8月4日-(9)-
健ちゃんとヒデくんが行ってしまったので
(美愛のとこに戻ろう)
と思って向きを変えた。
「!」
そしたら、私のすぐ後ろにトレイを持った榮川さんが立ってたので、あぶなくぶつかりそうになった。
「ゴメンなさい」
反射的に口から出た。
「・・・」
でも、榮川さんは黙って、どこか遠くの方を見てる。
「どうしたの?榮川さん」
少し気になったので聞いてみると、やっぱり私の方は見ないで
「あの二人は安齊さんだけを名前で呼ぶ」
と言う。
「え?」
「・・・」
チラッと私を見て、またすぐ向こうの方に視線を戻した。
言ったことと見てる辺りから、榮川さんはヒデくん達が行った先を見てるように感じたから
「二人っていうのは、鹿生くんと仁藤くんのこと?」
と聞いてみると
「・・・」
榮川さんから返事はなかったけど、たぶん合ってると思ったので
「うん、まぁ、二人とも小学校から一緒だし」
と答えた。
「・・・」
視線がゆっくり私に向いて、止まった。
(もしかして・・・)
榮川さんの視線の動きで、初めて何となく頭に浮かんだことがあったし
「あの、榮川さん」
確かめてみることにした。
「・・・」
別に返事はなく、でも私から視線が外れることがない。
「もし良かったら、榮川さんも美結って呼んでよ」
「分かった」
即答。
直感が合ってたみたいだから
(これも言ってみようかな・・・)
私としては結構な勇気を奮って、榮川さんに切り出した。
「あのね、じゃあさ」
「・・・」
「榮川さんのことも名前で呼んでもいい?」
「ステフか栞那で」
まるで私が言うのを待ってて用意してたような即答。
あまりにも早い返しに、ちょっとビックリしたせいで
「じゃ、じゃあ、っと、えー、呼び捨てもなんだからぁ、か、栞那ちゃん、にしても、い、いい?」
スゴくどもってしまった。
「構わない。でも、私は美結さんと呼びたい」
「うん」
私が頷いたのを見て、栞那ちゃんは私に向けてた視線を外して
「では」
とだけ言うなり、トレイを持って行ってしまった。
(はぁー・・・・・)
美愛の前の席に、へたり込むみたいにして座る。
「美結、いつのまに榮川さんと仲良くなったの?」
「え?」
「栞那ちゃんなんて呼んでいいって言われるんだから、仲がいいんでしょ?」
「あ、いやぁ・・・」
美愛に言われてしまうと少し不思議な気もした。
「今のは、たまたまタイミング良かったんだよ、たぶん」
そう美愛には返したけど、栞那ちゃんの気持ちについて、初めて私の読みが当たったのが確信できてた。
それに、名前で呼び合えるようになったことは、栞那ちゃんと少しでも心が近付いたような感じがして、この何日かのうちで一番うれしい気持ちにもなれた。




