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短編集

婚約破棄はいつも突然に

作者: 神山 りお

気分転換に短編を書くのは楽しい。

……けど、難しい。

 ( ・∇・)





 我が国にある由緒正しきミランダ学園は、貴族も平民も関係なく勉学や交流の場として、ミランダ=ワシントーンにより創設された。



 そのミランダ学園の卒業を祝う夜会には、日中卒業式に出席した者や卒業を祝う在校生達が集まっていた。



 夜会と言っても未成年が殆どのため酒類は一切出ず、代わりに雰囲気だけ味わって貰おうと、ソフトドリンクがカクテルグラスに入れられている。

 ……ハズ、なのだが。



 恋人との夜会が楽しいのか、夜会と言う場に酔いしれているのか、高揚した様子で見つめ合う1組のカップルがいた。



 そのカップルは、しばらくしてキョロキョロすると、何かターゲットを見つけたのか腕をこれ見よがしに組み、足早に歩み寄って高々とこう言い放つ。




「アナコンダ=ワイオミング!! お前との婚約をここで破棄する!!」




 その左腕に、子爵令嬢を寄り添えて。

 ザ・浮気である。

 いつかやらかすと思ってはいたが、今ですかと祝いの会場が、一瞬にして凍り付いた。




 ――だが。





 その凍り付いた意味を知らず、自分達に注目が集まったと気分を良くしたトラトランプ王子は、さらに口上を続けた。



「アナコンダ。お前は、私のササラサーティーを事ある事に虐め、遂には命まで狙う愚かな行為をした。よってココでお前との婚約を破棄する!!」

 アナコンダ=ワイオミング侯爵令嬢が友人と談笑していると、トラトランプ王子が噛み付く様に言い放ったのだ。

 周りにいた卒業生は、まるで潮が引く様に捌けていた。

 別にトラトランプ王子のために道を開けた訳ではなく、関わりたくないからなのだが、それを知る由はないだろう。



「わたくしとの婚約を破棄……ですか?」

 アナコンダとの名とは異なり、黒髪で少し吊り目の美女が少し驚いた表情で、トラトランプ王子を上から見下ろした。

 別に見下したくて見下している訳ではない。アナコンダ侯爵令嬢は、トラトランプ王子より頭一つ程背が高いので仕方がない。

 トラトランプはそれが余計に気に入らないのだが、そんなくだらない理由が含まれ、今日の婚約破棄を決めたとは誰も知らない。



「そうだ。お前は私のササラサーティを――」

「本来なら宣言したところで、白紙には出来ませんが、こんな公の場でおっしゃっては仕方ありません。婚約は白紙撤回致しましょう」

 トラトランプ王子がまだ何か言いたげのところを、アナコンダ侯爵令嬢は遮った。

 本来なら不敬だと、誰かが言ってもイイのだが、先に非常識な行動をしたのはトラトランプ王子だ。誰一人とその不敬を問題視する事はなかった。



「ふんっ! やけに素直だな。お前がササラサーティにした罪は後――」

「お待ち下さいませ!!」

 トラトランプ王子が鼻で笑った後、さらに続けようとした言葉を、今度は可愛らしい声が遮った。



 潮が引くところか、干上がる様にさらに広がると、そこにはふわふわロングの金髪を靡かせた可憐な少女が現れたのである。



「ミランダ!! 何しに来た!!」

