1. 教会の朝
「こら、起きんかアシュリー。
屋根の掃除をやっとくれ」
布団の上から、杖でバシバシ叩かれる。
耐えかねて、アシュリーは起き上がった。
「んー…おはよ、じいさん」
「たるんどるぞ。ほれ、起きて支度をとりなさい」
「まだ4時半じゃん…
俺今日初出勤なんだよ。もうちょい寝かして…」
「二度寝すればいいじゃろ。二度寝」
じいさんは言い出したらしょうがない。
アシュリーはベッドから這い出して、眼鏡をかける。
その辺の服を適当に引っ掛け、ほうきを手に取った。
ここは、魔法国家ジュリーク=エリ。
大陸の端っこの国だ。
三方を山に囲まれ、もう一方は海。
そのど真ん中に、城下町───首都エルド=エリがある。
比較的魔法が栄え、種族も多様。
魔物も沢山生息しているが、害をなさない魔物に関しては割と共存している。
結構寛容な国だよな…と思う。
そんなジュリーク=エリの城下町は、アシュリーが暮らすこの教会の屋根から一望できた。
アシュリーは物心ついたときから、この教会に住んでいた。
城下町近くの、小高い丘のてっぺんだ。
そのころから、この教会は、“じいさん”ひとりがやっていた。
ユグノア神父だ。
神父にあるまじき凄い頑固じじいで、しかし正義感の強い人物。
人型だが精霊の系譜の、エルフの血を引く。
歳はもう数えるのをやめたらしい。
アシュリーはこの人に育ててもらい、12歳ごろからは傭兵として稼ぎはじめた。
いくらかお金をユグノア神父に渡そうとしても受け取ってもらえないので、実質居候みたいな感じになっている。
にも関わらず、「居候は働け」ということで、早朝からこんなふうにこき使われていると、まあそういう経緯だ。
何か矛盾しているとは思うが、ユグノアにとってはうまい形に収まっているに違いない。
アシュリーは教会の屋根を掃く。
教会は縦に長いシルエットだが、屋根付近に装飾が多いため、葉が引っかかったり、鳥がしょっちゅうとまって休む。
掃除しないとすぐ汚くなるので、休めない仕事のひとつだ。
春風が気持ちいい。
教会の屋根掃除は嫌いではなかった。
ここからだと、城下がよく見える。
なかなか悪くない眺めだ。
傭兵ならやれるかもしれないと考えたきっかけも、屋根掃除だった。
虫型や鳥型の魔物が時々屋根にたかるが、それらを追い払うのもアシュリーの仕事だったからだ。
魔物退治なら自分にも出来る、という自信が、幼いアシュリーを駆り立てた。
傭兵を取りまとめるギルドに登録し、仕事をこなして、叩き上げで剣と魔法を磨いていく。
その頃には、自分が人ならざる者であり、人間より大きな魔力を抱え込んでいるということも、薄々分かっていた。
さて…屋根はすっかり綺麗になった。
ユグノアが、教会の鐘を鳴らしている。
これは────5時の鐘だ。
出かけるにはまだ早い。
「二度寝するか…」
アシュリーは屋根から飛び降りる。
眼鏡を上げて目をこすり、大きく伸びをして、教会の中へ引き返した。