8月12日-(3)-
訳の分からない法だ。
地面に線なんか引いて、行ける範囲を狭くしようと思ったのかもしれない。
国王の作った法を守るしかない俺達にとって、赤い線を見付けたら、当然立ち止まる。
誰が見てるか分からないんだし、線を越えようとする奴は誰もいないだろうが、線を越えさせようとして余計な争いが増えることはあるかもしれないな、って最初は思った。
ただ、少し考えてみれば、そもそも誰もわざわざ赤い線に近付こうとはしないだろう。
そして、ムリヤリ赤い線の外に押し出そうとなんてしたら、暴力を振るったとかってことになって押した自分が危ないから、そこまでする奴はいないことにも当然気付く。
ってことは、榮川の作った法は、やっぱり俺達の行ける範囲を狭くする以外に何の効果もない。
訳の分からない奴だとは思ってたが、鹿生の法を持ち出して、あんな決定的に森を怒らせてまで国王になっておきながら、こんな無意味な法を作るんだから、国王になることが目的だったんじゃないか?
(そうか)
国王には法を作る以外の役割がないと思ってる奴らには分からないだろうけど、国王だけができることは法を作るだけじゃない。
もし、榮川が法を作る以外にも国王ができることを見付けていたら、ムリして国王になりたがったわけも分からなくないし、これからも榮川みたいにガツガツ国王を目指す奴らが出てくることになる。
(ま、それはそれでいいが・・・)
国王の法のせいで、もうとっくにここでの常識になってしまったことが何個かある。
千賀が裁かれたこともあって、全部の荷物を持ち歩くことが知れ渡るのは速かったし、集会室関係の時間制限も段々と増えてきてるけど忘れるわけにいかない。
法でもないのに、安齊がやたら言い回ってたせいで常識になったのは、一人歩きしないってことだろう。
独りでいる奴は閉じ込められたりするからっていうのが最初の理屈だったはずだが、今は余計に切実になってる。
(・・・・・)
なんたって、独りでいて端末を奪われたりすれば、暴力を振るって奪った奴を告発することができないのに、奪われた自分は端末を身に付けてなかったと告発されてしまうんだから。
(そんなことになれば死んでも死にきれないかもしれないな)
もうすっかり部屋の中が明るくなったので、ゆっくりと身体を起こす。
そろそろ朝飯を食いに行くくらいの時間だったが、俺以外は寝転がったまま端末をいじってる。
「なに、これ?」
「さあ・・・」
寝たまま向かい合った舟山と一ノ木が小声で話してるのが聞こえた。
まあ、そうだろう。
榮川が国王になりたかったのは分かったが、何を考えて役にも立たない法を作ったのか分からないのは俺も同じだから。