8月3日-(5)-
「愛麗沙」
三田さんが森さんを追う。
「・・・」
でも、矢口さんは伏せ目がちにわたしを見ている。
何か言いたそうな気もするけど・・・
「・・・」
数秒くらいわたしを見てから、矢口さんも向きを変えて、三田さん達の方へ小走りで向かった。
(・・・・・)
わたしはといえば、本当にポカーンとしたまま。
それでも考えてみる。
(そんなことで本当に・・・)
三田さんの言ってたことを、頭の中で繰り返してみる。
(そんなことが、わたしに?)
三田さんの言ってたことが、わたしにやれるとは思えない。
(でも・・・)
三田さんの言っていた内容は難しいわけじゃないから、たぶん、誰にでもできること。
だからこそ、何度心の中で質問を繰り返しても、答えは出ない。
だって、それをやることは、間違ってるわけじゃないから。
確かに、そんなこと、わたしは考え付かなかった。
わたしに考え付かなかったことを、三田さんは実際にやってみたからこそ、意味があることだと分かった。
そう。
三田さんの言ってたことは、やる意味がある。
意味があるんだから、そのこと自体は、こういう状況になってしまってるんだから、そうするより仕方がないんだろう。
(ってことは・・・)
つまり、間違ってるか、正しいかでいったら、やっぱり正しいんだ。
正しいことをやろうと三田さんに誘われたわけだ。
そうなると、あとは、わたしがやれるかどうかだ。
(わたしにできる?)
自分に質問してみるけど、分からない。
(それでいいの?)
自分に確認してみるけど、分からない。
何が問題なのかっていえば、おそらくは違う自分になってしまうから、違う自分になってまで踏み出すほど、今せっぱ詰まってしまっているのかってこと。
それから、違う自分をわたしが受け入れられるかっていうことも問題かもしれない。
ただ、考えるまでもなく、違う自分になるためのコストは、別にそんな大きいものじゃない。
大したものじゃないし、誰かに見せれるものじゃないし、自慢できるものじゃない。
要らないものかもしれない。
そういえば、わたしは、クラスのみんなと別に仲いいわけでもなかった。
うまくやってこれなかったんだから、わたしを誘ってくれたってだけで歓迎しなくちゃいけない。
もう誰だか分からないくらい遠くに行ってしまった三人を見る。
どっちかっていえば、わたしは、あの人達を追い掛けて、自分も入れて欲しいって頼む方の立場なのかもしれない。
そうだ。
三田さんが言ってたとおりだ。
結局、迷うような話なんかじゃなかった。
決めるのは今しかない。
小さい頃から、何も見ないようにして、何も聞こえないふりして、何もしないで、息を潜めてきた。
ずっとずっと、わたしは傍観者だった・・・・・




