8月2日-(2)-
「おはよう」
(!)
トイレに行った帰りに、いきなり後ろから声を掛けられたのでビックリしながら振り向いた。
(!)
そこにいたのは榮川さんだけだから、私に声を掛けたのも榮川さん?
「おはよう」
榮川さんから挨拶された経験はないし、私も榮川さんに挨拶するのは初めてだけど、してもらった挨拶はお返ししないとね。
「眠れた?」
「あ、うん、少し寝れたよ。榮川さんは?」
榮川さんとは同じ部屋じゃなかった。
まあ、でも、どこか私達とは別な部屋で過ごしていたのだろう。
「眠れた」
榮川さんは、表情が全然動かないで、ほんの少し唇が動いただけ。
「そ、そう」
「朝食は食べた?」
「あ、いや、まだだけど」
「食べた方がいいと思う」
「う、うん」
表情と同じで、榮川さんは声の調子も落ち着き過ぎているからか、ちょっと言葉を継ぎにくい。
「でも、あまりお腹空いてないかも」
軽くみぞおちの辺りに手を置きながら言うと
「それでも食べるのがいいと思う」
すぐに落ち着いた声が返ってきた。
「う、うん」
もううまく言葉が出てこないので、代わりに私が小さく何回か頷くと
「・・・・・」
榮川さんからは何も返ってこなかった。
「・・・・・」
そして、クルッと向きを変えると、食堂のある方へ行ってしまった。
「・・・・・」
あっけにとられたみたいに、ボーッと榮川さんの後姿を眺めていると
「美結」
(!)
また急に後ろから声を掛けられた。
でも、聞き慣れた声なので
「あ、なに?ヒデくん」
振り返ることをしないでも、今度は声だけで判った。
「美結、独りで歩いたりするなって言っただろ!」
昨日の夜もこんな感じのときがあった。
「え」
ヒデくんは普段こんな大きな声で私に話さない。
「あ、ゴメン」
だから謝ってしまった。
「どこ行ってたんだ?」
ヒデくんに訊かれたので
「ああ、うん、ちょっとトイレ」
ホントのことだから、特に何も考えないで正直に答える。
「う・・・そうか」
ヒデくんは少しバツが悪そうに声の大きさをいつもくらいに戻して
「中までは付いていけないけど、トイレも一人で行くなよ。必ず柚島とか誰か誘って行くようにしろよ」
とだけ言うと背中を向けて部屋に戻っていこうとする。
「うん、ありがとう」
そう声を掛けてから、私はヒデくんの後ろを歩き出した。
「でも、ヒデくんだって一人で歩いてるよね?」なぁんて言っては、たぶんダメなんだろうって分かるので、さすがにそんなことは口に出さないで
「ヒデくん、私を探しに来てくれたの?」
と訊いてみる。
「俺もトイレに行くついでだったから」
「そうなんだ」
と言いながらもウソだろうと思った。
ヒデくんはそういう人だし、もしかしたら、健ちゃんは私をまだ探してくれてるのかもしれない。
「健ちゃんは?」
「健蔵は元の部屋にいるよ」
「そうなんだ」
ちょっと安心。