りだと勘違いした彼女が、吹きこぼれにくく改良した湯沸かし器を詫びの品として持ってきたのには大笑いしたものだ。
ますます面白いと思ったよ。なんて予想外なことをしてくれる。
……まあ、本当に面白かったのは私の頭だってオチでしたね。
自分に興味のない女性を面白い呼ばわりして呼びつけるなんて今思えば失礼極まりないことです。
とはいえ誕生日パーティで主役を無視して他の招待客と取っ組み合ってたララリスも相当に失礼だったと思うので、そこはお互い様にしておいてください。
さて気を取り直してスピーチの続きと行こう。
そんな出会いから2年後、14歳になった私達は王立魔法学園に入学した。
その頃にはララリスは私の妃候補だともっぱらの噂だった。
女性に興味のなかった私があの出会い以降、何度もララリスを城を招待していたからな。二回に一回、三回に二回、五回に四回程断られるようになってたが……バレないようにじわじわ断る回数を増やしていたのだな……そんなチキンレースみたいなことを……。
まあ、彼女の予定も顧みずに毎日のように誘いをかけていた私にも非はある。
とはいえ病気でベッドから動けないからと断った日に、家の庭でユレイと魔導エンジン搭載カーレースをしてたのは迂闊過ぎたのではないか?サプライズで見舞いに行った私も悪かったが、あやうく轢かれて私がベッドから動けなくなるところだったよ。
……今思えば、私の誘いを断った日で私が君に会いに行くと大抵ユレイと何か魔道具で勝負していたな。それで『私の誘いより研究を優先するとは面白い女だ』と悦に入っていた私は馬に蹴られるべきだったわけですね、はい。
はいそこ、生徒会テーブルの野郎共!他人事だと思わない!貴様らも似たようなものだからな!ララリスをデートやパーティや家や自国に誘っては散々断られてきただろう!
ああそうだよユレイ、貴様の勝負とやらの誘いを一度も断ったことがないララリスは、私達の誘いをありとあらゆる仮病や言い訳で断って来たのだ!このハッピーボーイめ!まあそれで面白い面白いと連呼して彼女を誘うのをやめなかった私達の頭が一番ハッピーだったがな!
ふう、また脱線してしまった。スピーチの途中だったな。
学園に入学してすぐ生徒会長を務めることになった私は、会長補佐にララリスを指名した。最初は頑なに固辞したララリスも、ある日突然すんなりと受け入れてくれたね。会計長にユレイを指名したのを知ったからだろうね。あの頃の私は馬鹿だったから、他の生徒会メンバーは恋敵になり得ない者で固めようと思ってそんな人選をしたのだよ。
プレイボーイでいて本心では以前の私のように女性を貶んでいた公爵令息のフィリップ、ララリスを私を誑かした悪女だと思って敵視していた腹違いの同い年の弟ショーン、犬猿の仲のユレイ。完璧な布陣のはずだった。女子で固める手もあったが、そんなことをしてララリスに私が他の女子に気があると誤解されては敵わないと思ったからな。
で、その結果がこれですよ。
フィリップは全然自分に靡かないララリスにかつての私と同じように興味を持ち、面白がり出し、あっという間にハマった。
弟のショーンはいざララリスとまともに会話をしたらあっさり誤解も解け、気がついたら私の方を敵視していた。
一人私の指名ではないが砂漠の国から留学に来たアシュラフ王子も交流のためにと生徒会に入ることになったのだが、もう語るまでもないな。
ユレイ?相変わらず生徒会室でララリスと顔を合わせる度に喧嘩していたな。ヒートアップするとすぐ『表出ろや』『望むところよ』って二人して仕事放って体育館裏で魔動人形相撲で勝負をつけていたね。表出る必要あった?取っ組み合いから魔動人形での代理戦争になったのは成長だけどさ。
けどその後溜まった仕事は夜の学園で二人きりで片付けてたのは知らなかったよ……道理で仕事は遅れないし私達も帰りに君を送れなかったわけだ……何度申し出ても頑なに拒否されたよね。
さて、そうして数ヶ月が過ぎる頃には、このそうそうたる顔ぶれである生徒会メンバーが皆ララリスを好いていると学園中の知るところになった。私達がところ構わずララリスにアプローチしていたから当然だろうな。私達のうち誰が彼女を射止めるか、多勢の生徒が賭けをしていたくらいだ。
けれどもその頃になってもララリスはやはり私達のアプローチに全然靡かず、魔道具の研究に夢中で、デートもダンスもプレゼントも殆ど断ってくれたね。その度に私達は面白い面白いと盛り上がっていた。
なんとおめでたかったことでしょう。おわかりいただけただろうか。ララリスはずっと魔道具の研究に夢中だったんだ。ユレイと競い合い時に協力し合ってた魔道具の研究に。
いや、悲しいことを思い出すのはよそう。
深い仲になろうとする誘いはことごとく断られたが、一応私達は彼女の友人ではあった。二人きりの誘いは駄目でも、“皆で”の誘いならなんとか受けてもらえたさ。
