8月12日-(4)-
トイレで鏡をのぞき込むと、いつもどおりで、疲れ切ってて、半笑いで、ヒクツで、普通に普通な普通の顔が私を見つめ返してきた。
「おはよう」
「!」
ビクッとした。
栞那ちゃんが来るのは、いつも突然。
だから、栞那ちゃんに聞こうと思ってることを、すぐ口に出せるように、ブツブツずっと唱えてたわけだけど
「おはよう、栞那ちゃん」
あいさつを返して、私の後ろに立ってる姿を鏡越しに見たら、別のことを聞かずにいれなくなってしまった。
「髪、ほどいたんだね」
栞那ちゃんは
「ああ」
短く答えてから
「作業の汗や汚れを流したから」
素っ気なく続けた。
「シャワーのときに髪をほどいた」
「そっか」
私は振り返って肩越しに栞那ちゃんを見た。
「似合ってたのに」
その瞬間、何の前触れも声がけもなく、私の両肩に栞那ちゃんが手を掛けたので
「フゃっ!」
あまりにも変な声が出てしまった。
そして、栞那ちゃんが肩に手を掛けたままグイッと引き寄せるので、されるがまま栞那ちゃんと向かい合うような体勢になる。
「美結さん」
「フぇっ?」
「とても助かった」
「は?」
「あの髪型は、作業の邪魔にならなかった」
「あ、うん」
栞那ちゃんは手を私の肩から離した。
それから、深々と頭を下げると
「ありがとう」
と言う。
声の調子は、いつもの栞那ちゃんと同じだけど、こんな姿は初めて見た。
「え、あ、うん」
昨日髪をセットしたすぐ後にも、ありがとう、って言われたけど、今のはホントに丁寧だ。
なかなか栞那ちゃんの頭が上がらない。
「栞那ちゃん、私を見て?」
「・・・」
顔を上げた栞那ちゃんに、笑いかけるような表情を作ったはずの気持ちで言う。
「栞那ちゃんの役に立てて良かった」
だって、私は栞那ちゃんにこんな感謝されるほどのことができたなんて思えなかったから。
(それに)
今まで何回、栞那ちゃんがポツッとかけてくれた言葉で助けられたり、気持ちが落ち着いたりしたのか分からないから。
「私はね、それでいいよ、それだけでさ」
「・・・」
「いーっつも、栞那ちゃんに助けてもらってきたよ」
「そう?」
栞那ちゃんの表情は、やっぱり変わらない。
「うん。栞那ちゃんが良ければ、これでおあいこだよ」
「分かった」
栞那ちゃんはフイッと顔をそらすと、トイレの奥に向かって行ってしまった。
(・・・・・)
「あ!」
ずっと繰り返し唱えてたことを聞き忘れてることに気づいたけど
(行かなきゃ)
廊下に健ちゃん達を待たせてるから、栞那ちゃんが戻ってくるのを待ってるわけにもいかない。
「じゃ、このまま食堂に行こっかなぁ」
独り言には変な音量でつぶやいてから、トイレのドアノブに手を掛ける。
栞那ちゃんに聞く機会なら、そのうちまたあるだろう。