 トラトランプ王子は、こめかみをピクリと寄せた。

 アナコンダがどれだけ悪辣か、ここにいる皆に知らしめてやろうとしていたのに、また邪魔が入ったのだ。

「何しにもありませんわ。わたくしも卒業生ですのよ? いない訳がございません」

 王子の前だというのに、怯える事もなく強い口調で返していた。

「はん? お前は今の今まで、学園に来ていなかったであろう!! なのに卒業式だけは来るのか、余程遊びたい様だな」

 小馬鹿にした様子で、ミランダを見下していた。



「遊びに来た訳ではありませんわ。アナコンダ、婚約を白紙にするって冗談よね?」

 トラトランプ王子をひと睨みし、ミランダはアナコンダの両手を悲しそうに握った。

「申し訳ありません。私の力が及ばなかったばかりに」

「そんな……貴方は良くやってくれましたわ。あんなバカ相手に今まで、本当に……」

 ミランダは涙を抑えながら、今までの事をアナコンダに詫びていた。

 そんな姿に憤慨しているのは、トラトランプ王子である。

「貴様、言うに事欠いてバカとはなんだ!! 不敬罪で国外追放にするぞ!?」

「お出来になられるのなら、してみたら良いわ。アナコンダ、屑とは縁がなかった様ですが、これからは侯爵家として、わたくしを支えて下さいますか?」

 トラトランプ王子を華麗にスルーするミランダ。

 婚約を白紙になってしまったが、自分の側を離ないでとアナコンダに懇願していた。

「勿論です。ミランダ殿下」

 そう言って、アナコンダが見事なカーテシーを見せれば、ミランダの周りにいた卒業生在校生達は、それに続き深々と腰を折り頭を下げたのであった。




 そう彼女の名は、ミランダ=ワシントーン。

 婚約破棄をやらかした双子の妹なのである。





「なっ!?」

 皆その恭しい姿に、トラトランプ王子は絶句していた。

 王子である以上、貴族や平民が自分に頭を下げる姿は勿論見てきた。

 だが、この公の場でこんなにも恭しく、頭を下げられた事はあっただろうかと、唖然となってしまったのだ。




「ありがとう皆様。皆様のおかげでわたくし、決心がつきましたわ」

「では……!?」

「この場で口上は出来ませんが、直に……」

 と言ったものの、最終的に決めるのは父である陛下だが。

 まぁ、このやらかしを耳にすれば、遅かれ早かれに違いない。

 そう困惑した様にミランダが微笑んで見せれば、皆は途端に歓喜に沸いた。





「「「女王陛下誕生だ!!」」」

「「「おめでとうございます!!」」」

 冷え切っていた夜会が一気に高揚し、熱量は最高潮になっていた。

 皆は口々に祝いの言葉をミランダに掛け、恭しく頭を下げて自分も我が家も、ミランダと国を支えて行くと宣言している。

 モーゼの海割りが、知らない間にミランダを中心に輪になっていたのだ。



「お、おい!?」

 状況が全く理解出来ないトラトランプ王子は、ミランダに詰め寄りたいのだが、輪の中に割って入れない。

「おい!!」

 叫んでも喚いても、この女王陛下生誕の歓喜の輪には入れなかったのである。




「ど、どういう事だミランダ!! この私を差し置き勝手な事を抜かしおって!! 女のお前が国王になんぞなれる訳がないだろう!!」

 歓喜覚めやらぬ空気の場に、やっと割って入り込めたトラトランプ王子が噛み付いた。