夏季休暇は皆でアシュラフの国に観光に行ったね。リンドランドでは珍しい魔石や素材にララリスもユレイと共に目を輝かせていたな。
こんな時ばかりは二人は仲良しだったよ。『その砂サソリの尻尾一個ちょうだい』『じゃあその歩きサボテンの針と交換な』とかカフェでケーキシェアするカップルみたいな会話を……いやそんなものが入ったケーキとか嫌過ぎるな。
まあ犬猿の仲の二人がこの時“だけ”は仲が良いなと、私達は余裕たっぷりに構えていたものだ。
その余裕が砂上の楼閣だったことも知らずにな。ハァ……。
旅行から帰って、残りの夏季休暇中の抜け駆けは禁止だと互いに念を押し、私達は解散して、私もショーンもフィリップもアシュラフも『今度は二人で旅行しよう』とララリスに即行で手紙を出し、返事を今か今かと待ってる間に夏が明けたよね。『アシュラフ王子の国で仕入れた素材で新しい魔道具を作るのに夢中で返事を出し忘れた』と休暇明けの生徒会室で全員に謝られたものだから、私達はそこで互いの裏切りを知ることになったよ。
ちなみにララリスは物資運搬用の空飛ぶ絨毯、ユレイは魔動自転車を開発したとのことだった。
後から知ったことだが、夏季休暇最後の日、お互いの研究成果を見せ合うためにユレイの魔動自転車に二人乗りして当てもなく飛ばして海まで行ったらしいね。絨毯にお弁当を載せて並走させて浜辺でレジャーシート代わりにして食べて帰って来たと。
私達がついに手紙の返事が来なかったと黄昏れてる時、二人は夕陽に向かって青春してたわけですよ。もう犬猿の仲とか嘘だろ。まあだから今結婚式やってるんだろうけどね。
私にできることと言えば交通安全のために魔動自転車の二人乗りを禁止する法案を院に提出することだけだったよ……来年から施行されるから覚えてろよ……。
とまあ、そんなこんなで私達の楽しい学園生活は過ぎて行った。
ただ、学年が上がるごとに、身分的にもルックス的にも学園最上位の男達を虜にしていることで、ララリスを妬む女子生徒も増えていった。私達はそれをおおっぴらに注意してはララリスを守っているつもりだった。
しかしそれは間違いだった。そんなことでは余計にそれらの嫉妬を煽っただけで、更にバレないように嫌がらせをされるだけだったのだ。
いつだったか大雨の日、ララリスが学園の敷地内の倉庫に閉じ込められたことがあった。家は出たはずなのに学園にいないとなって、来る途中に何者かに襲われたのかと思った私達はユレイが止めるのも聞かず散り散りに学園を飛び出して探し回ったが。
実際はララリスのとある魔道具を盗んだ輩がそれを返して欲しくばとララリスの靴箱に倉庫へ呼び出す手紙を入れ、ララリスが来たところで閉じ込めたという単純なものだった。灯台下暗しだよ。
最初から学園内の生徒による犯行だとあたりをつけてたユレイだけは園内を探して、古いせいで変形して開かなくなっていた倉庫の扉の鍵をこれまた鍵穴の通りに変形する鍵で開けて助けたんだ。
聞けば今までの細かい嫌がらせも何かとユレイが助けてたと言うじゃないか。『俺以外のつまらない奴に負けるなんて許さない』なんて言ってね。ララリスも『貴方にだって負けるつもりはないわ』なんて返してたり。
私達は二人の仲が相変わらずだと笑って、安心してユレイに礼を言ってたよ。私のララリスを助けてくれてありがとうとね。
ユレイのララリスだったわけだけどね。
彼女の未来の彼氏に向かって彼氏面するとんだピエロだったというわけだよ私達は。卒業間近まで踊り続けたね。
ユレイとララリスがついに付き合い始めてからもしばらくは納得できずに邪魔をして、あろうことがユレイに決闘を申し込んで、『ルール無用だ。一流の治癒術師にも立ち会いをしてもらう。どんな武器を使おうと構わない』とか言っちゃって。
決闘当日魔石発掘用に開発したダイナマイトを持って現れたユレイに皆揃って全面降伏したのはいい思い出です。
さすがにね……ダイナマイトの前じゃ人はあまりに無力ですよ……。
もう完全に私達も負けを認めざるを得ない。まあ負けを認めるというか最初から勝負にもなってなかったんだけどな。
ユレイ、ララリス、結婚おめでとう。爆発するくらい幸せになってくれ。これで私のスピーチは終わ……あ、そうだ。
そういえば前半で話した“生徒会メンバーのうち誰がララリスを射止めるか”の賭けだが、こんな結果になった以上誰も勝たず胴元の総取り、と思いきや一人だけユレイに賭けていた人物がいたらしくてね。その人物の一人勝ちだったようなんだ。
それは誰かって?今ララリスの隣に座ってる男ですよ。はい、新郎本人。それはもう凄い金額になったらしい。この結婚式の費用全部賄えるくらいにな。
ええ、そんなわけで私達からのご祝儀はそれに代えさせてもらいますんでね、どうぞお幸せに!!