8月17日-(10)-
しばらくボーッとしてたみたいだ。
物音一つしない中、ぼんやり見える人影に目を向けた。
自分にもう終わりが迫ってるはずのこんな時になって、とうとう、今までで一番大きくて浅ましい絶対許されない嘘をついて、この手まで血で汚した。
(だって・・・)
わたしの何より大事な人は、この人じゃないから。
もちろん、この人が嫌いってことじゃなかった。
好きか、嫌いか、だけの究極の二択なら、迷わず好きを選ぶくらいの感情は間違いなく持ってたせいで、さっき訊かれた時だって、わたしも好きと答えたところまでは、嘘じゃない。
でも、お前が一番大事に思うのは自分でいいのかって感じの訊かれ方をして、実はそう思ってなんかいないのに、あなたが一番大事みたいに答えてしまうんだから、わたしは最低最悪の嘘つきだ。
(それに・・・)
少しの間は勘違いしてくれたかもしれないけど、頭が良かったこの人のことだ、最初の爆発より前とっくに、わたしが嘘をついてると見破ってたんじゃないかと思う。
(・・・・・)
また我に返る。
いつまでも座り込んじゃいれない。
引き寄せたバッグからタオルを出してペットボトルの水でぬらすと、わずかな明るさだけを頼りに、血と何かにまみれてしまってるだろう自分の身体を拭く。
拭きながらズキッと痛むのは、むしろ胸の奥の奥で、心臓と呼ばれるとおり心はそこにあるんだと感じた。
拭き取れてるのかどうか確かめられないので、タオルを何枚も取り替える。
最後の1枚のタオルをぬらす水がなくなったので、そのタオルは大きく広げると、うつぶせのまま動かない身体を隠すようにして掛けた。
さっきまでいたはずの愛麗沙達が入ってこないのは、今はもういないからかもしれないし、どうせ朝にならないと何がどうなってるのか見えないからかもしれないけど、わたしが何してしまったか知ってる人達にさえ、今のこの状況を見られたくなかったから、それはどっちでもいい。
最後に、きっとこれにも血が付いてるはずの服を着て、隣の部屋につながるドアの前に立った。
(・・・)
おととい以外には夜歩いてるところを見たことないし、もうすぐなのか、少ししてからなのか、朝になってからなのか、判らない。
とにかく、わたしのしたことを見付けた榮川さんは、きっと安齊さんに知らせてしまうだろうけど、それも当たり前だ。
「今日まで、いろいろありがとう」
足で棒をよけ、ゆっくりドアを右にずらすと
「好きになってくれたこと、とても嬉しかった」
部屋を出る。
左右に頭を振ってから
「今の言葉に嘘は・・・」
後ろ手でドアを閉めた。
「たぶん嘘は・・・」
裁きに因る死亡者
長谷田雄生
裁きに因らない死亡者
なし
国家の人口
13人