第11話 死神の生き方
またまた遅くなりますた。
その鈍い拳は俺に近づいてくる。こんなものさっさと弾くか避けるかしてそのあと地面に頭をつかせて俺が勝って終了だ。
だが...本当にそれでいいのか。
俺たち死神は生物と共にこの世界に暮らしているのに誰からも視られることなく、この世界で『生きる』ということを認められない。 生きていない俺たちが何したってなんの意味もなく、最初から与えられた少ない選択肢の中から選ぶだけだった。
魂を天まで見送る。魂を支配る。小さな枠の中で争いをする。これが俺達に与えられた選択肢だ。
いつしか俺は生物のみに与えられた『生きる』という行動に対して強い憧れを抱いた。
人間見たく愛し合うパートナーだって作ってみた。もちろんミカちゃんとの生活は楽しいがそんな俺たちの姿を見てくれる奴なんていないし。所詮はただの生きている者達の真似事にしか過ぎない。
だがなぜか、お前のその行動が、俺の中で唯一『生きる』ということだと。その訳の分からんセリフもその弱々しい拳も、その行動の1つ1つに、お前だけの魂を持っている気がしてしまう。必死になっているお前のことを、『生きる』ことを諦めた俺が邪魔していいものなのか。
ほんの少し前に会っただけの奴にここまで魅せられるなんて、なぜお前が『やすらぎ』という名前なのか、少しだけ分かった気がする。だからその拳は受け入れようじゃねえか。
「俺の負けだ」
「はぁ…はぁ…なんで…」
「油断しちまった、まぁルールはルールだ。お前達は神鬼とやり合うだけの実力がある。試すようなことして悪かった。」
「んっ...うっ...」
意識を失っていた天弥が目を覚ます。
「天弥...良かった。憑依するからジッとしてろ」
「おい、ちょっと待て」
騎士は天弥に憑依しようとしている安らぎを呼び止める。
「その憑依は、なんのデメリットなしで使えるもんなのかよ」
「どういうことだよそれ」
「身体能力と治癒力が飛躍的にアップしてそのガキになにも影響がないなんてずいぶんと虫の良い話じゃねえか」
「…天弥には何も影響が無いぞ」
「知らないとこで何か影響が出てるかもしれねえだろ。今後憑依は控える事だな。いつも通り使っていきたいなら憑依について理解を深めることだ。」
「んなこと言っても憑依の存在があることすら知ってる奴は少ないんだぞ。」
「はぁ...だったら、六鬼仙の鬼識に会うんだな。」
「六鬼仙?鬼識?なんだよそれ」
「お前、六鬼仙も知らねえのかよ。
百鬼仙ってのはそれぞれのやり方で神へ近づき、自分達が何者なかの問おうとする奴らのことだ。鬼識は知識を極めることで、神の元へ行こうとする奴で、この世のほとんどの事を知っている」
「そいつに会えば憑依の事を教えてもらえるのか?」
「かもな」
「どこに...いるんだそいつは」
痛みが和らぎ、やっと喋れる余裕が生まれた天弥は騎士に聞く。
「鬼識は世界の全てを知ろうとする為に何百年も渡って世界を旅している。」
つまりどこにいるのか分からないということか。
「まぁお前らならすぐに会えるんじゃないか?鬼識はこの世の全てを知ろうとする、もちろん俺達の存在意義やその【憑依】のことだってな、憑依が使えるお前のことを知ったら必ず調べるはずだ。それと…」
騎士はクレーターが無数にできている石を1つ取り、天弥と安らぎの方に向ける。
「この石は何でできてるか知ってるか?」
「な、なんだよ急に...」
安らぎは唐突に来た質問に困惑する。
「鬼識はこの石がどこでできてどういったことが起きてこんな形になったのかまでを知る。つまりこの世の全てを網羅することで、神へと近づこうとしてるんだ。要するに六鬼仙は『究極の無機物生命体』お前達はそんな奴に立ち向かおうとしてるって事を、忘れるなよ」
『神に近づこうとする』
死神に会う前の天弥なら神の存在自体信じることは無かっただろうが、手にした超常の力、自分にしか視えない異形の者、目の前で起こってることが夢でなければ、神の存在だって信じてしまう。
神は一体何ができるだろうか?天弥はまだ少し痛む頭でそんなことを考える。
生物を創ることができるのであれば生物を壊すこともできるのだろうか。また、壊した生物を治すことさえできるのだろうか。
神の存在、本質なんて考えても時間の無駄であり、宗教を信じ込む者を愚かだと、前の俺なら思っていた。
だが死神に殺されそうになったり、死神に救われたり、姉の魂など、1ヶ月にも満たない間に訳の分からないことが起こりすぎた。
俺の考えは変わった。この空の上にもし神がいるのなら、俺がするべきことや死神の存在意義など聞きたいものだ。
神は何ができるだろうか?
天弥はもう一度考えた。
人は常に選択を迫られる生き物です。『ビアンカ』か『フローラ』か。『カツカレー』か『カレー』か。『きのこの山』か『たけのこ里』か。人は自分の作り上げた物に悩み苦しむ物です。そして、この世でもっとも難しいとされている選択があります。
それは、『近所のおばちゃんに「おかえりなさい」って言われたらなんて返せばいいの』です。古来から日本では、おばちゃんはおそろしいまでにコミュ力の高い怪物であり、そのなんて返せばいいかわからない会話を平然と若者達に叩きつけます。僕も小学生のころ友達にふざけて「おれ将来弁護士になるわ〜w」と言ったらたまたま横を通ったおばちゃんが「お兄さん弁護士になるの?うちの孫も医者になりたくてねぇ〜」と話しかけてきて「あ...あ...」となったことがあります。いや医者て。弁護士と医者はブラジルと日本くらいの違いがあるだろ。そんなコミュ力怪物おばさんにとって最大の攻撃「おかえりなさい」は何人もの若者が苦しめられたことでしょう。そこで、今回この私が攻略法をみなさんにお教えいたしますのでぜひご参考にしてください。
そもそもなぜ「おかえりなさい」という言葉をおばちゃんが使うだけでこんなに選択が難しくなるのか。その最大の理由としておばちゃんとの関係にあります。人は目上の知らない人と話す時、ほぼ大体の人が敬語になるでしょう。敬語というものは自分の語彙力を一定値まで下げる能力があります。もともと語彙力のない子供が敬語を使うことによってさらに言葉が限られて選択に困るわけです。では語彙力の軽減を防ぐにはどうしたらいいか。簡単なことです。おばちゃんと関係を築けばいいのです。お母さんに「おかえり」と言われたら迷わず「ただいま」って言えるのはなんでだと思いますか。あなたにとって関係がある人だからですよ。つまり、「このおばちゃん挨拶してきそうやな」という人がいればとりあえず遊びに誘いましょう。コミュ力の高いおばちゃんなら当然その誘いにふたつ返事です。そしてそこからゆっくりと関係を深めればめでたく2人はゴールインというわけです。
いかがでしたでしょうか。『遊びに誘う勇気』『おばちゃんにおじちゃんを裏ぎさせる勇気』『婚姻届』この3つがあればこの生きづらい世の中も簡単に生きていけるのです。僕はこの方法で何人ものおばちゃんを回避して何人ものおばちゃんから命を狙われています。そして、長くなってしまいましたが最後に、こんな僕にでも元気に話しかけてくれるおばちゃんにはこれからもずっと長生きしてほしいです。




