8月10日-(8)-
一旦立ち止まった一ノ木さんは、すぐ左の部屋に入っていってしまった。
「え?」
(ここって・・・)
あたしでも知ってる。
柚島さんが閉じ込められてた部屋。
柚島さんが最後にいた部屋・・・
(ここなの?)
どうして一ノ木さんが、あたしをここに連れてきたかったのかは不思議でしょうがなかったけど、でも、ここまでついてきてて、今さら一ノ木さんの後に続いて部屋に入らないなんてわけにはいかない。
(・・・・・)
あたしも部屋の中に入ろうとしたら、一ノ木さんは、ホント戸口のところに立って全然中まで入ってなかったらしく
「あ」
ぶつかりそうになってしまったから
「ゴメン」
と謝ったら
「・・・これ」
一ノ木さんは、あたしのスカートのポケットに何かをねじ入れると
「・・・」
あたしの横をすり抜け、走って行ってしまった。
ポケットに手を入れる。
(何?)
硬い物だ。
(え?)
覚えのある感触。
ドキドキドキドキしながら、握った物をポケットからそーっと出してみた。
「ぁ・・・」
やっぱり、探してた物。
どこかに落としてたんだろうか。
部屋に置き忘れてたんだろうか。
一ノ木さんは見つけたこれを、誰にも知られないであたしに渡すため、この部屋を使ったってことだろうか。
(良かった・・・)
安心したら、体中の力が抜けていくみたいな気がした。
(・・・・・)
あたしがここで危ない目に遭ったりしなかったのは、あたし以外のみんながあたしを守ってくれてたからだし、あたしも誰かの役に立ちたい、って気持ちだけあったけど、実際には何もできないままだった。
でも、みんながみんな助け合おうとしてるわけじゃないし、誰かを蹴落とそうとしてる人がいて、ホントは自分一人を守るのだってできるかどうか分からない中で、実は結局、あたしを頼りにしてくれてる人なんていないのかもしれないって分かってた。
一ノ木さんに渡された物をギュッと握りしめる。
あたしは何もしてあげれてないのに、一ノ木さんは、見つけたものをこうしてこっそりあたしに渡して、あたしを守ってくれた。
(理璃だけじゃないんだ・・・)
もちろん理璃は、ずっとあたしを守ってくれてた人だったのに、あたしは理璃を守るための何の役目も果たせなかった。
「梨加子、ちゃんとできたぁ?」
(え?)
遠くの方から声が聞こえて、そのとき急に、背中と腰の辺りがゾゾゾォーッとした。
あたしにこれを渡して、走って行ってしまった一ノ木さんの背中を思い出す。
ヘタッと、しゃがみ込む。
なんか、頭の中がグルグルグルグルしてきた。
何かが、つながりかけてる。
でも、何だか全然分からない。
希望に関わる何か、かもしれない。
絶望に関わる何か、かもしれない。
役に立たない何か、かもしれない。