 何が女王陛下生誕だと。

「何故、成れないと?」

「国王は男子に限ると決まっているだろう!?」

 何当たり前の事実を知らないのだと、今度はトラトランプ王子が馬鹿にする。

「一体誰がお決めに?」

 ミランダ王女は驚いた様に、小首を傾げた。

 誰がそんな事を決めたのだと。

「誰って、陛下や貴族達だ!!」

 トラトランプ王子は、それが常識だろうと叫んだのだ。



 ミランダはわざとらしく、瞬きをして周りを見た。

「先程から、何をおっしゃっているのか存じませんが、この学園に通っておられるのに、創設者をご存知ないのですか?」

 信じられないとばかりにミランダ王女は、驚愕して口元を手で隠した。

「は? お前と同じ名前のミランダだろう?」

 トラトランプ王子は、馬鹿にするなと更に苛立ちを見せていた。

「その創設者は何をなさっていたお方だと?」





 ミランダに改め言われ、トラトランプ王子はアッと声を出し驚愕し、声や身体がブルッと震えた。




「じょ、女王」




 そうなのだ。

 この学園の創設者は、初代女王陛下ミランダ=ワシントーンである。




 それは、この学園に入ると真っ先に教えられる事の一つ。

 その女王が、男尊女卑や学に身分や差別のない世界にと、願い建てた学園であった。

 それを王族が知らないのは、由々しき事態である。




「大体、貴方がいつまでも立太子されない時点で、お気付きになられるべきだったと思うわ」

「まさか、貴方がいたから!?」

 愕然としているトラトランプ王子に代わって、ササラサーティ子爵令嬢が声を上げた。

「そうよ? 現陛下はわたくしが病弱である理由を上げ、仕方なくトラトランプに……そうとは知らず、彼はすでに国王になれると勘違いし、勉強は疎かにし始めるわ胡座を掻くわで、せっかくの好機でしたのに、失落しまくりよ。最後の綱だったアナコンダまで……」

 ミランダは色んな意味で具合が悪くなりそうだった。

 アナコンダがいたから、王子がこれでも良かったのだ。なのに、勝手に王命である婚約まで解消の宣言をしてしまった。

 口上くらいで本来なら簡単に白紙に出来ないが、これだけの人間の目の前で宣言してしまった。何もなかったと丸く収めるには、派手にやらかし過ぎである。

 トラトランプ王子、終わりの始まりかもしれない。




「うそ、国王は……男子に限らなかったの?」

 ここにも1人、常識を知らない者がいた。

 王妃にでもなるつもりでいたのか、ササラサーティ子爵令嬢が震えていたのだ。

 彼女の稚拙な計算は、大きな誤算の様だった。



「今の世の中、全てにおいて男子に限るなんて言ってる国の方が少ないわよ。大体、そんな初歩的な事も知らずに良くトラトランプと……あぁ、知らないから」

 ミランダは可哀想にと、わざとらしく嘆いてみせた。

「ま、まさか。私はしゅ、修道院に……」

 ぶつぶつと言うササラサーティ。

 皆が静かなので、いくら小さな声でも丸聞こえである。

 皆の失笑する声さえも聞こえてしまった。

「バカね、貴方。時代錯誤も甚だしい。いつの時代に生きてるのよ。生きた化石みたいな事言わないで下さる? 処刑だの追放だの修道院だの、そんなの一昔前の話ですわよ。勿論、それなりの沙汰はあるけれど」

