8月20日-(9)-
かなり私は驚いてた。
ここに来る前は、授業中先生に当てられて答えたり、教科書とかを読んだりする以外に栞那ちゃんの声を聞いたこともなかったし、たぶん1日1回も声を聞かない日の方が普通だったはず。
それなのに、ここに来た日は栞那ちゃんの方から私に話し掛けてくれたし、それからも毎日、1日何回か二言三言くらいの話ができてた。
まあ、何分も話が続くようなことはなかったけど・・・
ところが、昨日は随分いろいろなことを話してくれたような感じだったし、さっき行ってしまおうとしたのをヒデくんに引き止められてからは、その後ずっとヒデくんに聞かれるままいろいろ答えてくれる。
「利用価値を上回ったって、どういうこと?」
私も質問してみたら、栞那ちゃんは身体の向きは変えないで私の方をチラッと見てから
「全面依存でない限り、依存先を選ぶための理由が必要」
と言った。
「そうか?」
口ぶりから、そうは思っていないだろうヒデくんに聞き返されても、栞那ちゃんには関係なさそうで、話を続ける。
「藍川と舟山は性交渉する関係だが」
「え!」
栞那ちゃんは私にちょっとだけ顔を向けると
「・・・性交渉なら、藍川は危険苦痛なく舟山を誤解させられる」
脱線なのかな、してくれた。
(・・・)
何のためらいもなく急にスゴいことを言い始めたので驚いてしまっただけだし、どうしてそうなのかを栞奈ちゃんに聞ききたかったわけじゃない。
それに栞那ちゃんは私の反応になんて少しも関心がないんだろう、視線をすぐヒデくんに戻した。
「誤解させる?」
ヒデくんが聞く。
「特に女性だと、性交渉の相手に守ってもらえるよう期待すると聞いたことがある」
「・・・」
こういうときくらい変えてくれてもいいのに、栞那ちゃんの口調っていつもあまりに冷静だし、今なんかだと聞いてる私の方が恥ずかしくなってくる。
「舟山は非力だし自分の考えを持たないから、藍川にとっての脅威はゼロ」
「・・・」
「紙は手を切ることもできるが、舟山は丸めたティッシュ同然の存在」
「丸めたティッシュ・・・」
いくらなんでもヒドい例えだと思ったけど、栞那ちゃんらしい言い回しだし、私も思わず繰り返してしまった。
「使い方を誤れば負傷するからとナイフを使わないのは、あまりにも愚か」
「そうだな」
ヒデくんがうなずくと、急にまた栞那ちゃんが私の方を見た。
「だから藍川も田月と村井を使ってきた」
「・・・」
「田月と村井は便利だが、裏切りや共謀を警戒すべきだし」
「・・・」
「男二人である以上、物理的な脅威もある」
「・・・」
「柄なしのナイフに内在してきた危険が、利用価値を超えた」
「柄なしのナイフ・・・」
また栞那ちゃんの言葉をただ繰り返す。




