8月11日-(9)-
「・・・っと、あのね、栞那ちゃん」
「・・・」
「動きやすさ優先とか、涼しい方がいいとか、そういうのだったら言える?」
「・・・」
私が言ってからも栞那ちゃんは唇に当てていた拳を10秒くらい回し続けてたけど
「・・・で・・・いか」
つぶやいてから
「運動の邪魔にならず、すぐにほつれないといい」
と答えてくれた。
これで何となくは栞那ちゃんが言いたいことが分かったけど、でも、私の感覚と栞那ちゃんの感覚を合わせなくちゃいけないので
「運動のジャマにならないっていうのは、動きやすい髪型ってことでいい?」
私が思い浮かんだ感じを伝える。
「うん」
「それでいて、ほどけにくい髪型にもしたいってことでいい?」
「うん」
「分かった」
わざとらしいくらい大きくうなずいて
「栞那ちゃんは髪が長いから・・・」
また、拳を口に当ててみた。
私も髪が長い方だと思うけど、栞那ちゃんの髪は背中の半分くらいまであって、でも、栞那ちゃんの方がずっと背が高いから、長さそのものは私より長いかもしれない。
「少し時間かかってもいいの?」
「構わない」
「そう」
動きやすい方がいいっていうくらいだから、栞那ちゃんは結構激しく動くこと前提で考えてるようだ。
(それなのに)
こんなに長い髪がほどけないような髪型となると・・・
「ただまとめるだけじゃ、強い動きでほどけちゃうだろうね」
「・・・」
「やっぱり、編み込みはした方がいいと思う」
「・・・」
「編んだ髪を、頭の後ろでまたしっかり留めようか?」
「美結さんに任せる」
「うん」
私の頭の中で、栞那ちゃんの髪型のイメージがやっとまとまった。
「じゃあ、そっちの鏡の前に座ってくれる?」
「うん」
シャワー室には誰かが木箱を持ってきてて、みんなイスにして使ってる。
私が自分のバッグからブラシを取り出してる間に、栞那ちゃんは木箱に座っていた。
「栞那ちゃんはパーマじゃないけど、私ね、真っ直ぐの髪しかいじったことがないし、少し時間かかると思うけど、少しガマンしててよ」
「分かった」
髪のセットが終わってから、私は健ちゃん達のいる部屋まで栞那ちゃんに送ってもらった。
「送ってくれて、ありがとう」
部屋の前の廊下で向き直って、栞那ちゃんにお礼を言う。
「いや」
栞那ちゃんは月明かりを背負ってるから影みたいに真っ黒で、どんな表情をしてるのかも私には見えないけど、まあ、栞那ちゃんのことだから、いつもどおりの顔つきなんだろうとも思う。
「お休み、栞那ちゃん。また明日」
「お休み」
それだけ言うと、栞那ちゃんは背中を向ける。
私は、栞那ちゃんがスタスタと歩いて真っ暗い廊下の奥に消えてしまうまで見守ってから、部屋に入った。