 祖父か曽祖父時代の話をしているササラサーティ子爵令嬢に、ミランダは思わず笑ってしまった。

 バカも極めると可愛いモノだなと。

 ここがトラトランプ王子が惚れたところなのかと、アナコンダには悪いが納得してしまった。




「な、なんだと!? 王命を破棄しても、処刑にならないのですか!?」

 奇妙な生温かい空気が流れ始めていた頃、なんだか嬉しそうな声がミランダの背後から聞こえた。

 一瞬、王命の婚約をたった今、破棄してしまったトラトランプ王子かと思われたが、全く違った。

「あら、リンデル」

 ミランダは嬉しそうな声を上げた。

「わたくしの卒業を祝いに来てくれたの?」

 ここにいる筈のない2つ上の婚約者、リンデル=オレゴーンド侯爵の姿を見て、ミランダは踊る様な足取りで駆け寄った。



「えぇ、そうなのですが、そんな事より婚約を白紙にしても処刑にならないのですか!?」

「そんな事より?」

 ミランダは嬉しそうな表情が消え、眉根を寄せた。

 自分の卒業祝いをそんな事とはどういう事か。

「貴方は以前から、王命の婚約解消は処刑レベルだと、私におっしゃっていましたよね?」

 そう言ってリンデルは、ミランダの小さな肩を軽く掴んだ。

 ミランダとの婚約が決まり、しばらくしてミランダの口からそう聞いたのだとリンデルは強く言う。



「あら? そんな事をわたくし言っていたかしら?」

「おっしゃっていましたよ。だからてっきり解消した先に待つのは、愚かな死だと今の今まで信じておりました」

「そう?」

 トラトランプ王子が処刑されなくて、残念だったわね? とミランダは笑っていたが、どうやらそういう事ではないらしい。




 違うのか、リンデルは改めてそうと呟くと、ミランダとの距離をさらに数歩開き、声も高々に言ったのである。




「なら、ココで、私リンデル=オレゴーンドは、ミランダ=ワシントーンとの婚約を白紙にして頂きたい!!」




 宣言した者勝ちだと云わんばかりに、嬉しそうに言い放ったのだ。

 トラトランプ王子が出来たのだから、便乗したのである。




 この事態に、会場一同は唖然である。

 立場こそ違うが、前代未聞の兄妹の婚約破棄であった。






「まぁ、破棄、白紙、解消? 笑わせるわね。出来るモノならやれば宜しいわ。さっ、そんなくだらない話は終わりにして、王城に帰るわよリンデル」

 ガシリとミランダは、楽しそうにリンデルの襟首を掴むと、ズリズリと引き摺って行く。

 コレが病弱だと謳われた王女の姿だと、誰も信じたくなく皆目を擦る。

 だが、何度も何度も擦り目を瞑ったみたが、ミランダが大の男を引き摺っている姿は消えなかった。



「待て待て待て!! トラトランプが白紙に出来て、何故私は出来ないのですか!?」

 脱げそうな上着を支えるのが必死で、逃げる事が出来ないリンデル侯爵令息は悲しそうに叫びを上げていた。

「世の中そんなに甘くはないのよ」

 実際はまだ口約束レベルなので、白紙になどなってはいないのだけど、リンデルが気付いていないのが可愛くて、ミランダは楽し気に笑っていた。

 男を引き摺りながら……。

「説明になっていませんが!? お願いです。私との婚約を白紙にして下さい!!」

「だから、出来るモノならやってご覧なさいな」

 余裕綽々なミランダは、モーゼの海割りの様に拓けた会場の出入り口に、リンデルを引き摺って行く。



「え? む、無理なのか? ならせめて、もう一度、もう一度トラトランプ殿下にチャンスを、トラトランプを王太子にして下さい」

「そんなくだらない事、わたくしに言わないで下さいな。大体、彼はアナコンダがいたから国王に就けたのよ。ササラサーティでは力が足りないわ」

「そうだ!! なら、貴方や私が後ろ盾として支えればイイ!!」

「支える価値がどこにあるのよ。もう諦めなさい、リンデル」

「イヤです!! 私は、王配の器ではないんですよ!!」

 リンデルは嘆きに嘆いていた。

 ミランダが好きとか嫌いとか、そんな感情で言っているのではない。寧ろ好きだ、大好きだと断言する。

 だが、女王になったミランダを支えられる程の気概はないし、王配など絶対に無理だと心が咽び泣いていた。



「何を言ってるの。学生時代にオーバイオの食害解消、コロラドドとネバネバータ伯爵の不正を暴いた実績があるじゃない。それだけあれば充分だわ」

 そうなのだ。リンデル=オレゴーンドは気弱な所があるだけで、仕事は出来る。誰よりも王に並ぶ資質があったのである。

「アレは、酔った勢いなんですよ!!」

 訳の分からない言い訳をすれば、ミランダは笑って応えてあげた。




「なら、一生酔っていなさい」




「は……い」

 そう言って振り返ったミランダは、強く気高く美しかった。

 その神々しい姿に、リンデルは思わず見惚れ頷いてしまったのであった。

 どこまでもついて行きますと。




 皆からは、複雑な笑みが溢れていた。

 ミランダとリンデルの姿を見ていると、良い主従関係が築かれている。さながら、女王と下僕に見えなくもないが。

 だが、このミランダに従っていれば、この国は安泰だろうと……残された者達は、何故か再び引き摺られて消え去るリンデルを見て、小さく頭を下げるのであった。










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